相違例年帰省模様

2015-12-31 09:14:29 | Weblog
今年も一年、生命活動維持おつかれさまでした。
今年は激動の一年だったなあ。
最大の出来事はやはり引越し。
まさか大阪を離れることになるとは思いもよらなかった。

毎年年初に思う一年の目標に部屋の片付けがあるが、ずっと反故にしてきたので、いい加減にしろと神様が無理やり片付けする機会をくれたのかもしれない。
新居のダンボール箱の山は年越しすることになったが、旧居とは雲泥の差の生活空間で日々寝起き出来ている。
これまでと違う環境の生活が始まった。
さてこれからどんな一年になるのであろう。
四季の違いの比較が楽しみだ。

まずは冬から。
神奈川からの「年末年始」の帰省は初体験。
なんども行き来してるルートだし、特に道草もしないが、道中がなんか楽しみだ。
TVの中の世界だった新幹線での帰省。
「おばあちゃんと遊ぶの。」って話す子供の気分か。
東京みやげは何にするかな。

ではでは皆様、良いお年を。




車の出番が減りそうだ

2015-12-30 00:10:17 | 自転車
寒くなって食欲が増し、その上筋肉が落ちて基礎代謝量が下がっているから、スッキリしていたお腹がまた出てきた。
お尻はふにょふにょだ。
もう一度筋肉を付加したいのだが、新しく入ったテニススクールだけだと効果なさそう。
となると次の手段は自転車だな。
てことでスクールに自転車通学してみた。

関東地方でよいなと思うのが、冬場はしっかり晴れてくれること。
そんな記憶がある。
大阪の北摂に住んでた頃は山が近かったので、冬場は一日のどこかで時雨れる事が多かった。
トータルでは晴れてる時間の方が長いのだが。
自転車で出るにはそれなりの覚悟が必要で、濡れるのが嫌でここ数年冬はほとんど乗っていなかった。
こちらは晴れの予報なら安心して自転車を出せるはず。

その山が近くにないのでヒルクライムは諦めていた。
ところが、確かに山はないが、街の中なのにやたら坂道が多くてびっくり。
これはありがたい。
もっと真っ平らな所のイメージがあった。
道路は上下にうねっているので、上り坂で汗することができる。
短い上りの後はすぐに下り坂がくるので、鍛えられていない今の私の脚にはちょうどいい。

あと走っていて環境の違いを感じるのは、街中なので幹線道路の空気が悪い。
自動車の後について走るからなあ。
道をある程度覚えたら、排気ガスを避けるため、車の少ない道を選んで走るようにしないといけない。
自転車通学、続けられるかどうかは冬の寒さがどの程度かによるな。
12月は暖かかったが、1月2月はさてどうだろう。


こんなに違うもんなんだ

2015-12-29 00:40:23 | テニス
旅しない休日をもとの日常に戻すべく、こちらでもテニススクールに入学した。
2ヶ月以上ブランクを開けてしまったのでボールをまともに打ち返せず、事前に体験レッスンで入ったクラスのコーチに、これまでからワンランク下のレベル判定をされてしまった。
まあ仕方なし。
再度レベルアップしていこう。

とレッスンを受け始めたが、なんだか運動量が少ないぞ。
練習中息を切らすこともなければ、汗することもない。
まあ、冬だから汗がダラダラ流れることはなかろうが、それにしても精々汗ばむくらいだ。
もっと動きたいな。
社会人の場合、週末のテニスはストレス発散の場でもある。
いいプレーをして気持ち良くなるのもいいが、最大出力で連打してヘトヘトになるのもいい気分転換になったりする。
レッスン中そんなことができるメニューがないのだ。

もうひとつあれれと思った事が。
スクールの方針なのかコーチの個性なのか、コーチングがない。
どんな練習するかを説明して打ち合うだけ。
私のスクールのイメージは、ほっといてよ、ってくらい手取り足取り指導してくれるところ。
なのにそのコーチングがなく、よっぽど変な行動を取らない限りアドバイスはなし。
まあそれはそれで自分の思うとおりに打てて、失敗してもあーだこーだ言われず、好き勝手できるから気楽ではある。
でもスクールなんだから何かしら教えてもらえないと、ただのサークル活動と同じではないか。
第三者の客観的な目で見た評価を聞かせてもらい、より良くなるためのコーチングに期待してお金を払ってるのであるから、スクールとしてどうなのよ?と思ってしまう。

前者の問題は久しぶりのテニスで怪我しないようにゆるゆるプレーしたことにも原因があるのだろうと、翌週はフットワークをサボらず脚を使い、しっかりスイングした。
ヘトヘトになることは無いが、汗もかけたし、まずまず動いた感が残った。
これでいこう。
後者の問題は、他のコーチがどうかによるな。
別のクラスに振替してコーチにより違うのか観察してみよう。



元興寺の鬼

2015-12-25 01:18:57 | その他旅行き
その元興寺で写真を撮って回っていたら、休憩所の建物の小さな庭に鬼を見つけた。
粘土で造られた焼物みたいだ。
すっかり苔生している。



その鬼を熱心に撮っていたらお寺の警備員の方の目に留まり、「そんな鬼がここの境内には全部で5匹いるんだよ」、と教えてくれた。
おお、それは見つけねば。
おおよその居場所を教えてもらい、探して歩いた。
居ました。
みなさんも元興寺を訪れた際は、探してみては。
宝探しみたいで面白いですよ。












西へ東へ

2015-12-23 22:00:07 | その他旅行き
翌日は一転、奈良へ遊びに。
「ならまち」辺りを散策した。
古い町家が残るところとの事だが、所々にポツポツと見かけるだけで、ずらり並んだ町並みとは趣が違う。
結構広い範囲が「ならまち」と呼ばれるところなので、私が歩いた場所が悪かったのかも。
ガッツリ見所を調べて来た訳でないので、面白い処を見逃してそうだ。
新しくても洒落たお店が多いので、外から見るよりお店に入ったほうが楽しめそう。

<ならまち格子の家①>


お昼ご飯はそんな町家を改装してお店にしてる洋食屋さんでハンバーグを食べた。
洋食屋さんといってもメニューが洋風なだけで、高い天井の和室で畳に座卓で食べる。
ハンバーグはなんとも分厚い。
箸を入れると肉汁がドバッと溢れ出てきた。
おほほー。
ソースを絡めて口に運ぶと肉の旨みと合わさって頃良い味加減。
とても美味しゅうございました。
(気になる方は「ならまち 洋食」で検索)

<ならまち格子の家②>


食べ終わって玄関を出るとき、三田村邦彦の千社札が貼ってあるのに気付いた。
お店の人によると、「おとな旅あるき旅」のTV収録でやって来て、壁に書かれた詩は彼の筆によるものだそう。
達筆だ。
(家に帰ってから昔録画したのを探したら、あったあったありました。
 ハンバーグとエビフライと牛めしを食べてた。
 くいしんぼ。

<ならまち格子の家③>


「ならまち」は昔、元興寺というお寺の境内だったようだ。
広大な敷地だったんだなあ。
今の元興寺を訪れたが境内はググッと縮小し、こじんまり。
でも奈良の世界遺産の一部だ。
本堂と禅室の屋根の瓦に飛鳥時代のものが含まれていて、それは日本最古の瓦だとか。
これら建物は国宝。
歴史の厚みを表現できないかとモノクロ撮影してみた。








神戸の夜

2015-12-22 00:50:09 | その他旅行き
帰省のついでに大阪に遊びに出た。
帰省がついでのような気も?
なんにせよ早くも大阪観光。
いや、正確な行先は神戸。
ルミナリエがいつまで開催されるか分からないかも、と見てきた。
近くに住んでたらいつでも行けるって思う例の心理が働いてたなあ。



夕刻、まだ明るいうちに三ノ宮に着いてしまったので、高架下なんかを散策。
それから南京町に行ったことがなかったので、そちらへ歩いてみた。
辺りは徐々に夕闇が深まる。
歩いて行くと赤い提灯がぶら下がる路地があったので入って行ってみると、その向こうが南京町だった。
食べ歩く人や観光客でいっぱい。
最近は日本国中、中国人観光客が多いが、南京町にも訪れたりするのだろうか?というのが頭に浮かんだ疑問。
観光客の日本人比率の一番大きな場所なのかも。
街は赤い光で満たされていた。



そうこうしているうちにすっかり暗くなったので、ルミナリエを見に行こうと会場の方に歩いて行くと、道路にバリケードが立てられていた。
その向こう、車は通行止めされて大勢の人が歩いていた。
やっぱり人出はすごいんだなあ。
バリケードのせいでそこからは入れず、立て看板を見るとくねくねと遠回りして会場に行かねばならないようだ。
うげげ。



遠回りする道の入口らしい元町駅前に向う。
警備員や警察官が大量にいてその指示に従い歩く。
こりゃあすごい人件費がかかるな。
開催続けるのは大変だ。
駅前の大きな通りを西へ次の駅付近まで歩き、Uターン。
複数車線ある車道いっぱいに人が広がって歩く。
途中ルミナリエとは関係ないイルミネーションで飾られた通りを抜けたり、遠くにチラリとルミナリエのイルミネーションが見えたりして、期待を高まらせながら歩く。



そして到着。
うーん長い旅だった。
それ故に美しさも際立つ?
門の手前は大渋滞。
まあゆっくり写真が撮れてよろしい。



ゲートがコマ送りのように近づいてくる写真を何枚も撮った。
ゲートをくぐってしまうと突然人が少なくなるが、その向こうの公園にも作品があり、またごった返す。
公園周辺には屋台がいっぱい出てた。
ルミナリエに不似合いだが、みんなお腹空くだろうから必要なんだろう。
その日は夜も入れた慰霊と復興のモニュメント下の瞑想空間を訪れ、宿に戻った。




微妙についてない日だった

2015-12-17 01:14:37 | その他旅行き
季節外れの帰省をした。
これまで西から三重に入っていたが、これからは東から入ることになる。
途中の寄り道先が目新しくなるなあ。
てことでまず一回目の寄り道先に選んだのは、三重県の北勢地方を走る三岐鉄道。
北勢線と三岐線の2路線を持つ地方鉄道だ。
北勢線はナローゲージを走る珍しい路線。
今回はその北勢線だけ乗り鉄、撮り鉄して来た。

<ターミナル駅>


<終端装置>


名古屋で新幹線を降り、近鉄で桑名駅へ。
北勢線は桑名駅から少し歩いた西桑名駅から出ている。
一日フリーパスの切符を買った。
ホームで待つと車体のやたら小さな電車がやってきた。
ローカルなのに4両も繋いでる。
すばらしい。
鉄道車両はやっぱり複数車両を連結して走るのがらしいですな。

<まずは黄色い電車>


先頭車両の一番前に乗車して出発。
当然単線。
線路の幅が狭いからかレールが分厚く見える。
少しスピードを出すと盛大に揺れた。

<東員駅の停車時間は長い>


揺れ方がまた独特だ。
西桑名の次の駅、馬道を出た後だったか、進行方向に向かって水平に左右に振られるのだ。
あはは、楽しい。
他の場所では普通にローリングしてたので、そんな揺れ方をするのはその区間だけかもしれない。

<車窓から>


郊外へ向けて民家の建つ間を走る。
刈取り後に芽を出した葉が黄色くなった冬枯れ前の田んぼの脇を走ったり、また民家の横を走ったりして進む。
建物の密度が変わる位で車窓からの眺めに大きな変化はない。
ずっと平野部を走るので、まっすぐ線路が伸びている所が多い。

<交換待ち>


一旦終着駅の阿下喜(あげき)駅まで乗り、車窓から沿線で撮影に使えそうな場所をチェックした。
けど、泊りがけで遊びにきた時ほど時間はとれない。
結局、一箇所でしか駅外に出れなかった。

<細長い車内>


吊革は2列あるが、車内は狭く、両側の座席に座ると通路は一人分しかスペースがない。
写真に撮るとそう見えないのはなんでだろう。
沿線に学校がいくつかあるのか、元気な高校生の利用率が高かった。
対面で座っても座席の距離が近いので、車座に座って会話するのと同じ距離感で話を弾ませていた。

<阿下喜駅にて>


北勢線は全駅自動改札が導入されているようだ。
だからか出発時刻前でも改札してもらいホームに入れる。
たいてい便数の少ない地方鉄道は、電車が到着していても出発時刻直前までホームには入れてくれないものだ。
ありがたく発車を待つ電車他、じっくり撮らしてもらった。

<虹>


しかし、油断した。
日中の時間帯は一時間に一本しか運行してないのだが、その電車に乗り損ねてしまった。
都市鉄道に慣れて、発車前には必ずベルが鳴るものと思い込んでしまっている。
ホームで撮影していたら、キュルキュルと音がするので振り返ると扉が閉まっていた。
ありゃー、発車時刻になっていたか。
ボーゼンとする私を一人置いて、電車は静かに出ていった…。

<この電車に置いていかれた>


ええい、それならそれで撮れなかったモノを撮ってやる。
駅横に旧式電車が保存展示されてるのを撮ったり、次に来る電車の撮影準備を行った。
次に来た電車は緑色のやつだった。
違うタイプでよかった。

<阿下喜駅にて(その2)>
















阿下喜駅で一時間余分に使ったのでますます時間がなくなり、帰りに途中下車できたのは楚原駅だけになった。
駅の南側に短い坂があるのを行きがけにチェックしていた。
果たしてホームから見るといい感じだ。
電車が車体をうねらせ上る様を撮ろう。
次の電車が来た。
が、予想した見え方と異なり、手前の柱の梯子と重なってしまった。
まだまだ予測力が足りないな。
経験不足だ。

<梯子がいたた>


楚原駅近くに「ねじり橋」と「めがね橋」という橋があると、一日フリー切符についてきた「北勢線ぶらり観光マップ」に紹介されていた。
コンクリートブロックで造られた大正時代の橋で、今では貴重なものだ。
「なんとか土木遺産」に認定されてるそう。
駅から1kmほどらしいので歩いて行ってみた。

<ねじり橋>


「ねじり橋」は左右の橋脚の長さが違い、斜めに川を横切っているので、ねじりまんぼとなっていた。
「めがね橋」は三つ丸く穴のあいた橋。
手前に繁茂した雑草が邪魔をして、うまく全体像が撮れなかった。
電車が渡っている所を撮るべきなんだろうけど、今度来る電車で帰らねばならないのであきらめる。

<めがね橋>


「ねじり橋」から「めがね橋」へと歩く途中で通過する電車が最後の撮影機会だった。
その日は朝から大荒れで、天候回復したかと思えば時雨れ、日が差しては虹が出たりする目まぐるしい日。
午後遅く、風は変わらず強いもののようやく青空が広がった。
濡れた田んぼや背景の木々が輝いて、これはいいと構図を決めて電車を待った。
が、通過想定時刻なのにやって来ない。
どうした事だと思っていたらやって来た。
再度カメラを構えたが、あらら太陽が雲に隠れ、周りの景色は輝きを失ってしまった。
仕方なく露出をプラス補正。
うまくいかないな。



楚原駅に戻ったら乗り込む上り列車がやって来るところだった。
下りの電車とこの駅で行き違うはず。
その時もう一度坂道を登る下りの電車を撮るチャンスがある。
ところが、上り列車の発車時刻になってしまった。
列車交換はなかったのか?、今度はきちんと時計をチェックしていたので車内で発車を待った。
が、なかなか発車しない。
??
すると下り列車がやってきた。
遅れてたみたいだ。
もはや撮影は叶わず。
やれやれ。


とどろき渓谷

2015-12-13 22:47:05 | その他旅行き
名前の響きだけからすると、なんか深山幽谷にあるようだ。
が、漢字にすると「等々力渓谷」で、東京都区内にある珍しい(唯一と書かれた説明書も)渓谷らしい。
自由が丘とはどんなところだろうと買物に行った後、時間があったので行ってみた。
3駅多摩川寄りにある等々力駅が最寄り駅。
駅を降りると渓谷への道しるべがいくつもあり、迷うことはなかった。
途中、和菓子屋さんがあったので、渓谷の何処かで食べようときんつばを買った。
渓谷入口まで数分。
橋脚が赤い橋の横の階段を下っていくと遊歩道があった。

<階段途中の斜面に猫が居ついてた>


おー、なるほど、渓谷だ。
植物に覆われた、垂直に近い斜面が左右にそそり立ち、狭い谷底に川が流れている。
まあ、歩く足下は整備されて平らだし、川も水路を流れているので人の手が入ってはいる。
流れも清流とは言い難い。
しかし、対岸にはコンクリートではない大きな石が積まれていて緑豊か、鳥の声もかしましいくらい聞こえる。
渓谷の趣は充分だ。

<こんなとこ>


長さは1kmほどか。
お天気良くても陽は差しそうになく、さらに夕方だったから谷底は薄暗い。
同じようにどんなところか様子見に来たらしい人が結構歩いている。
谷の上には住宅があり、あるお宅は斜面にまで建物が覆っていた。
のおお、ジャングルに建てられたみたいだ。

<人ん家だけど撮っちゃった>


渓谷の終点には等々力不動尊の境内がある。
渓谷途中に紅葉はちらほらとしか見られなかったが、ここの境内には立派なもみじがあってちょうど見頃だった。
もう暗くなってしまっていたのでゆっくり撮影することは出来ず残念。
東京は日の暮れるのが早いな。
大阪より20分くらい早く暗くなる気がする。

<明るい時に来たかった>


御不動様にお参りし、ベンチを借りてきんつばを食べた。
訪れる人も少なくなった境内は、イチョウの葉っぱが降り積もり、夕闇に白く浮き上がっている。
しばし静かな時を過ごさせてもらった。

<大提灯>


帰りは地上の道を等々力駅まで戻った。
途中、複数車線を持つ大きな道路を渡った時、歩いてきた渓谷の方を見やると、そこには渓谷など存在しないかのように街の灯りが広がり、車のライトが行き来していた。


常陸土産

2015-12-10 00:19:24 | お酒
自分用に旅の土産を買った。
カフェのショーケースで見かけた地ビールが美味しそうだったので、駅前のスーパーに行ってみたら売っていたのだ。
なんかセンスあるボトルデザイン。
創り出す人の頭の中はどうなっているのだろう。
こんなのを見るといつも感心してしまう。
裏面の原材料をみると普通のビールとは少し違い、コリアンダーやらナツメグなんてのが入っている。
ふーん、どんな味なんだろう。
売っていた2種類を買った。



ホワイトエールの方を飲んでみた。
まず香りが普通のビールと違う。
香ばしいと言えばいいのか?
少し違うか。
味も香辛料が効いてる。
もちろん料理のようにガツンと効かせてはいないけど、さりげなく主張している。
その分少し甘め。
でもビールはビール。
ちょっと異質でおもしろい。



こんなビールは初めてだったので、ネットで調べてみた。
すると白ビールという名称で呼ばれる種類のものであることが分かった。
小麦が原料の多くを占め、上記した香辛料で味や香りを整えたもので、ベルギーやドイツでは珍しくないらしい。
日本でも地ビール屋さんが何種類か発売している。
こんど見つけたら買ってみよう。
冷蔵庫にとってあるだいだいエールの方も楽しみだ。




日立駅

2015-12-08 00:10:20 | その他旅行き
JR日立駅は鉄道関連のデザインコンペティションであるブルネル賞というのを受賞していると知った。
そして駅の海側にあるカフェがいい感じらしい。
興味を持ってしまい、行って来た。
日立市は茨城県だ。
関東地方だから近いもんだよなと地図をみると、静岡まで行くのと同じくらいの距離がある。
うはは、結構遠いな。
これだけ遠方に遊びに行くなら、行き帰りの途中や現地で他の観光スポットを併せて訪れなければ気が済まないところだ。
しかし出発時間が遅くなってしまって、結局この駅だけ見て帰って来ることになった。
なんか学生時代に深夜、悪友と隣県のラーメン屋までラーメンを食べる為だけに車を往復させた事を思い出した。



設計は妹島和世。
なんで彼女が担当したんだろうと思ったら、日立市出身という繋がりがあったようだ。
ガラスが多用された透明な建物だった。
空の色が映るからか、青く見える。
駅周辺は綺麗に整理され、非常にスッキリとしていた。
それゆえに駅の存在感が際立つ。
日立市は日立製作所が日立鉱山から発した場所だ。
駅前の周辺地図を見ると日立のグループ会社がたくさんあった。
ビルは大きく通りも広いのだが人は少なくガランとしていた。
建物の大きさと人通りの少なさのアンバランスさに違和感を覚えた。
だが少し考え、平日は働く人で人口密度が高いのだろうと気付いた。
お昼休みは広場のあちこちでお弁当を食べたり休憩したりする一線の営業マンや技術者、OLで賑やかなのに違いない。



そのカフェで遅い昼食を食べた。
大人気で入口の受付簿に名前を書いて、30分ほど待たねばならなかった。
野菜いっぱいのグリーンカレーを注文。
おー、うまいけど辛い。
私は辛いのはきらいでないが強くない。
ほんの少し辛いくらいのがいい。
鼻水すすりながらいただいた。
カフェもガラス張りなので足元から天井まで視界が広がり、高い位置にあるから空中に浮かんだ場所で食事しているかのようだ。
食後、空席を撮影させてもらった。
こんな感じで海を見下ろして食事できる。
アルコールもいけるらしいが、夜の眺めはどんななんだろう。



津波避難用の階段があったので、食後、海沿いの堤防まで降りてみた。
階段は新しかった。
震災の後に造られたのだろう。
駅は高台にあるが、海面と同じ高さの階段下は、震災の時無事だったのだろうか。
昔からあると思われる家があったので、壊滅は免れたのだろう。
その日天候は穏やかだったが、堤防に打ちつける波は心穏やかには眺れなかった。



日立駅のブルネル賞受賞理由と私の感想が合致するのが以下評価。

『(前略)駅舎と自由通路は、日立というまちを地域のより良い拠点とし、人々をひきつけるために建設され、人々が交流できる手段を増やし、まちの活気を維持している。
(中略)駅と自由通路は、まちの新しい要素となったが、審査員は、海を称える場所を生み出しただけではなく、原風景を残したものと考えている。
(中略)まちの拠点であるこの場所は、過去に見られた大規模で混沌とした空間ではなく、明るく、透明感があり、感じのよい空間であり、駅機能自体は支配的な要素ではなくなっている。(後略)』

「人々をひきつける」のは、じもピーだけでなく、他地域の人々までをも磁界に捉える。
海岸線に道路はできたが、海の眺めは昔からこの通りだったのだろう。
駅舎なのに、駅であることを主張していない造りになっているのが不思議だった。



さて、車で往復したのだがやはり遠かった。
常磐道を走って日立中央ICで流出。
その手前に、いわき市まで数十キロの標識が。
もうお隣は東北じゃない。
そりゃ遠いわ。
帰りは案の定、いくつも事故渋滞に巻き込まれた。
三郷に近づくと道路のそこここに発煙筒を焚いた跡(細長く崩れた白い灰)があった。
首都高にも。
危険なとこだ。
みんな気を付けて運転しようね。
予定の2時間遅れで自宅到着。
田舎の国道を隣県まで往復するのとはわけが違う事を実感した。