5歳の女の子が歌っていたYoutubeを昨日拙ブログで紹介した。マイウエイである。なかなか泣かせる。今朝も聞いていた。かわゆい女児が、まるで天使のように歌っていた。サイモンさんが、90歳くらいの人が人生を振り返って歌う大好きな歌であると言っていた。なるほどである。昨日の記事で見ていただきたいが、これを5歳の愛くるしい女児が歌っているのである。
ボキにも3歳の女児の孫がいるから重なって見える。そういう年齢になっちまったということである。
そして、タイトルにも書いたが、人生の折り返し点にきたら、マイウエイ的世界観を味わうべきであろう。でも、ボキはもう人生の折り返し点を過ぎてしまった。夕日が沈んでいく日々を待っているだけである。
それに、昨日紹介したマイウエイは、翻訳が見事である。人生の終盤に来て、悔いはないというような翻訳をしていたからだ。わたしの生き方に迷いがない。すばらしいことである。歌が、伝えることはたくさんあるからだが。それを5歳の女児が歌うのである。ううううう・・・。たまらん。泣きっぱなしだよん。
マイウエイだけではない。日本の芸能もまた捨てたもんじゃない。しみじみとした情感が味わえる歌もたくさんある。そうやってワレワレ庶民は生きてきたのである。夢も希望もないご時世であった。最悪の2020年であった。コロナで苦しめられてしまった。新年会もできない。来月、居住地の歴史の会の新年会も欠席した。コロナである。
唯一のタノシミ、趣味である海外旅行も今年はどこにも行けなかった。中国敦煌にも行ってみたかった。そのために中国語講座にも通ったのだった。まったくものにならなかったが。
なにしろ飛行機が飛ばないのだから。九十九里浜の上を飛ぶ回数がめっきり減ったから、JALとかANAが景気が悪くなってきたというのは、実感としてわかる。
コロナがいなくなったら、真っ先に敦煌に行きたい。なぜなら、二回目の修士論文のテーマであるから。敦煌に吹く風はどうなっているのだろうと、夢見る毎日である。
大学学部を卒業してからずっとこんな夢を見ているだけである。
それが愚かなボキの「マイウエイ」なのだから。
BYE-BYE!