私の現役時代の夏季休暇の旅行は、
1996年(平成8年)の8月初旬に3泊4日で作並温泉を滞在した。
この当時、私たち夫婦は、何かとJR東日本のビューの旅行パンフレットを見たりして、
幾たびか旅路を休日とか代休を活用して、重ねていた私たちの時代であった。
こうした中、仙台市の郊外にある作並温泉は未知であったので、
夏季休暇を利用して、周辺の観光めぐりをしょうとした。
この当時も、私は現役のサラリーマンで数多くの人と同様に、多忙な時期であった・・。
春先に大幅な人事異動であり、私も異動し、ある部署に落ち着いたと感じた夏季休暇に、
家内と宮城県の作並温泉にある当時は観光ホテル『一の坊』に3泊4日で滞在した。
上野駅から新幹線に乗り、たった2時間ばかりで仙台駅に到着したのは、
私はかっての国鉄時代の『L特急』大好きだったが、新幹線の威力に改めて驚かされた。
そして在来線の仙山線に乗り継ぎ、仙台市の郊外の情景を眺めたりし、
『愛子』と名づけられた駅、街を思わず微笑んだりした後、1時間弱で、作並駅に到着した。
駅前から宿泊先の観光ホテルの迎えのマイクロバスが待機して下さり、
私たち夫婦は乗り込み、樹木の多い林の中を通り抜けると、
宿泊先の看板、そして建物が観えた。
http://www.ichinobo.com/sakunami/
☆ 作並温泉『ゆづくしSalon一の坊』 ホーム・ページ ☆
広瀬川に沿ったゆるやかな傾斜に館内の露天風呂の数々があり、
私たち夫婦は、それぞれの風呂を享受した。
そして川べりに近いところからは、広瀬川の清流に小魚が遊泳する情景も見られ、
水は清き、という言葉がぴったりだ、と私は家内に話しかけたりした。
この後、ホテルから数キロにあるラベンダーの丘陵に行ってみよう、
とロビーの外れで私たち夫婦は話し合っていると、
ホテルのご好意でワンボックス・カーで送迎して下さり、私たち夫婦はラベンダー園に行ったりした。
このラベンダー園は、ゆるやかな丘陵に数多くの品種のラベンダーを育てられ、
私達は歩き廻り観賞させて頂いた。
そして休憩所を兼ねた軽食処は、広いテラス風で木のテーブル、椅子が、
ゆったりと配置され、もとよりラベンダー畑もまじかに見えたりした。
こうした中で、家内はラベンダー入りの紅茶を飲んだり、
ラベンダー入りのアイス・クリームを食べたりしたが、
私たち夫婦はラベンダーの香りは強すぎて、苦手となり苦笑したりしていた。
そして私は、ビールを呑みながら、煙草を喫ったりし、
前方のラベンダーの丘を眺めれば、何かしら開放感があり、情景に好感を増したりした。
この後は、ホテルの周辺を散策をしたりし、のんびりと過ごしていた。
翌日、本来であったならば、館内に宿泊している方達は、仙台の七夕を観に行かれる方が多かったが、
私は平素は会社で多忙だった時代で、せっかくの休暇に、
わざわざ人の多過ぎるところは、なるべく避けていたので、論外であった。
或いは近くにある『ニッカ・ウィスキー』の仙台工場の敷地を歩いたり、
試飲させて頂いた後、私なりのお好みの品を購入する予定であったが、
仙台工場はお休みのようです、と仲居さんから教えられ、やむなく私たち夫婦は断念した。
こうした中、仙台市の駅前より、観光バスの定期周遊の半日コースで、
松島めぐりのコースがあり、私達は仙山線に乗り、駅前より私達は参加した。
そして松島で遊覧船に乗ったりし、海上の美景を楽しんだりした。
翌日のひととき、ホテルのロビーの一角に、
3メートル前後の竹に5色の短冊が飾り付けられていたことに気付いた。
私は昼の風呂上り、浴衣姿でロビーの一角を歩いていた時、
この短冊を何気なしに読んだのである・・。
数多くの短冊を読んだが、ひとつの短冊に心を惹(ひ)かれた・・。
《 らいねんも このホテルに
かぞく ぜんいんで こられますように 》
と小学生の上級生の女の子らしい綴りで書かれていた。
私は作並温泉に訪れる途中で、
仙台市内の華麗で豪壮な七夕(たなばた)を少し観えたが、
この女の子のひとつの短冊に籠(こ)められた願いが、心に沁みた・・。
そして私は華美な仙台の七夕もそれなりに良いが、遥かにこの短冊のひとつに魅了され、
この人生の微笑みを頂き、心を寄せたりした。
このようにささやかな想いでがあり、私はこうした情愛が限りなく愛(いと)おしく、
華美な飾りより、たったひとつの願いを託した尊ぶ心に、圧倒的に魅了されたりした。
そして旅の終わりは、
仙台駅から程近い伊達政宗の廟所(びょうしょ)である『瑞鳳殿』を2時間半ばかりで、
観賞して、帰京した。
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