先程、ときおり愛読しているネットの【デイリー新潮】を見たりしていた中で、
【 ラッキー7、七味唐辛子、世界の7不思議、虹の色、週7日
人はなぜ「7」が好きなのか 】と題された記事を見た。
私は東京の調布市の片隅みに住む年金生活のまもなく73歳の身であるが、
「人は・・なぜ「7」が好きなのか 」と問われても、何かと無知なことが多く、
一週間は月曜日から日曜日まで、と小学生以来より漠然と思いながら、過ごしてきた。
そして民間会社に35年近く勤めて、2004年(平成16年)の秋に定年退職となり、
サラリーマンを卒業した私は、働くことを断念して、年金生活の今でも明確に答えられない・・。
こうした心情を秘めた私は、今からでも遅くないょ、と学ぼうとして、
記事を精読してしまった・・。
この記事は、デイリー新潮の編集部が綴られたの記事のひとつであり、
ネットの【デイリー新潮】に、2017年8月30日配信され、無断であるが記事の大半を転載させて頂く。
《ラッキー7、七味唐辛子、世界の7不思議、虹の色、週7日・・ 人はなぜ「7」が好きなのか
(略)・・1週間7日間という暦は、古代バビロニアで誕生し、
紀元前1世紀頃のギリシャ・エジプトで完成したと考えられており、
私たち平成の世に生きる人間が騒いだところで、どうにかなるような問題でもないようだ。
実は、フランスではフランス革命後、1カ月を10日ずつに3分割する「デカード」という暦を採用したり、
ソビエト連邦では、5日からなる週を採用したりと、
かつて世界では1週間=7日ではない暦を使用したケースもある。
しかしいずれも不評だったため、長続きせず廃止されている。
では、なぜ7日なのか。
経済学者の野口悠紀雄氏は著書『世界は数字でできている―数の「超」活用法―』の中で、
実は7という数字は、マジカルナンバーなのだと述べ、その理由は人間の記憶力にあると解いている。
(以下同書より抜粋、引用)
人間の短期記憶の容量が7±2(人によって差がある)であるとする論文を1956年に発表した。
「7以上になると、区別がつきにくくなる」とは、日常経験でも明らかだ。
虹の色は7色であり、1オクターブには7個の音があると把握している。
「世界の7不思議」や「7つの大罪」も7だ。
軍や企業などの多くの組織は、7名や7部署をひとくくりにしたピラミッド構造を作る。
新約聖書の「ヨハネ黙示録」は、7のオンパレードだ。
日本では、七福神、七草、七味唐辛子など。
「7あたりが限度」という法則は、日常生活に応用することもできる。
例えば、引き出しは7個くらいまでにしたほうがよい。
それ以上になると、どこに何を入れたかがわからなくなる。
逆手に取ることも可能だ。
例えば、面接試験で「愛読書は何か?」と聞かれたら、7点以上挙げて目くらましを狙う。
面接官は幻惑されて、「何という読書家だろう!」と評価してくれるかもしれない。
***
1週間は長いなあ……と思っているあなたも、マジカルナンバー「7」を受け入れ、
逆に巧みに使うことによりスマートに生き抜こう!(略)・・》
注)記事の原文に、あえて改行を多くした。
そして七人の侍として、志村喬さんが島田勘兵衛に扮し、三船敏郎さんが菊千代、木村功さんが岡本勝四郎、
稲葉義男さんが片山五郎兵衛、加東大介さんが七郎次、千秋実さんが林田平八、宮口精二さんが久蔵、
このように配役されていたが、それぞれ性格、しぐさ、言動に、絶妙な七人の侍の躍動に、
海外の映画関係者にも影響を与えたりした。
何かと単細胞の私は、七つの話題に関して、このようなことを思い重ねた、微笑んだりした。
この後、私は、虹に関して、思い馳せたりした・・。
私は今住んでいる地域に、結婚前後の5年を除き、68年近く住み、
戦後から今日まで急速に変貌してきたことに、何かと心を寄せたりして愛惜感もある。
私は今住んでいる近くに生家があり、1944年〈昭和19年〉の秋に農家の三男坊として生を受け、
やがて兄2人、そして妹二人の間(あいだ)で、サンドイッチのように育ったが、
何故かしらいじけた可愛げのない屈折した幼年期を過ごした。
私が地元の小学校に入学した1951年(昭和26年)の春の当時は、
祖父と父が中心となり、小作人だった人たちの手を借りながら、程々に広い田畑を耕したりしていた。
そして母屋の宅地の外れには土蔵、納屋小屋にあったりし、周辺には竹林、雑木林に囲まれた農家であった。
こうした中、この当時の周辺の情景は、京王腺の駅付近には商店街があるだけで、
周辺は田畑、竹林、雑木林など拡がり、緑豊かな村里の情景であった。
このような状況で、私が小学生の前半までは、父、祖父が病死されるまで、農家の児として育てられた。
私は地元の小学校に入学した頃は、独りで下校する時が多かったりした。
こうした時、通学路から外れて、田圃の畦道を歩いたりし、
ある日、小雨に降られた後、空の左面を彩(いろど)った七色の虹が視えて、
この世でこんなに綺麗なことがあるの・・と長らく見惚(みと)れたりした。
そして、この時に視た七色の虹は、
この後に旅先でも、幾たびも圧倒的な美麗な虹にめぐり逢えたが、
この小学生に視た情景は、今でも心の片隅に残っている。
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