第6章 初めて拝観する『山鉾巡行』・・。
私達夫婦は、15日の宵々山めぐり、16日の宵山めぐりに於いて、
鉾町、その周辺を歩いたし、数多くの鉾を眺め、町屋のそれぞれの家の貴重な品
を拝見させて頂いた。
そして山鉾のひとつ『月鉾(つきほこ)』のご厚意により、
囃子(はなし)方が座られている二階のような囃子舞台に上がれ、
余りの高さに私は驚いたりした。
その上に厄病災難よけの『ちまき』まで頂ただいたりした。
そして、祇園祭の最高潮となる『山鉾巡行』を拝観する為、
旅行会社から指定された大通りの御池通の桟敷席に座り、
先頭の『長刀鉾(なぎがたほこ)』を待ちわびたのは、昼前の11時であった。
朝方のひととき小雨が降り、不安定な天候で少し心配したが、
歩道の樹木から蝉(セミ)の鳴き声が聴こえてきたので、私は安堵したのである。
山と鉾が繰り出して、巡行するのであるが、
この御池通の桟敷席に来る途中で、鉾を観た時、
私は木の大きな車輪もさることなから、囃子舞台の上の屋根の上に屋根方の人が座り、
そして屋根から空中にそびえるように建つ鉾の高さに驚いたのである。
鉾の中央部には、榊(サカキ)の枝葉、そして先端に近い大幡、もしくは吹散が風で揺れ、
最先端の鉾頭も大きく揺れている。
そして、木の大きな車輪はギィート音を発てて、少しばかり囃子舞台も揺れるのである。
古来より釘(クギ)を使わず、縄絡みと称される荒縄で木枠などを殆ど縛り、
固定させるのは弾力性ある技法とされている、
と教えられた時は、私はただ敬服させられたのである。
御池通の桟敷席に座り、団扇を扇ぎながら待っていた時、
かすかにコンチーチキンの音色が微風に中で聴こえ、
先人には羽織を召された長老格の人たち、
わずか後方に鉾を曳かれる若手の男性の40名前後の曳手が観えた・・。
そして木の大きな車輪の傍に車方の男性、曳子と車輪の操作の上に立つ音頭取のふたり、
囃子舞台に着席している囃子方の30名以上の方たち、
最前列には生稚児が時折乗り出すようにふるまいをされたりし、
そして屋根に座っている屋根方の4名・・
こうした配列で鉾が通り過ぎ後、ぼんやりと私が加入させて頂だけた場合、
どの役目ができるかしら、と思ったりした。
屋根方は高いので怖いし、車方は木の大きな車輪の傍で怖いし、
音頭取は二枚目を要求された上、指揮官の責務があり、当然のことながら論外となる。
そして囃子も不器用な私は無理だし、残りは先人の羽織を召した長老格、
或いは若手に混じって曳手しかない、と心の中で苦笑したのである。
このように幾重の『函谷鉾(かんこほこ)』、『四条傘鉾(しじょうかさほこ)』等を拝観したが、
ときおり最先端の鉾頭も大きく揺れ、鉾の先端に近い大幡、もしくは吹散が風でたなびき、
少しばかり囃子舞台も揺れ、木の大きな車輪はギィート音を発てていた・・。
もとより伝統の技法が受け継がれて安心であるが、迫力を感じたりした。
私は初めて京の『祇園祭』を拝見したが、
市民の少年少女より高齢者までのひとりひとりの熱意で千百年受け継がれ、
たえず創意工夫を重ねた結果が今日観せて下さった情景である、
と深く思いながら、歴然と稀(まれ)なことである。
こうしたことが伝統美のまぎれない証(あかし)となり、
私のような東京郊外に住む人さえ、魅了させてくれる源泉、
と感じたりした・・。
尚、今回の『祇園祭』に関しては、京都市の新聞の雄である『京都新聞』に於いて、
【動画ライブラリ】で詳細な情景が掲載されているので、
ご興味のある方は、ご覧下さい。
http://www.kyoto-np.co.jp/kp/movie/player.php?id=20090717gion-junkousijou-shinmachi
☆ 主な掲載内容 ☆ 提供元・『京都新聞』
祇園祭・山鉾巡行(新町通) (2009/07/17)
祇園祭・山鉾巡行(河原町通-御池通) (2009/07/17)
祇園祭・神幸祭 (2009/07/17)
祇園祭・山鉾巡行(四条通) (2009/07/17)
祇園祭・宵山 (2009/07/16)
祇園祭・宵宮神賑奉納 (2009/07/16)
祇園祭・ちまき一堂に (2009/07/16)
祇園祭・宵々々山 (2009/07/14)
《つづく》
私達夫婦は、15日の宵々山めぐり、16日の宵山めぐりに於いて、
鉾町、その周辺を歩いたし、数多くの鉾を眺め、町屋のそれぞれの家の貴重な品
を拝見させて頂いた。
そして山鉾のひとつ『月鉾(つきほこ)』のご厚意により、
囃子(はなし)方が座られている二階のような囃子舞台に上がれ、
余りの高さに私は驚いたりした。
その上に厄病災難よけの『ちまき』まで頂ただいたりした。
そして、祇園祭の最高潮となる『山鉾巡行』を拝観する為、
旅行会社から指定された大通りの御池通の桟敷席に座り、
先頭の『長刀鉾(なぎがたほこ)』を待ちわびたのは、昼前の11時であった。
朝方のひととき小雨が降り、不安定な天候で少し心配したが、
歩道の樹木から蝉(セミ)の鳴き声が聴こえてきたので、私は安堵したのである。
山と鉾が繰り出して、巡行するのであるが、
この御池通の桟敷席に来る途中で、鉾を観た時、
私は木の大きな車輪もさることなから、囃子舞台の上の屋根の上に屋根方の人が座り、
そして屋根から空中にそびえるように建つ鉾の高さに驚いたのである。
鉾の中央部には、榊(サカキ)の枝葉、そして先端に近い大幡、もしくは吹散が風で揺れ、
最先端の鉾頭も大きく揺れている。
そして、木の大きな車輪はギィート音を発てて、少しばかり囃子舞台も揺れるのである。
古来より釘(クギ)を使わず、縄絡みと称される荒縄で木枠などを殆ど縛り、
固定させるのは弾力性ある技法とされている、
と教えられた時は、私はただ敬服させられたのである。
御池通の桟敷席に座り、団扇を扇ぎながら待っていた時、
かすかにコンチーチキンの音色が微風に中で聴こえ、
先人には羽織を召された長老格の人たち、
わずか後方に鉾を曳かれる若手の男性の40名前後の曳手が観えた・・。
そして木の大きな車輪の傍に車方の男性、曳子と車輪の操作の上に立つ音頭取のふたり、
囃子舞台に着席している囃子方の30名以上の方たち、
最前列には生稚児が時折乗り出すようにふるまいをされたりし、
そして屋根に座っている屋根方の4名・・
こうした配列で鉾が通り過ぎ後、ぼんやりと私が加入させて頂だけた場合、
どの役目ができるかしら、と思ったりした。
屋根方は高いので怖いし、車方は木の大きな車輪の傍で怖いし、
音頭取は二枚目を要求された上、指揮官の責務があり、当然のことながら論外となる。
そして囃子も不器用な私は無理だし、残りは先人の羽織を召した長老格、
或いは若手に混じって曳手しかない、と心の中で苦笑したのである。
このように幾重の『函谷鉾(かんこほこ)』、『四条傘鉾(しじょうかさほこ)』等を拝観したが、
ときおり最先端の鉾頭も大きく揺れ、鉾の先端に近い大幡、もしくは吹散が風でたなびき、
少しばかり囃子舞台も揺れ、木の大きな車輪はギィート音を発てていた・・。
もとより伝統の技法が受け継がれて安心であるが、迫力を感じたりした。
私は初めて京の『祇園祭』を拝見したが、
市民の少年少女より高齢者までのひとりひとりの熱意で千百年受け継がれ、
たえず創意工夫を重ねた結果が今日観せて下さった情景である、
と深く思いながら、歴然と稀(まれ)なことである。
こうしたことが伝統美のまぎれない証(あかし)となり、
私のような東京郊外に住む人さえ、魅了させてくれる源泉、
と感じたりした・・。
尚、今回の『祇園祭』に関しては、京都市の新聞の雄である『京都新聞』に於いて、
【動画ライブラリ】で詳細な情景が掲載されているので、
ご興味のある方は、ご覧下さい。
http://www.kyoto-np.co.jp/kp/movie/player.php?id=20090717gion-junkousijou-shinmachi
☆ 主な掲載内容 ☆ 提供元・『京都新聞』
祇園祭・山鉾巡行(新町通) (2009/07/17)
祇園祭・山鉾巡行(河原町通-御池通) (2009/07/17)
祇園祭・神幸祭 (2009/07/17)
祇園祭・山鉾巡行(四条通) (2009/07/17)
祇園祭・宵山 (2009/07/16)
祇園祭・宵宮神賑奉納 (2009/07/16)
祇園祭・ちまき一堂に (2009/07/16)
祇園祭・宵々々山 (2009/07/14)
《つづく》
