先程、ときおり愛読しているネットの【ディリー新潮(DAILY SHINCHO)】を見ている中で、
『「やすらぎの郷」最終章 “故・大原麗子”のサプライズ 』と見出しを見たりした。
私は東京の調布市に住む年金生活のまもなく73歳の身であるが、
家内は今年の4月よりテレビ東京で放送されている『やすらぎの郷』を殆ど視聴しているが、
私も時折視たりしてきた。
私は創作者の倉本聰さんには敬意を重ねているが、連続ドラマは苦手であり、
私は午前中は買物、散策しているので、昼の12時半からの放送時間には、
少し慌ただしい時間が多く、何かしら束縛されるので、
番組が完了した後、シナリオを購読すればよい、と思ったりしてきた・・。
このような心情を秘めてきた私は、少し気になり記事を精読してしまった。
この記事は、『週刊新潮』2017年9月28日号に掲載された記事のひとつであり、
関連の【ディリー新潮】に9月19日に配信され、無断であるが転載させて頂く。
《・・「やすらぎの郷」最終章 “故・大原麗子”のサプライズ
4月にスタートした昼のシニアドラマ「やすらぎの郷」(テレ朝系)もいよいよ終盤である。
放送開始前から、石坂浩二(76歳)と元妻・浅丘ルリ子(77歳)、
元カノ・加賀まりこ(73歳)の共演が話題を呼んでいたものの、
いざフタを開ければ、当人たちへの当て書きとしか思えぬ台詞や、
脚本の倉本聰(82歳)の本音(テレビの現状批判など)がちりばめられた際どい内容。
6月には野際陽子(享年81歳・今も出演中)が、本当に亡くなってしまったり、
浅丘の元カレ(松井誠)も出演したりと、現実と創作の入り交じったサプライズ満載のドラマである。
そろそろ大団円に向かって落ち着くかと思えば、まだ弾は残っていた――。
「テレビ界に貢献した人だけが、無料で入居出来る“やすらぎの郷”のオーナーが、
なぜこの老人ホームを作ったのかが明かされます。
それが2人の女優のためだというのです。
その内の1人が憧れの大女優・九条摂子(八千草薫=86歳)というのは、
劇中からも想像出来るのですが、
もう1人の女優というのが、第2話の会話の中で名前が出た大道洋子というかつての人気女優です」(関係者)
それが仕事を干され、アパートで1人死んでいたのをきっかけに、
芸能人の末路を考え始めたというのだ。
そのモデルとは?
「大原麗子さんですよ。
倉本さんは1979年に放送された『たとえば、愛』というTBSのドラマで
彼女を主役(九条冬子役)に起用し、作品も彼女のことも非常に気に入っていた。
それだけに、彼女の孤独死には心を痛めていました」(倉本氏に近しい関係者)
事実、脚本にはこうある。
「市川崑さんの撮った有名なウィスキーのCMがあったよなァ」
「うン」
「あン時の洋子はたまんなかった」
※CMの声「すこし愛してながーく愛して」――。
声がどう使用されるかは不明だが、
倉本氏は大原のために、「やすらぎの郷」を書いたのかも知れない。・・》
注)記事の原文に、あえて改行を多くした。
たまたま最近、『やすらぎの郷』を視聴していた時、
《・・テレビ界に貢献した人だけが、無料で入居出来る“やすらぎの郷”のオーナーが、
なぜこの老人ホームを作ったのかが明かされます。
それが2人の女優のためだというのです。
その内の1人が憧れの大女優・九条摂子(八千草薫=86歳)というのは、
劇中からも想像出来るのですが、
もう1人の女優というのが、・・かつての人気女優です・・
それが仕事を干され、アパートで1人死んでいたのをきっかけに、
芸能人の末路を考え始めたというのだ。・・》
私はここで、大原麗子さんだ、と心の中で呟(つぶや)いたりした・・。
今回、この記事を読み、モデルは大原麗子さん、と記載されていたので、
私も瞬時に同意を深めたりした・・。
私が倉本聰さんの作品に初めて触れたのは、1975(昭和50)年1月過ぎであった。
映画の脚本家・橋本忍(はしもと・しのぶ)さんの『砂の器』のシナリオが読みたくて、
本屋で雑誌の『シナリオ』(シナリオ作家協会)の1月号を買い求めた。
その中に、東芝日曜劇場の『りんりんと』のシナリオが掲載されていた。
なんてシリアスなドラマを書く人、と倉本聰さんの作品に初めて知り、印象が残った。
やがて10数年後に私にとっては、倉本聰さんの舞台以外、
映画・テレビの数多くシナリオ、随筆などを殆どすべて購読して、
作品はもとより、生活信条、創作の考え方、環境問題等で、書物上から多々ご教示を頂き、
信愛するひとりとなり、今日に至っている。
つたない私の感性でも、倉本聰さんの数多くの随筆などを読めば、
《・・もう1人の女優というのが、・・かつての人気女優です・・
それが仕事を干され、アパートで1人死んでいたのをきっかけに・・》
倉本聰さんは、余りにも痛ましく亡くなわれた大原麗子さんに哀悼と愛惜を重ねながら、
『やすらぎの郷』を創案された理由のひとつ、と私は感じ深めたりしている。
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