蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

君は誰?

2013年10月06日 | 季節の便り・虫篇

 「参加者が少ないんです。お願い、来てくれませんか」

 楽しんできた九州国立博物館環境ボランティア6年目、最後の年も残すところ半年となった。第2期の3年を終えて後も続けてきた1年毎の登録ボランティアも、決まりにより3年目で終わりとなる。いろいろ紆余曲折あって登録後は黒子に徹し、週一回の温湿度計記録紙交換と隔週の生物インジケーター交換というルーティンワーク以外は、一切タッチしないで来た。
 たまたま第3期ボランティア研修の一環として、昆虫同定セミナーが開催されるに際し、博物館科学課の女性職員のTさんから拝まれた。5年前に受けたセミナーだったが、好きな昆虫のこと、依頼を受けて半日の研修に出ることにした。
 先月、第3期の皆さんが館周辺で昆虫採集をして、蝶類は展翅板にテープとピンでとめて形を整え、甲虫類などは虫ピンで固定してあるものを、図鑑を見ながら名前を特定していく作業である。 
 思えば昆虫少年の頃、まだ既成の道具類は殆ど市販されていないか、売られていても中学生のお小遣いでは手が出ない高価なものだった。捕虫網も、捕えた蝶を入れる三角紙も三角ケースも、樹液の幹から落下して逃げる習性のカブトムシやクワガタを受ける半円形の網も、展翅板も、標本箱も、全て手作りだった。ピンセットさえも竹を割って、工夫しながら自分で作っていた。そんなことを思い出しながら、九環協の二人の専門家の指導のもとに同定作業に入った。

 先日、60年振りの再会に感動したばかりのイシガケチョウが3頭も捕獲されていたのに、先ずショック!今年は発生が多いという。多分博物館を囲む木立の中に、食餌のイヌビワがあるのだろう。独り占めの感動が少し薄れたのが残念だった。
 同席した元・博物館科学課の虫に詳しいYさんが「私はイシガケチョウを、おぼろ昆布と言ってます」と笑う。言い得て妙、あの微妙な翅の模様は、まさしくおぼろ昆布である。
 60年虫たちと付き合ってきたのに、教えられた同定の手順は新鮮な発見続きだった。バッタとイナゴを見分けるポイントは喉の小さな突起であること、トンボの区分はまず正面から顔を見て単眼と複眼の並び具合を比較、翅の縁の膨らみ、前翅と後翅の長さ、尾部の突起、胸の斜線の色と太さを観察すること、甲虫の肩の膨らみと腹端の伸び具合に注目等々、驚き、ときめきながら、2時間で9種類の同定を為し終えた。
 ナガサキアゲハ、(♀)、イシガケチョウ、キチョウ、クロヒカゲ、コロコノマチョウ、アブラゼミ……ここまでは得意分野でスイスイと決まった。しかし、トンボで行き詰って、本職の指導を受けたのが何より楽しい発見の時間となった。
 ウスバキトンボ、少し小型のマイコアカネ……いつも見ていながら似たものが多く、何となくアカネトンボと大雑把にとらえていたものが、くっきりと戸籍を明らかにしていく。これは虫キチにとって嬉しい瞬間である。
 とどめは、コメツキムシの一種サビキコリの同定が出来たことだった。「錆木樵」と書く。文字通り錆色のコメツキムシの一種で、ザラザラした体表と、前胸背板には1対の小突起をもっている。肩が張り、腹端がコメツキムシよりやや鋭い。
 「正解です!」と言われて、ハッと思い出したことがある。あの頃の私の標本箱に、確かにサビキコリがいた!中学生の知識で、どうやって同定したのだろう?父に無理を言って買ってもらった、昆虫図鑑と蝶類図鑑の2冊だけで虫を特定していた。あの頃の感性を懐かしく思い出しながら、2時間はあっという間に過ぎた。
 同定を終えた昆虫を標本箱に並べ、ほのぼのとした気持ちで小雨の中を家路についた。

 庭の木に育っていたクロメンガタスズメの姿が消えていた。終齢を過ぎて枝から落ち、10センチほどの地中で蛹への道を辿ったのだろう。
 虫たちはそろそろ冬越しへの準備に取り掛かっているというのに、時折戻って来る残暑に、我が家ではまだ夏物衣類の片付けに取り掛かれないでいる。
 行きつ戻りつ……定まらない季節の狭間である。
              (2013年10月:写真:クロメンガタスズメの幼虫)