と~ま君の部屋

楽しい老後を送りたいとやっています。所詮人生回り道。修士(人間学、仏教学)。ぼけ防止・脳のリハビリでやってるブログです。

22年度入学式を終えて

2010年04月07日 19時55分38秒 | 先公ごっこ2008年から2012年
 今日の入学式は、新入生たちの初々しい姿に感動しました。しかし、いつものわたくしのだみ声トーンが改善されず、それを反省しておりました。実は今後の成長のために自分で自分の式辞を録音して研修をしているのです。なかなか物足りないものであります。発声法等、まだまだであります。しかし難しいものです。第一育った土地と、標準語の土地があまりにも遠い。練習をするしかないようです。

 されど、入学式は毎回毎回新鮮でうれしくなります。卒業式は、どうしても去っていかれるから、感傷が先に立つ。これもまたいいものでありますが。

 今回は和歌から入って、和歌で切り上げる形にしました。
 特に、十五歳で啓発録を書いた橋本左内、論語にある孔子の学問に志すという文章を最初に持ってきました。新入生への期待であります。ほぼ同年齢で、非常に価値ある著作をすでに持っておられる橋本左内先生に学ぼうではありませんかと申し上げたくてたまりませんでしたから。
 
 式後の一学年主任からの保護者の方々へのメッセージにもあったのですが、やはりいかに面倒見のよい学校とは言え、自発的な学習意欲がなくては絵に描いた餅になってしまう。自発的でなければならんと思うからであります。受け身の学習であってはなにもなりません。積極的精神。これであります。シンプルに積極的精神で毎日を送っていたら、必ず社会的な役割を獲得して、実社会で活躍できる人間になると思っていますから。

 社会的な役割を獲得することが、学ぶことの優先課題であります。そのために学問をしているわけです。



 この学年も他の学年同様たいへん良い学年になりそうな気配が十分にあると感じました。楽しみになります。実に楽しみです。



 和歌は難しいだろうなと思いましたので、式辞の紹介ページ(この前の記事)にはないわたくしの意訳をつけました。かなり付け加えて、お話をさせていただいたので、この原稿どおりに話した訳ではありません。



 さすがに橋本左内の原文は最も難しいだろうと思いましたが、これはそのまま。原文を味わっていただきたいと。

 十五歳の少年が書いた文章とはとても思えません。
 このことを一番言いたかったのでした。

 どうも最近の高校生は幼いと思うからであります。
 精神面で大人を気取るというのがいない。
 わかりもしないで、ニーチェや、ルソーを話題にして気取っていた高校生活を送った者として、ちょっといかがなものかと慨嘆しております。


 野球の野村克也氏が敬愛している草柳大蔵先生の「花のある人花になる人」という著作から考えさせられた内容を式辞に書きました。人それぞれの花を持ち、花を咲かせていただきたいということです。なお、草柳先生はマナーの本をたくさん書いておられます。一読を。ある種、幸田露伴に通じます。露伴もおもしろいですよ。ちょっと難しいかもしれませんが、チャレンジを。
 
 チャレンジということは、新入生の学年の目標です。
 これもいい言葉です。

 人間はなにかに向かってチャレンジしているときが、一番充実しています。
 集中しているからです。
 こんな時ほど、充実した生を感じる時はありません。
 

 最後に鍛えの時を持っていただきたいということを書きました。
 他を思いやることのできる、鍛えの時を。
 
 新入生が卒業する時には、わたくしは教育界にいることができません。一抹の寂寥を感じながらも、別の意味で「チャレンジ」していくつもりです。

 新たな学びが、新入生にも始まったように、わたくしにも始まりましたから。

 チャレンジ!
 いい言葉です。

 頑張ります。
 頑張りましょう。


 また明日。
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入学式式辞

2010年04月07日 11時45分24秒 | 先公ごっこ2008年から2012年
入学式式辞

 踏めば惜し 踏までは行かん かたもなし
 心尽くしの 山桜かな
                      赤染衛門 千載集の83番

 美しい花で一杯の山道で、足を踏み出すことをためらってしまう気持ちは分かるような気がします。美しい春は、また希望の季節です。生きているものすべてが生気に溢れています。この輝くような春の日に、公私ともに大変お忙しい中にもかかわりませず、多数の御来賓の方々並びに保護者の皆様の御臨席を賜り、ここに、平成二十二年度千葉県立銚子高等学校第五十七回入学式を挙行できますことは、私ども関係者一同、この上ない大きな慶びであります。壇上からではございますが、衷心より厚く御礼申し上げます。

 ただ今、入学を許可いたしました二〇四名の新入生の皆さん、入学おめでとう。
 また、本日御列席の保護者の皆様には、お喜びもひとしおのことと拝察いたします。お子様の本校御入学を心からお祝い申し上げます。

 さて、本校は、この銚子の地に、明治四十四年四月、県民及び地元の期待を受け、旧制高等女学校として開校されました。以来百年を超える歴史と伝統をもつ学校です。平成十九年度から男女共学となり、施設設備、教育課程、進路指導等々大きく改編を重ねて参りました。特に、初めての男女共学卒業生を出したこの三月には、進学就職とも大きな成果を出させていただきました。卒業生、教職員共々喜んでおります。

 新入生の皆さんにも大きな期待をしております。

 さて、皆さんはついこの間まで、中学生でありました。
 今日からは晴れて高校生です。校長からの初めてのメッセージということで、三つほど申し上げたいと思います。
 
 一 心の番人を持て
 最初に申し上げた赤染衛門の歌はとまどいを言っておりますが、新入生諸君はとまどってはなりません。まっしぐらに突き進むしかありません。
 すでに高校生活はスタートしました。論語を書いた孔子は、「子曰く、吾れ十有五にして学に志す」と言っています。ちょうど諸君達と同じような年齢であります。すばらしいことであります。そして我が国では、十五歳で「啓発録」を書いた幕末の思想家橋本左内がいます。別の意味で頭の下がる先生です。
「我心は一道に取極め置き不申候はでは、戸じまりなき家の番するごとく、盗や犬が方々より忍び入り、迚も我一人にては、番は出来ぬなり、まだ家の番人は随分傭人も出来候得共、心の番人は傭人出来不申候、さすれば自分の心を一筋に致し、守りよくすべき事にこそ」と言われています。
 心の番人が自分の心の中に必要だと言われると、もう一度頭の下がる思いがいたします。
 よくスポーツ選手が、ライバルは自分の中にいる「もう一人の自分だ」と言われるのと似ているような気がします。
 座るという字の表外字で「坐」は、土の上に人が二人います。これもまた意味深長で、二つの心が対峙しているということであります。つまり、自我と自己(エゴとセルフ)。自分を律するのは内面からの「内なる支配」であることに気がついていただきたいと思います。そのために、諸君達の人格の向上を求めます。いろいろな困難と闘いながら、この高校生活を価値あるものにしていただきたいと願います。

二 花のある人から花になる人へ
 草柳大蔵先生は「花のある人 花になる人」で、わたくしたちに教えてくださっています。「器量のよい人」という章で、器量というのは生きていく上での喜びや悲しみや、屈辱や空腹や、幸運や不幸や、さまざまな経験を受け入れ、溜めて醗酵しうる能力であり、その能力の土壌から咲いた花こそ「花のある人」である、と。
 花を咲かすための努力もまた重要なことであります。美しい花を咲かすには、土壌改良からはじまります。すべての作物は「土」が基本です。水をやりすぎてもいけません。大事に大事にして、かわいがりすぎてもなりません。その場合の「土」が、高校生活における勉強です。
 風貌ということについてもそうです。表としての顔を大事にするあまり、時間を浪費してはなりません。風貌というのは、顔という物質から離れた顔のことです。茶道でも、武道でも、稽古一途に、なにかに取り組んでいる人の顔は、目が光っています。ゆるみがありません。隙がありません。剣道の達人など、目があっただけで人を刺すような雰囲気があります。「花のある風貌」の最たるものであります。個人的にも目指すべき対象であります。
 花も場所をわきまえて咲いているのではないかと思うことがあります。草原にそっと一輪咲く花もあります。また、桜花爛漫と言われるごとく咲く桜もあります。それはそれで意味があるわけであります。意味のある、価値のある咲き方をしてください。あでやかな花であっても、それはそれ。生きるべき場所はそれぞれであります。たとえ路傍の名もない花であっても、そっと慈しむことのできるようなやさしさのある人間であっていただきたいと思います。

三 鍛錬の日々を
 さらに、大いに鍛えて、頼もしい若者になってください。鍛えるとは「自己に厳しく他人に優しく、そして頼もしくなる」ことです。学校の「授業を大切」にしながら多くの友達と触れ合い、立派な人間になるための基礎基本を学習することが高校生活の目的であり同時にそこに喜びがあります。
 県立銚子高校は、徹底的に鍛えます。知徳体の広範囲にわたって鍛えます。
 明治四四年以来、過去百年にわたって幾多の俊秀を生み出して参りました。
 多くの卒業生が諸君達を見つめています。地域の方々、先輩達に恥じないような行動と節制を求めます。このことは常に意識してください。
 そして、どうか先生方に一生懸命ついて来てください。そして、自分の力で学んでいってください。
 一生に一度思い切って勉強する時期が高校時代だと思います。この高校時代の勉強量が皆さんの人生を彩るものになります。心と体と頭脳、そして人格を鍛えてください。「花のある人」を目指し、「花になる人」であってください。あなた方が作った大輪の花が、個性豊かに大きく大きく咲くことを楽しみにしております。

 最後に、わたくしの好きな春咲く花の、実にイメージ豊かな雄大な和歌をご紹介します。

 大空に おほふばかりの 袖もがな
 春咲く花を 風にまかせじ
                       よみ人しらず・後撰和歌集

 皆さんの高校生活が有意義なものであることを祈念し、入学のお祝いの言葉と致します。

    平成二十二年四月七日
千葉県立銚子高等学校長    
外 山 日出男


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光こそ、すべての源という気がするのだが

柔道をやると~ま君

サンスクリット般若心経

高齢\(^_^)/