ようやく9月の内容になりました。
面白地形学という名の、ちょっと変わった募集ツアー。主催は市の観光物産協会です。西条市の地理に詳しくない皆様にはなんのこっちゃ、の内容ですが、とても充実した一日でしたので自分のために記録します。相変わらず長い文章ですがお許しを。
講師は西条自然学校の山本先生。先生曰く、
高校の地学程度の内容をわかりやすく伝えたい。今まで知らなかったびっくりのこともたくさんあるはずです。
とのこと。
スタートは、市の文化会館のそばの観音水から。
このあたりは、加茂川が運んだ土砂でできた扇状地の扇端部分にあたります。扇状地の水はいったん地下にもぐり、先端部分でわいてくるのだそうです。打ち抜きと呼ばれるこの水は、日本の名水100選にも選ばれています。
西条市内には、こうした泉が90か所以上あるそうです。観音水は誰でも水を汲むことのできる水場です。
この川のように見える水路が、実は川ではなく、湧出水の連続だったとは。
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ドブ川だったここをアクアトピアとして整備したのだそうです。今では素敵な憩いの場所になっています。
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西条市の中心部は、昔は田園地帯だったのですが、そのうち、豊かな水を利用して製紙業が起こり、やがて染め物業が盛んになったそうです。
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防波堤より遥か低いところに田園と集落が広がっているのでした。
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江戸時代、龍神社の場所は、中山川と加茂川の2つの河口に挟まれた砂州の端っこでそまわりは海でした。その海を干拓してできた土地です。この先もずっと遠浅の海が続いているのだそうです。河口干潟としては全国で6番目の規模、四国最大の大きさだそうです(干拓した残りこの広さ。もとはどれだけ広い干潟だったのか!)干拓地は約300町、5年の歳月をかけのべ57万人の人の手によって完成しました。
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この地域は、干拓を指揮したお坊さんの何をとって禎瑞と呼ばれています。
おや?何かの足跡が
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この川のように見える水路が、実は川ではなく、湧出水の連続だったとは。
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ドブ川だったここをアクアトピアとして整備したのだそうです。今では素敵な憩いの場所になっています。
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西条市の中心部は、昔は田園地帯だったのですが、そのうち、豊かな水を利用して製紙業が起こり、やがて染め物業が盛んになったそうです。
そういえばこの近くに「紺屋町」という通りがあったっけ。それって、染め物に関係のある町だったのかもしれません。
ここから一行は大型バスに乗り込み、加茂川の土手を下って海近くまで出ました。そこから海沿いの防波堤に沿って作られた細い道を行きました。本当にバスがギリギリ通れる広さで、教習所のクランク練習場みたいなところを通り抜けた時は、車内から拍手が沸き起こったほどです。
着いたのは海辺に立つ龍神社。晴れた日にはここから真正面に石鎚山が見られます。この日はあいにくというか、幸いというか(しのぎやすかった)、曇って見えませんでした。
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波堤沿いの道から行くにはこんな急な階段を降りなければなりません。
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波堤沿いの道から行くにはこんな急な階段を降りなければなりません。
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防波堤より遥か低いところに田園と集落が広がっているのでした。
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江戸時代、龍神社の場所は、中山川と加茂川の2つの河口に挟まれた砂州の端っこでそまわりは海でした。その海を干拓してできた土地です。この先もずっと遠浅の海が続いているのだそうです。河口干潟としては全国で6番目の規模、四国最大の大きさだそうです(干拓した残りこの広さ。もとはどれだけ広い干潟だったのか!)干拓地は約300町、5年の歳月をかけのべ57万人の人の手によって完成しました。
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この地域は、干拓を指揮したお坊さんの何をとって禎瑞と呼ばれています。
と、このことは地域の教材にもなっており、わたしもおおよそのことは知っていました。
次にバスは国道196号線に出て、高須海岸近くから左折、大明神川の土手道を行きました。ここはダンプも通る道です。いうのも、川の砂を定期的に取り除かなければ、川底がすぐに上がってしまうという、天井川なのです。堤防上の標高21.7m、駅付近の集落は標高8mという差があります。
水は大雨の時以外滅多に流れていません。きれいな、砂が水の流れのように続いていました。
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おや?何かの足跡が
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足跡がほぼ一直線に続くのはキツネかもしれないということです。キツネはモデル歩きなんですって。その下のやや乱れた足跡は?
説明が終わりバスに乗り込もうとしたとき、あと数分で電車が来るという情報が。せっかくなので電車が川の下のトンネルを通るところを見ようということになりました。
トンネルの見える場所まで坂を下りて、にわか撮り鉄になって電車を待ちます。
トンネルの上に車道があります。撮ることのできる場所が限られているので、うまくは収められませんが
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やった! トンネルに入っていく姿を写せました。
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大満足でバスに乗り込み、再び196号線へ出て、今治方面に向かいます。海岸沿いの道です。次の目的地は瀬戸内東予休暇村です。
まずは海岸まで下りて渚の端までいきました。
潮が満ちていて先まで行けませんでしたが、この先には越智郡(今治市)と周桑郡(旧東予市・周桑郡)との境の石柱が立っています。
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ここで見たのは縦に割れている岩と海蝕洞。
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ここは以前ウマオの付き添いで来たことがありました。その時は入ることができなかったのですが、今回は入れます。ワクワク。人ひとりやっと通れる隙間を行けるところまで行きました。何もなかったですけど。
この場所は高縄半島から続く地形で、花崗岩でできています。風化して崩れやすい岩です。一方、石鎚山系のふもとは変成岩でできた土地です。伊予の青石と呼ばれる青みを帯びた石は庭石として人気があると聞いたことがあります。
つまり、西条市は2つの異なった成り立ちの土地があるということなのです。
海岸の砂。
透明な石英 白い長石 茶色のはなんだっけ? キラキラ光る雲母も混じっています。
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花崗岩は墓石に使われています。但し、大島石と呼ばれる、島から切り出された灰色の花崗岩です。そして、運動場の砂も花崗岩、稲の苗を育てる真砂土も花崗岩です。
浜辺の植物
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たしかハマゴウ とネナシカズラ
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初めて見た花
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この後は国民宿舎で昼食です。
瀬戸内御膳
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ご飯はもちろん鯛めし。おいしくいただきました。
テラスから改めて海を眺めました。
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手前に見える白浜には「天然記念物カブトガニの生息地」と看板が立っています。この天然記念物、じつはカブトガニではなく、生息する海そのものが天然記念物なんだそうです。
遠く向こうには埋立地が広がっています。工業用として埋め立てられたこの土地、思うように企業誘致は進まなかったようです。かといって農業用地にするには塩分が含まれていて不向きだったとか。
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ここからさらに今治に向かっていくと、織田が浜という美しい海岸がありますが、そこも大反対運動にも関わらず大半を埋め立てられて狭い範囲しか残っていません。
高度成長期に、経済優先の施策だったのでしょうが・・・一度壊された白砂青松の海岸は、もとには戻せませんものね。
続く