狸谷山不動院

2024-05-30 06:26:21 |  EIDENで行こう
「EIDENで行こう - 一乗寺駅から徒歩25分」

八大神社の辺りは比叡山への西斜面を上りかけた所で、京都の町を見下ろせる場所にある。
そこからさらに山の方へと道路を上っていくと、民家の途絶えるところに狸谷山不動院の交通安全自動車祈祷殿がある。
その手間から寄進者の名前が彫られた石柱が並び、祈祷所を過ぎても並んでいる。





その数にすごい信心を集めてるお寺なんだなと知った。
山中の道路をさらに上ってようやく入口の鳥居に到着。
神仏習合のお寺だったよう。
鳥居の左に狸のやきものが沢山置いてあった。
狸谷山という名だけに奉納しているのか?



山中にあるお寺なので本堂までは階段である。
250段あるらしい。
許可なく学生のトレーニングを禁ずと書いてあった。
使われそー。
学生時代、階段はなかったが山の方への道を往復するコースを走ったのを思い出した。



その日はパラパラと雨の降る日で、大きな木々に囲まれた参道は薄暗く、深山幽谷の雰囲気。
本堂までにお参りどころは四ヶ所。
一つ目は白龍弁財天。


二つ目は七福神。


三つ目はお迎え大師。


四つ目は弘法大師光明殿。


最後の階段を上ると左に柱を組み合わせて足場にした建物が現れる。
これが本堂のようだ。
階段を上り切ると広場があり空が開けた。
護摩の焚き上げとかをするのか、焚き火後のように地面が一部黒く焦げていた。
広場の周りにある境内社や宮本武蔵が修行した滝やお地蔵様の前を通り本堂へと上っていく。







拝観料を払って本堂へ。
本堂内は撮影禁止。
なぜ高い位置に本堂があるかというと、その高さにこの寺を興した上人さまが修行した洞窟があるから。
本堂の屋根の下、内陣というのか、そこに上がってもいいと書かれていたので靴を脱いで上がらせてもらった。
内陣の向こうは建物の壁ではなく洞窟だった。
ご本尊の不動明王は洞窟の壁を背にして鋭い眼光を光らせていた。



信徒会館の横から山へと入ると奥之院があるのだが、不動明王使者三十六童子の仏像を巡って裏山の山頂まで歩くというもの。
熊に注意の看板があるし、どれくらいの距離があるのかも不明なのでやめておいた。
36柱も写真は撮れないな、というのが本音。
観光に訪れるお寺ではないから参拝者は少ないが、門戸は開かれていて、なかなか興味深くお参りさせてもらった。




八大神社

2024-05-28 06:25:00 |  EIDENで行こう
「EIDENで行こう - 一乗寺駅から徒歩15分」



詩仙堂のすぐ隣に八大神社はある。
宮本武蔵の一乗寺下り松の決闘で有名なところだそうだ。
境内入口の鳥居をくぐって参道を歩くと、過去に撮られた宮本武蔵の映画のポスターが各種貼ってあった。
結構作られてるんだ。
最近は宮本武蔵なんて映画になってないよな。



手水舎の横に水みくじ用の水が汲まれた桶があった。
水みくじとは何も書いてないように見えるおみくじを水につけると、文字が浮き出て運勢を教えてくれるというもの。
貴船神社でやったことがある。
この辺りの神社のはやりなのだろうか。



本殿前の階段を上ると左に宮本武蔵の銅像がある。
この神社は宮本武蔵が吉岡一門と果し合いをする前に、勝てるよう祈願にきた神社である。
しかし参拝する直前に思い止まり、神仏を頼るのではなく自身を信じて戦うのみと悟りを得、参拝することなく戦場に赴いたそう。



思うのだ。
神様としては自分を頼って欲しかったのに頼ってくれなくて残念だったのか。
それともその心意気や良しと祈願されなかったもののその願いを聞き届け、力を貸してあげたのか。
どちらだろう。
まさに神のみぞ知る事柄か。




詩仙堂、サツキの頃

2024-05-26 19:00:01 |  EIDENで行こう
「EIDENで行こう - 一乗寺駅から徒歩15分」

5月、サツキの咲く頃、京都は一乗寺にある詩仙堂を訪れてみたかった。
ネットで花の咲頃情報を見ていたら、うまい具合に予定のない週末が見頃の時期と重なったので行ってきた。
久しぶりに叡山電車の沿線訪問記である「EIDENで行こう」の記事が追加できる。

詩仙堂は一乗寺駅から東へ15分ほど歩いたところにある。
もう10年くらい前に訪れた事がある。
入口の佇まいは記憶のままだった。
しかしアプローチの石畳の通路から先はもう記憶は朧げ。
ほぼ初めて訪問したように新鮮な景色。
詩仙堂は文人の石川丈山という人が暮らした庵で、庭園を見学するところだが、お寺でもある。

祀られているのは馬郎婦観音で、まずはご挨拶。
座敷から庭園を眺めて憩う方々の横であれこれと撮影。
建物の中を見学した後、靴を履いて庭園を散策する。
座敷から見える庭の奥にも庭があるのだが、高さの低い位置にあるため散策する人の姿は座敷からは見えず、うまい作りになっていた。

奥の庭は座敷より見える庭より広く、前回訪れた時に見た記憶がある眺めがいくつかあった。
藤棚(だよな)の下のベンチで涼んだな。
帰ってからその時撮った写真を見たら、今の写真よりアップの写真が多く違いが面白かった。
もっと暑い時期に来たように思ったが、同じように5月の終わりに来ていた。
サツキはあまり咲いておらず心が残ったんだな。

庭木にはモミジの木が沢山あったから、次に来る時は秋の紅葉の時分だな。
庭はとても綺麗に手入れがしてあって感心。
ただ掃除してあるだけでなく、木々と草花の配置の妙にシャッターを押す手が止まらない。
この庭を何十年何百年と維持していくにはどんな知恵が必要なんだろう。
すごいことである。
写真を大量に撮ったのでフォトチャンネルにした。
見てたもれ。




祇園新橋

2024-05-22 06:19:43 | その他旅行き
写真祭鑑賞の合間に祇園の町を歩いた。
昔ながらの建物の並ぶ通りもあれば、飲み屋のビルの並ぶ通りもあった。
祇園といえば花街で、飲み屋も居酒屋のようなところでなく、ナイトクラブのような店が多いように感じた。
総じて高級な感じ。









祇園新橋というところが重要伝統的建造物保存地区であるようで、なるほどそこはいい感じの通りだった。
料亭なんかにはとても入れないから、町屋造りの家を改装したカフェでお茶した。




両足院での展示

2024-05-20 06:25:02 | その他旅行き
カサブランカの次に見た展示は国際社会の影の部分を、何も知らずに平和に暮らす我々に突きつけるものだった。
残念ながらそうした事態、状況に対して自分の意見を表出できる人格を持っておらず、感想を述べることはできない。



三つ目の作品は建仁寺にある両足院で展示されていた。
「空(くう)をたぐる」
人間の引き起こした温暖化が人間に与える影響をフランスのシャンパンの醸造地で考察し、写真に落とし込んだ作品。
これも自分にとっては難しい種類の作品であった。



シャンパンを造る原料となるブドウの作付けに温暖化がどんな影響を及ばしているのか、葡萄畑の写真と醸造資料などを組み合わせ表現しようとしている。
こうしたアート作品は作者の意図が鑑賞者に伝わるかどうかが評価軸のひとつだと理解している。
写真はビジュアルだとも思ってるから、見た目もいい方がいい。
というか見た目に引っ張られてしまう。
葡萄畑の写真は地味で、だから正しく受け止めれたか自信がない。



そんななので興味は会場の両足院に向かってしまった。
多分ここに入ったのは初めてだ。
中庭があって、散策させてくれる。
中庭内の離れはたぶん茶室だろう。
そこにも一枚作品が展示されていた。










カサブランカの写真

2024-05-18 18:33:01 | その他旅行き
今年のGWに遊びに行けた唯一のお出かけ先が KYOTOGRAPHIE。
毎年この時期に開催される京都国際写真祭である。
病み上がりで無理はしたくなかったので、祇園四条辺りに固まって展示されていた三つの会場を巡った。



今回の記事はその一つ目。
「カサブランカは映画じゃない」
元ダンサーの写真家が撮った彼の地元モロッコの写真。
とても良かった。
こうした写真展の写真って、今の時代の最先端を表現してるよっ、て展示があったりするんだけど、そういうのって自分には難しくてよく分からない。
でもこの人のカサブランカの写真は難しいことは何もなくて、普通に市井の様子を写してる。
そしてその写真がいいのだ。



いつもいい写真ってなんだろう、と考えている。
誰かに教えてもらおうと本を読んだりネットの記事を検索したりする。
でもだれも文章で表現してくれない。
それだけ感覚的なものなんだと理解するにとどまる。
でもこの人の写真は、「ああ、いいな」と思えるものだった。



誰も文字にしてくれないから一つの例を頑張って書いてみる。
撮ってる人がいい雰囲気を発しているのだろう、人物写真はみな朗らかな印象。
撮られる人それぞれのその時々の自然な表情が写し取られていた。
色はカラフルで、でも不自然な色の盛り方はしておらず好感。
人物写真以外も被写体の存在感が迫ってくる。
日本の景色や事物でないから、物珍しいというのもあるのだろうけど、この人は日本で撮っても同じように撮れるんなだろうな。



会場は3階建てで、1階と2階はカサブランカの写真、3階は展示の為に作者が京都に来た時撮ったのだろう、インスタントカメラで撮影している様子が映像で流れていた。
インスタントカメラで撮った写真はフロアにラフな感じで置かれていた。
これは踊りながら撮ってるので1、2階の写真とは全く趣きの異なるもの。
自分にはその良さの分からないタイプの写真である。
最初に3階まで上り下へ順に見ていったので実はこちらを先に見ていて、ああ元ダンサーだからこういう作品を撮るのねと理解して2階に行ったから、きちんと?撮ったカサブランカの写真との相違にとても驚くことになった。
久しぶりに面白い、とても参考になる展示を見せてもらった。




立杭焼の里

2024-05-14 06:27:06 | 山行
虚空蔵山の下山口は「陶の郷(すえのさと)」という有料施設で、陶芸の体験施設や研修施設などがあったり、辺りの窯元で焼かれた商品販売などしているよう。
そこはスルーして窯元の並ぶ町の方へ行ってみた。
南北に伸びるなだらかな谷間に町はあり、主に西側の山裾に広がっていた。



まず目についたのが登窯。
明治に作られたものを整備していて、今もまだ使っているらしい。
この地の象徴的存在であるようだ。
上部に墓地のある山の斜面に、土の壁が細長く伸びていた。



全国各地にやきものの里はあり、登窯が残されているのを他でも見たことはあるが、過去の焼き方を今に伝えるための遺構として保存されてるイメージがある。
現在は電気窯やガス窯で焼くのが普通のはず。
しかしこの地では今も現役の登窯を持つ窯元があるようで、町を散策すると他にも山の斜面に土の壁が伸びているところがあった。
思う通りに焼くのは難しそうだが、焼き上がった作品はきっと趣があるのだろう。



さて、いくつかお店に入って酒器でも見せてもらおうかと考えていたが、こちらもスルーすることになってしまった。
その日は平日だからか観光客が少なく人の出入りが見られず、お店もやってるのかやってないのかパッと見分からない。
やってそうなお店も暇そーにしてる人が庭に座ってたりして、入ったら自分にだけ注目が集まって、苦手な雰囲気になるのが目に浮かんだ。



先の「陶の郷」の方は駐車場に車も入ってたので、観光客はあちらに集まってたのだろう。
各店舗の製品が取り揃えられているだろうから、一ヶ所で比較検討できて買い物もしやすそうだ。
今回は山帰りで疲れていたこともあるし、今度はやきもの鑑賞、購入を主目的にして連れと一緒に来ることにしよう。
秋にはやきもの祭り的な行事もあるようだし。



てことで、町の様子を窺うだけで終わってしまった。
帰りはバスでJRの駅まで向かう。
本数少ないので要確認である。




丹波岩

2024-05-12 17:18:03 | 山行
虚空蔵堂を過ぎ、さらに登る。
ちょうどミツバツツジの咲く頃のはずで、ツツジのトンネルをくぐる自分を勝手に思い描いていたが、ここはそんなに数多く咲く山ではないよう。
ちらほらと咲く花を撮った。





だんだん周りの木々が小さくなりだした。
数百mの山に森林限界なんてあるはずがないが、山頂が近づいてきている雰囲気がいい。
まばらに若々しい葉っぱをつけた木の間から下界の景色が見えるようになった。





山頂への三叉路に道標があった。
虚空蔵山へは東側から上ったが、下山する西側には丹波焼の産地である立杭の里がある。
今来た道と山頂への道と立杭への道を示す道標の文字は陶器製だった。
これは文字が消えると言うことがないから、割らなければとても長持ちしそうな道標だ。
文字よりも木でできた柱の方が先にダメになりそう。
柱は作り替えても文字板はそのまま使い続けて欲しいなあ。





山頂方向へ進む。
巨大な岩が眼前に立ち塞がった。
岩の縁を巻いて裏側に行くと岩の上部に乗れ、まずまず平らで簡単に歩くことが出来た。
丹波岩という場所らしく、岩の上からは周りの景色が開け、とてもよい展望。
そこでお昼を食べることにした。
日陰は無いが日差しを浴びても暑さを感じる一歩手前の陽気。
気持ちよく眺めを楽しみながらおにぎりを食べた。



お昼を食べ終わり、山頂を目指して歩くと、山頂は丹波岩からすぐのところだった。
ベンチなどあるが、眺望は丹波岩からの方がいい。
標高は592m。
写真を撮ってUターン。
やきものの道標のある三叉路まで戻り、下山は立杭の里の方へと下る。





こちらの道は「陶の郷自然遊歩道」と名がつけられているようで、朽ちかけた道標がそこここに残っていた。
上ってきた道より傾斜が急で、降りる視線の先に里の町並みが何度も覗けた。
道は階段状に足場が埋め込まれ、上ってきた道とは雰囲気が違う。
途中にあった針葉樹林帯にはベンチが設置されていたり。





下り切るとそこは「陶の郷」という有料のやきもの施設の敷地だった。
この自然遊歩道は陶の郷から虚空蔵山へ登ってみようという人向けに整備された道のようだ。
登山はこれにて終了。
やきものの里はどんなところなのか、散策していくことにした。
その様子はまた次回。