夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
真摯に、ときには楽しく投稿

私が62歳の当時、ある投稿文で80歳の男性から、コメントを頂き、やがて心の宝物となり・・。

2015-11-10 11:42:41 | ささやかな古稀からの思い
過ぎし年の2006年(平成18年)の秋の当時、私はブログの熱愛期であった。
ブログの世界を知って、丸2年を迎えて、
ブログ形式に準じた【簡単gooホームページ】で、毎日投稿したりしていた。

確か会員数は10万人ぐらいで、年金生活の中で、その日に感じたことを真摯に綴り、
コメントも盛んにしていた時期であった。

或いは会員数が80万人ぐらいだったと記憶しているが、【gooブログ】に於いては、
少し気楽に団塊世代、そして幼い知識で社会、政治・経済の諸問題を綴ったりしていた。

このように二刀流のような差異のある投稿文を重ねたりしていた。
          

こうした時、【簡単gooホームページ】に於いて、
《 『歳』と『才』の混同の風潮に、私は憂いながら、やがて苦笑して・・。》
と題して、私は投稿をした・・。

《・・私は東京の調布市に住む年金生活の62歳の身であるが、
ここ40年近く、気になっているひとつがある。

日常生活で何気なく使っている年齢を表示する時、
あなたは何歳ですか、問われた場合に記載の時、『XX才』と書く人を見かける。

過日、家内がコーヒーを飲みながら、何かのテレビ番組を視聴していた時、
私も何気なく見ていたが、ある40代の著名な女優が出演され、
若き頃は才嬢のひとりとして有名であったが、
色紙のような用紙に、『XX才を迎え・・』と書かれていて、私は苦笑させられたりした。

もとより『才』は、才能といったように意味合いがあるので、
年齢を記載する時は誤りである。

私は農家の三男坊と生を受け、父の妹が未婚の当時、私が小学3年生だった頃、
漢字を覚え始めた時、漢字の一文字はそれぞれ意味合いがあるのょ、と叱咤激励を受けたりした。
これ以来、小・中学生は劣等生ながら、漢字の意味合いを理解しょうと、私なりに努めてきた。

ここ30数年の私は、市役所の指定用紙、或いは雑誌などてエッセイを綴られる方の一部の方で、
こうした誤りを見かけたりした時、
義務教育の中学校を卒業したのかしら、と私は思ってしまう時もある。

さりげない漢字一文字でも、日本語の乱れは老若男女を問わず、
貧富の差とか社会の地位とかは関係なく、そのお方の人格を表わす、と確信している。

このようなことを明記する私は、才能のない拙(つたな)い身であるので、
必要以上に気にしているのかしら、と苦笑する時もある。・・》
          

こうした投稿文を送信して、翌日に80歳の新潟市にお住まいの男性から、
コメントを頂いた。

貴兄のご指摘、まぎれなく正鵠で、私も見かけるたびに憂いている次第です・・
このような意味合いのコメントを頂いた。

そしてこの80歳の男性は、ブログを開設していない人であっても、
季節がめぐる3か月に一度ぐらいコメントを頂戴し、私は老年期の心境などを多々教示を受けたりした。

やがて、この【簡単gooホームページ】は、2007年(平成19年)9月末で閉鎖となり、
これまでの投稿文だけが、移動できるブログ形式に準じた【OCN Cafe】を知り、
やむなく加入したりした。

そして【簡単gooホームページ】時代のコメントは、あえなく消えてしまい、
やがて私は、【gooブログ】に集約化し、この御方と途絶えてしまった・・。

このように私にとっては、この御方は心の秘めたる宝物となって、ときおり思い馳せる時もある。

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コメント (2)
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