萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第70話 竪杜act.5-side story「陽はまた昇る」

2013-10-24 23:00:34 | 陽はまた昇るside story
Sometime too hot the eye of heaven shines,



第70話 竪杜act.5-side story「陽はまた昇る」

お話あるんで待ってたよ?

そんなふう陽気なテノールで笑って底抜けに明るい瞳が見上げてくれる。
この表情は悪い知らせではないだろう、そんな期待に英二はベッドサイドに腰掛け笑った。

「お待たせごめんな、光一?でも、七機でまで勝手に部屋の鍵開けちゃって大丈夫かよ、」
「ソコントコ俺なら巧くやってるって、オマエなら解かるよね?」

愉しげに答えて光一はスウェットの長い脚を組んだ。
そのデスクに広げられた救急法ファイルのページ繰り、澄んだテノールは教えてくれた。

「まず一件目、後藤のオジサン手術が決ったよ?たぶんオマエの携帯にも着歴あると思うんだけどね、後藤のオジサンと吉村先生と、」
「え、」

言われた事に驚いてポケットから出して画面を開く。
その履歴と着信名に困りながら正直に微笑んだ。

「ほんとだ、飯食ってただけなのに気づかなかった、ごめん、」
「飯食ってただけ、ねえ?」

からかうようなトーンが尋ねて悪戯っ子な眼差しがこちら見てくれる。
どこか愉快そうな瞳に見透かされながら英二は口を開いた。

「訂正するよ、飯食いながら考えごとしてた。後藤さんのことも…周太のことも、」

周太、

ただ名前を口にして、けれど鼓動の深く絞められる。
この名前を今この目の前に見つめて呼びたい、ただ1時間でも良いから傍に帰りたい。
そんな願いに今までの後悔こみあげて瞳の底から迫り上げる、それでも瞬きひとつに治め微笑んだ。

「今朝、周太が酷く咳きこんだんだ、たぶん熱も高くて、たぶん昏睡もしてる、それで美幸さんが咄嗟に電話したのは姉ちゃんだった、」

明方に聴いた盗聴器越しの状況を言葉に変える。
あのとき抱いてしまった疎外感は今も傷んで、そんな痛覚に澄んだ瞳が笑ってくれた。

「おまえ、やっぱ今週ちょっと休みとんな?明後日は週休だしね、一日だけでも日帰りしてこい、」
「いや、いい、」

短く応えて頭を振って、ついそんな仕草に自分の本音が可笑しい。
こんなふう拒絶する時は思い切りたいほど未練がある、そう知っているから可笑しくて苦しい。

―大学受験の時もそうだったな、姉ちゃんとお祖母さんが言ってくれた時、

本当は、祖父や父と同じ京都大学の法科に進学したかった。
その為の努力も積んで見合うだけの学力もある、けれど母の身勝手に潰された。
それを知った時に姉も祖母も援けてくれようとして、だけど自分のプライドが拒絶して今がある。
あの時と同じに頑なな程の覚悟とプライドから肯えない、そんな向こうでザイルパートナーは軽やかに立ちあがった。

「そ、じゃあ俺はちょっと見舞に行ってこよっかね?美代からもお誘い来ちゃったし、おまえが留守番してくれんなら安心だね、」

いつもの笑顔は明るいまま温かい。
その温もりに小さな自責が疼いて英二は立ち上がった。

「ごめん、せっかく言ってくれたのに。でも俺、今は美幸さんや周太の気遣いを壊したくないんだ、二人には二人のプライドがあるから、」

ずっと13年間を母子二人で生きてきた、その紐帯と誇りも護ってあげたい。
そんなふう願いながらも疎外感の孤独は傷んで、けれど微笑んだ額を思い切り弾かれた。

ばちっ、

「痛っ…」

小気味いい音から額じわり痛み広がる。
掌に押えた熱は疼きだす、その傷みに見つめた向こう透明な瞳が呆れた。

「ホント馬鹿だねえ?ホント家族ってモンが何だか解かってないよ、家族だからこそ気ぃ遣い過ぎて遠慮するんだろが?イイカゲン解れよ、」

家族だからこそ。

そんな言葉が鼓動に刺さってしまう。
こんな痛みすら自分勝手だと解かっている、けれど直情の熱煽られて英二は睨んだ。

「ああ、そうだよ?俺は家族が何かなんて解ってない、そんなの知るか!」

言い募るまま声は荒がり鼓動が裂かれだす。
こんなこと本当は認めたくなくて、否定したい分だけ冷静でいた。
だからこそ募った哀しみも悔しさも堰を破る、そのまま手を伸ばしパートナーに掴みかかった。

「言ったはずだ!俺の両親は体裁だけなんだよっ、子供だって自慢の道具に生んだんだ!愛なんか無いんだよ、おまえと違ってな!」

体裁だけ、自慢の道具、愛なんか無い。
そんな自分の言葉に切り裂かれ壊れてゆく、罅に砕ける。
もう止まらないまま掴んだパーカーの衿、その透明な瞳を睨み英二は怒鳴った。

「おまえは両親から愛されてるって言えるだろっ、雅樹さんに愛されてるって言えるだろ?!俺はそんな自信なんか欠片も無いんだよ!
親に愛されないのも俺が根暗でひねくれてるからって言われたらその通りだ、周太に愛されないのも俺が馬鹿で鈍感で裏切り者だからだ!
親も周太も本当には信じてくれない、そんなの俺の所為だって解かってんだよ!でもなあ、俺だって好きでこんなふうになったんじゃない!」

睨み、怒鳴り、けれど全ては相手に向けてなんかいない。
そんなこと解かっているのに崩れた自律は戻らなくて、ただ感情あふれた。

「勉強だろうが運動だろうが俺は何でも出来るよ、それだけ努力したからな!そういう全部が両親に振り向いてほしかったからだよ!
貌が良いとかも自分でよく解かってんだよっ、見てくれ良い方が愛されるからそう見せてるんだよ、愛されたいからって媚を売ってんだよ!
ずっとそうやって俺は生きてきたんだよ、家でも外でもな!そういう俺が大嫌いなんだよっ、だから俺と正反対の周太が好きで欲しいんだよ!」

握りしめたパーカーの歪んだ衿から真直ぐな眼差し見つめてくれる。
どこまでも澄んだ瞳に自分が映りこむ、その自分を睨み英二は叫んだ。

「俺だって愛されたいんだよ、愛したいんだよっ、無条件で帰れる場所が欲しいんだよ!だから全て懸けても周太を救けたいんだっ、
でも周太は救けなんか本当は要らないんだよ、必要とされてるって俺が想いたいだけなんだよっ、それが解かるから今も帰れないんだよ!」

愛されたい、愛したい、帰りたい。

唯それだけ、唯ひとつ願うから叶えたかった、救けたかった。
こんな自分でも素顔のまま受容れられる場所がある、そう信じて愛して護りたかった。
けれど、こんな縋るような愛情など誰にも望まれない、その諦めに掌を開いてパーカー離した。

「ごめん、光一は何も悪くないのに八つ当たりした…こんな俺だから駄目なのにな?」

こんな自分だから駄目、

そんな諦観ごと俯いて英二は吐息ひとつ微笑んだ。
いま吐きだしてしまった本音も素顔も悔しい、けれど自分の等身大でいる。
こんな自分でも必要とされたかった、そして行き場を失くしていく想いごと肩を掴まれた。

「ホントに駄目だって想ってんならね、明後日は家に帰りな?」

帰りな?

はっきり言ってくれる声が真直ぐ響く。
そんな声に上げた視界の真中で大らかな瞳は笑ってくれた。

「今、俺に言ったことキッチリ全部、周太とおふくろさんに吐きだしちまいな?ぶちまける我儘が許されんのも家族ってモンだからね、
全部ぶちまけて泣いて訴えて来い、信頼ごとダメ元って覚悟あるんなら言えるだろ?で、受容れてもらえたら本物の家族だって自信になる、」

ぶちまける我儘が許される。

そんなふうに考えたことなんて結局、自分には無かった。
姉にも、祖母にも、敬愛する祖父にすら全部をぶつけた事など無い。
誰よりも両親には一度も想いぶつけた事など無い、そんな過去から英二は微笑んだ。

「光一は今、俺にぶちまけられて嫌じゃないのか?」
「嫌でも無いね、俺はさ?」

さらり笑って、ぽん、軽やかに肩を敲いてくれる。
そして雪白な指で額また小突いてくれると、底抜けに明るい瞳が笑った。

「遠慮なく本音ぶちまけるのってね、好きで信頼したい相手かドウでもイイ相手のドッチかだろ?で、俺はパートナーで上官だからね、
プライベートでも仕事でも俺はオマエにとってドウでも良い相手じゃないだろ?だったら信頼してくれんのは嬉しいよね、お互いサマにさ?」

お互いさまに嬉しい、そう告げて明るい瞳は笑ってくれる。
こんな相手だからアンザイレンザイルも組みたい、この底抜けに明るい強靭と昇りたい。
それを許されている自分の幸運と信頼は温かで、あらためて山ヤの誇りと素直に笑いかけた。

「こんな俺がアンザイレンパートナーでごめんな、光一、」
「ゴメンって想ってくれんなら努力してね、媚を売るとかじゃなくってオマエ自身の為にさ?」

テノールが笑って透明な瞳が受けとめてくれる。
この笑顔に援けられてきた月日は今も温かい、その感謝に英二は微笑んだ。

「自分の為だから正直に努力するよ、だから俺、明後日は家に帰っても良いかな?」






(to be gcontinued)

blogramランキング参加中!

人気ブログランキングへ

にほんブログ村 小説ブログ 純文学小説へにほんブログ村

にほんブログ村 写真ブログ 心象風景写真へにほんブログ村

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« soliloquy 詠月―another,side... | トップ | 雨降りの午前 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

陽はまた昇るside story」カテゴリの最新記事