と~ま君の部屋

楽しい老後を送りたいとやっています。所詮人生回り道。修士(人間学、仏教学)。ぼけ防止・脳のリハビリでやってるブログです。

効率一点張りで、論陣を張っていいのだろうか

2015年02月27日 08時27分45秒 | 大学院博士ごっこ2012年から2015年

ヒントは江戸時代にある

 

 

ある経済評論家が、なぜ地方は疲弊するかということを経済誌のサイトで書いていた。結論からいうと、効率を求めていないというのと、補助金行政ばかりで利益を生み出す仕事を構築していないからだと書いていた。おっしゃることはよくわかる。確かにいわれるとおり、一回だけの補助金を配ってそれっきりでは話にならない。もらう方の地方行政だって、もらいっぱなしではしょうもないだろう。仕事そのものを創生していないというご指摘はあたっていると思う。

地方の創生は、地方の名産物販売でもできない。不可能である。ごく少数の例外を除いては。よくあるではないか。地方の名産物を宣伝して、地方活性化を図るというのは。なぜなら名産物はあまり売れないからである。一回性のものである。知っている人は知っていて、時々買いにくるだけである。必要な時だけ来る。買い物に。必要なときに買うというのは、当然である。誰でもそうしている。不必要なときは買わない。そりゃそうだ。

買いにくるヒトの範囲を広げればいいということであろう。それには地方だけでは無理である。

さらにここから面白かったのだが、都会に人口が集中して何が悪いか?と書かれていた。

効率が良いから、都会に人口が集中するのであると堂々と論陣を張っておられた。

つまり効率を追求していない地方が悪いと言わんばかりである。これにはさすがに?がいろいろと灯った。

そもそも江戸という大都会は、旅宿人の集まった場所である。大学者である荻生徂徠が言っている。江戸の人間というのは、居所や職業を簡単に替えて、はっきり言えば無責任だと言っている。現代の都会人もそうだ。住処を簡単に替え、職を替える。キャリアアップと称して。

キャリアアップというと思い出す。生涯学習をやっているのは、キャリアアップのためだろうと聞かれたことがあるからである。バカも休み休み言い給えと返答した記憶がある。キャリアアップというのは、前提に就職というのがある。あるいは上昇志向というものが。いまさらそんなもん、クソの役にも立たない。そんな気はサラサラないからである。第二の人生をおくるためというのもどっかおかしい。第一の人生で十分ではないか。第一の人生で思い切り生きてきたのである。悔いはないからである。人生に第一も、第二もない。人生は一度きりである。さ迷ってはならない。さ迷うとお釈迦様に笑われる。真実を知りなさいって。真実というのは、「生老病死」である。まもなく死んじゃうのである。我々全員が。死なないヒトはいない。全員である。いつまでも生きたいと頑張っても、死が待っているだけである。だから、今現在を大切にして努力しなくちゃならないのである。私はそう思っている。それが生涯学習のテーマでもあるからだ。

話は変わるが(いつも変わってばかりだけど)、現代という時代は、こぎれいなマンションとかいうものに住むことが、ある種のステータスになっている。

さらに一軒家を建てまくる。若夫婦二人と、子どもたちだけの生活を宣伝しまくる。CMもうまい。建築会社のである。マイホームローンを組めば、簡単に家が建つ、あるいはマンションが買えるとやっている。

こぎれいな、スイッチをひねるとすぐお湯が沸いて出てくるような、まるっきり天国のようなマイホームを実に上手に宣伝する。冬暖かいし、夏も涼しく快適なように描かれている。これはもう「天国」である。テレビやコンピュータをつければ、世界中の情報がわかる。天国以上の快適さである。

あ、まだ私は天国なるものには行ったことがないけれども。まだまだ天国も地獄も行きたくない。地獄はもっと行きたくない。

それはともかく、都会というのが、快適な場所だというのは間違いがない。しかし、田舎だって快適である。現代の田舎は、そうなめたものではない。東京という名の江戸に出ていくのにちょっと時間がかかるだけである。

それを効率一点張りで、論陣を張っていいのだろうか。

なにも東京に難癖をつけているのではない。おめぇーさんは、田舎にしか住んだことがないから、いろいろ文句を言っているのだろうと言われてもいい。東京に住むのは、仕事が無いからだというのはわかる。確かに、田舎には東京にあるようないわゆる「格好のいい仕事」はない。自然相手の、力仕事もまだまだかなり多い。だからいい処だと私なんぞは思っているのだが。自然相手というのは、なにしろ快適である。都会では経験できないことだからだ。このことが、独自性を生む。独自性こそ、これからの時代を生きていく若い人たちには絶対必要である。(爺にも必要だけど)

独自性というのは取り替えがきかないからだ。そういうことをもっと学ばれたほうがよろしい。誰でもいい。取り替えがきくような仕事で一生を終わるのは寂しいものである。だから、私は生涯学習に取り組んできたのだ。そういうことを考えるために。時間と金の無駄だと言われてもそれが私のやりたいことであったからである。

さて、仕事というとサラリーマンを筆頭にあげることができよう。サラリーマンというのは、江戸時代でいうと時代劇に出てくるような、商家の丁稚さんとか番頭さんのようなものである。後は、武士階級がいた。さらに、職人と農業人たち、山や海に生きる人々である。しかし、江戸そのものは、サラリーマン都市であった。中心部はである。

故に、時代劇をみると現代の諸相がはっきりと現れてくる。民間企業というのは、まさに江戸時代の商家と変わることがない。銀行だって、金貸し業として描かれる時代劇の商家である。もともとは。

良いとか、悪いと言っているのではない。おもしろいと言っているのである。楽しいではないか。時代劇は。

組織とか、サラリーマンとしていかに生きるか、あるいは経営効率とか、なんだかんだとかというようなものは、江戸時代から言われていたのだと私は思っている。江戸時代というのは未開社会ではなかった。平和が続き、なにしろ安定していた。文化的にも相当のレヴェルにあった。寺子屋や藩校に代表されるように、教育もすばらしかった。文化的にも優れた時代であった。

今、私は急速に江戸時代に引きつけられている。

都会人問題というのが、私の潜在意識に張り付いてきたからである。もっとも、私の周囲にいる碩学たちから主として古文書講座によって、いろいろ教育をいただいているからでもある。面白い時代であったと思うからである。

 

あ、またまた書きすぎた。

どうせ不人気ブログである。しかし、これだけ長く書くと読んでいただけなくなるから、これくらいにしよう。もっとも、文章の最後にこんなことを書いてはならない。

ここまで読んでいただいた方には感謝である。

 

ありがとうございます。

(^-^)/

 

 

それでは。。。。。。

(^_^)ノ””””

 

 

 

 

コメント
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2月26日(木)のつぶやき

2015年02月27日 06時06分04秒 | 大学院博士ごっこ2012年から2015年

父(爺)さんは、倒産してしまったメーカーが作ったビデオを買い換える

この春から、ある大学で週一回授業をさせていただくので... blog.goo.ne.jp/tym943/e/bd22a…


博友会の現役幹部は週刊文春に対して、講演料名目での資金提供や会費の上納があったとの具体的な証言/下村博文文科相 「無届け後援会」で政治資金規正法違反の疑い(週刊文春) buff.ly/1LG0q3y pic.twitter.com/Nodj1MtwOg

Waishan Richunanさんがリツイート | 163 RT

@hey_muu” RT @waraino_naikaku 下村辞任なら、同じ細田派で当選6回の入閣適齢期で文教族の馳浩が後任じゃないかな。ついにプロレス大臣がくるぞ

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3・11以降、ペラペラペラペラものを書く人が増えてね、頭くるんですよ。「黙ってろこいつら!」って。そう思わない?
おたおたしてるんですよね。もっともらしくしゃべってるけど。何をこんなに騒いでんだ、と。

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戦争においては、現実を覆っていたことばとイメージが現実によって引き裂かれてしまい、現実がその裸形の冷酷さにおいて迫ってくることになる。-全体性と無限-

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どうもあしにはまだよくわからんが、人間というのは蟹がこうらに似せて穴を掘るがように、おのれの生まれつき背負っている器量どおりの穴をふかぶかと掘ってゆくしかないものじゃとおもえてきた(「坂の上の雲」)goo.gl/FoX9

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正義についても(真理や善と)事情は同じです。それは私たちの中に生きているのですが、しかし、それは理念―プラトンがイデアと定義したものですが―なので、同時に私たちの周りの精神宇宙にも存在するのです。しかし、それを物質的価値と同じ意味で、外的・内的と想像するのはよくありませんね。

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【逆転】言葉のセクハラで「懲戒処分は有効」最高裁
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出勤停止の処分は重すぎるとして無効にした2審大阪高裁判決を破棄し、「処分は妥当だった」と会社側の逆転勝訴を言い渡した。 pic.twitter.com/2mzeaSRI2h

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CiNii 論文?-? 懸川開城後の今川氏真と後北条氏(戦国大名論集II,杉山博先生古希記念号) ci.nii.ac.jp/naid/110007002… #CiNii

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【六角】南陽市宮内の六角には六面幢が建っている。火事のある三、四日前になると家の前を歩く気配がし、それはこの六面幢だという。前の家が火事になり、家を建て替える時に一緒に六面幢も移動しようとすると、「四百年も前からここにいるのだから動きたくない」と言ったので、今もそのままである。

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企画展「描かれた紀州」開催中。
今週末は現地学習会(歴史に学ぶ防災)を開催するため、ミュージアム・トーク(学芸員による展示解説)はございません。那智勝浦町、御坊市付近にお住まいのかたは、是非とも現地学習会にご参加いただけましたらと思います。

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【茅場町駅で下水管が破裂か】
東京メトロ東西線・茅場町駅で2月26日、天井から汚水のようなものが大量に漏れる事故が起きました。

breaking-news.jp/2015/02/26/017…

「うんこ汁がくさい」「茅場町駅ウンコまみれ」 pic.twitter.com/dJAyCOWZ8X

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ゲーテは色彩は原現象だと言っています。知覚の後ろに何があるかを問うのは無意味なことだ。なぜなら、その後ろには次々と観念が形成されるのですが、それらの観念もまた知覚から得られたものだからです。 『エンデの文明砂漠』

Waishan Richunanさんがリツイート | 2 RT

ペコちゃん成長してた。美人! pic.twitter.com/OKCJk3LH6q

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杉之森薬師堂薬師如来像:新潟県の中之島にある寺院。726年に行基菩薩が行った北陸巡錫の際の作品とされ、波羅門僧正(菩提遷那のこと)の開眼と伝えられる。昭和61年に大修理を終え、風格ある制作当初の姿の仏像に生まれかわった。pic.twitter.com/VExbwzPuLV

Waishan Richunanさんがリツイート | 5 RT

知覚と思考は、人間の意識全体の基礎です。私たちは思考で持って思考の後ろに達することはできず、知覚で持って知覚の後ろに達することはできないのです。私たちがそこで見出すものは、どこまでいってもまた、知覚でしかないのです。 『エンデの文明砂漠』

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心が積極的であれば、

人生はどんな場合にも明朗、颯爽溌剌(さっそうはつらつ)、

勢いの満ちたものになるが、

反対に消極的だと、

人生のすべてが勢いをなくし、

すべてが哀れ、惨めなものに終わる。 bit.ly/16nev3I

Waishan Richunanさんがリツイート | 1 RT

コメント
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光こそ、すべての源という気がするのだが

柔道をやると~ま君

サンスクリット般若心経

高齢\(^_^)/