と~ま君の部屋

楽しい老後を送りたいとやっています。所詮人生回り道。修士(人間学、仏教学)。ぼけ防止・脳のリハビリでやってるブログです。

老後で一番怖いのは「孤独」である。孤独防止法三箇条を考えてみた。

2017年08月20日 18時20分10秒 | とーま君の流儀2017

孤独防止の具体的手法を考えてみたよん

 

 

老後に怖いのは、なんだろうか?

ふとそう思った。

特に男。

組織に属してきて定年のある仕事をしてきた男。

こいつは、定年後に使い物にならないと言われるのが、現役時代の仕事にこだわっているヤカラ。退職しても現役時代の人間関係以外眼中にない奴。しかも、以前の職場の人間達からはウザイバカとムシされているのに気がつかない徹底的バカである。

退職者にとっても評価者はいる。むろん定年後の評価者は奥様である。管理職にあったヒトほど、奥様にも管理職ズラをしてしまう。家庭内管理職である。そんなアホなことはやめるべしである。

実は、奥様はそんな旦那の人間性をすっかりお見通しである。どんなにくだらない男だったか、わかってしまったのである。今さらである。今さら。

だって、なんにもできないからである。炊事、洗濯、掃除もなんもできないからである。むろん、ボキも他人のことは言えない。

奥様は、定年後にすっかり家に引きこもってしまった旦那が「ウザイ」のである。カネを稼いできた頃はそれでも我慢できたのである。それが、定年後にすっかりやる気をなくしてしまってテレビを見ることしかやることがないってぇのは、旦那の評価を下げてしまう。しかも、カネも稼いでこないのに酒だけは晩酌と称して飲んじまう。こりゃアカン。

アタシノ選んだ旦那はこんなくだらない男だったのかとがっかりしているのだ。しかも、不倫とかやった男なら最低である。ボキには縁がないが(⌒▽⌒)。

旦那も旦那である。さだまさしの「関白宣言」ではないが、あのパターンで仕事もできない男はろくなもんではないと考えてきたから、そのまんま定年後もやっちまうのだ。だから、家族内ゴミと化してしまうのである。

奥様は、旦那なんかいない方がいいと考えている。

生きていれば年金が来るから、それだけでいいのである。健康で生きていればいいだけである。病気になったらカネがかかるから、それだけは避けて欲しいと思っているだけである。その程度のものなんだなぁ・・・トホホ。

メシも作りたくない。当たり前である。カネを稼いでこないのに、メシだけは食うというのでは、やってられないではないか。しかも、うめぇだの美味くないだの文句を言う。ワンコより始末が悪い。こんなんじゃどっかに行ってくれぇ!と言いたくなる。

わかるような気がする。

だから、できるだけ家にはいない方がいい。

亭主元気で留守がいい。

これは実に優れた格言である。

だったらなにをすればいのか。

①    週に一度は、外に出かけるべし。

ボキのように大学院に行くのもよし。あ、ボキは中退したからエラそうには言えねぇなぁ。

古文書講座もよし。

中国語講座もよし。

②    趣味の範囲で、なにか稼ぐべし

塾がそうだ。

大学の非常勤講師もそうだ。

これまた今までやってきたことが役に立つ。

③    老人大学のようなまるっきり仕事と関係のねぇ人間とつきあうべし。

これもまた楽し。

可能な限り、OBとして旅行クラブに出かけている。

 

以上である。

さらにボキは一人旅をしてみたいと思っている。故郷山形へである。月山、湯殿山である。Hotelなんか予約しないで、車中泊である。

狂ったか?と言われるかもしれないけど。

孤独なまんま生きて居るよりはいいじゃないか。

ご同輩!

 

 

わははっははははっははっはははっはははっはははは。

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いじけたジジイよ、サヨ~~~~~~ナラ 孫との別れ

2017年08月20日 14時51分18秒 | とーま君の流儀2017

ジージちゃんよ、ヾ(*´∀`*)ノ (孫からもそう言われて別れたっけ)

 

 

午前中に孫が帰った。一週間はいた。楽しかった。いろんなところに行った。

千葉動物公園。ライオンもいた。像もいた。キリンもいた。レッサーパンダもいた。マンドリルもいたっけ。

成田空港。二度行った。飛び立つ飛行機を、あるいは着陸してくる飛行機を歓声を上げて見ていた。

居住地にある大きな公園。サッカー場くらいある。こちらも毎日のように通った。

出羽の海部屋の夏合宿にも行った。あまりの厳しい稽古にびっくりしてきた。

さらに、九十九里海岸にあるかんぽの湯にも入った。

いろいろ記念になる日々を過ごしたのだろうなぁと思った。それでよし、それで。

ボキは、ナガレモノである。だから、居住地では仕事があったからいるというだけに過ぎない。

今ではいろんな人間関係があって、たくさんの友人・知人・恩人もできた。だからいる。住んでいるというのはそういう理由で成り立っているのである。

それでいいのである。

あるいはそれだけの理由でヒトは生涯を過ごすのかもしれない。

ありがたいものである。

どうも、皮肉しか言わないようないじけたジジイではある。あるが、感謝はしている。ありがたいと思う気持ちはあるのだ。ボキのようなものでも。

こういう人間になってしまったのは、そういう理由であったのだろうか。

苦学したからか、とも思う。心理学的には、大学学部時代の経験はどうにも異常な体験であったとしか言いいようがない。自分でそう思うのだから間違いない。あの体験が、それこそどん底の体験から這い上がるという体験をさせていただいたことが人間不信を招いたことも否定できない。亡父も亡母も、オレを見捨てたという思いがボキには確かにあったからである。受験料も、入学金も授業料も払ってくれなかった。ボキの進学した大学学部に反対していたからである。有名でないからというのがあったからだ。

確かに有名ではない。伝統だけはあったが。

官僚になれるような大学でもない。公務員に強いような大学でもない。エリートなんかになれるわけもない。底辺を支えるだけのものでしかない。ましてや、ボキはクソの役にも立たない文学部国文学科である。教養のために大学進学をしたいと言ったら、亡父は怒り、ゼニは出さないとのたもうたのた。

今ならそれはよくわかる。大学には立身出世のために行くのだろうから(これも皮肉だな)。就職のために行くのだろうから。それをである。教養のために進学したいと言ったのでは、「テメェで行け」である。当然である。

所詮二流のバカ高校生であったのだ。ボキの出た高校は、一応地方の進学校だった。それも国公立大学に200名しか進学できない。国公立大学と言っても、所詮地方大学である。駅弁大学だけである。

超一流の大学に行って教養のために勉強したいというのならわかる。

大いに結構である。

森敦のように旧制の第一高等学校なら教養のためと言えるだろう。

ボキは及びもつかない。ただのアホである。

昨日も森敦を読みながらカードを作っていた。この作家ともっと早く出会っていれば、こんなアホなジジイにはならなかったのかも知れない。

もう遅いけど。

 

わはっははははっははっはははっはは。

 

ヾ(*´∀`*)ノ(孫ともそう言って別れたっけ)

 

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8月19日(土)のつぶやき

2017年08月20日 05時56分17秒 | とーま君の流儀2017
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光こそ、すべての源という気がするのだが

柔道をやると~ま君

サンスクリット般若心経

高齢\(^_^)/