蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

濃厚接触

2020年02月26日 | つれづれに

 今年の流行語大賞の筆頭に躍り出るであろう言葉である。初めて耳にした時には、ちょっと隠微な響きさえあった。
 コロナウィルス性肺炎の拡大が止まらない。無能な政府が対応を国民に丸投げし、首相以下責任回避と保身に汲々として、その醜さは目を覆うばかりである。面白いニュースを見た。国会議員は、先輩の目を気にして議事堂でマスクをしていないという。真っ先に、ここで集団感染が始まればいい……そう言いたくなるほど、ニュルニュルと蚯蚓のように言い逃れする国の対応は無様である。しかし、国民にとっては、無様では済まないのだ。
 国会は、官僚が書いた文書を読み上げるだけの「朗読劇」という名の「茶番劇」である。
 過剰反応し過ぎているのではないかと思う反面、実は世界的パンデミックの前兆で、日本列島はやがて隔離列島として孤立することになるかもしれないという不気味な予感もある。オリンピック開催中止という事態だって十分あり得る。「治療薬がない」という恐ろしさが、すべてを混乱させているのだろう。

 実は、来月半ばに上京して、カミさんお楽しみの明治座と歌舞伎座で芝居を観る予定がある。観劇チケットは既に入手済みである。それも、音羽屋後援会に入っている友人が取ってくれた、前から6列目のプラチナシートである。コロナ如きに挫けるわけにはいかないのだ。ただ、その航空券を手配するのに、実まだ右顧左眄している。こんな時期に「高齢者」が劇場に出かけ、クルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号が停泊する横浜で泊まる。大胆にして無謀?
 「マスクと手洗いで防備するから、大丈夫だよ!」と、カミさんは度胸が据わっている。女は強い!

 閑話休題。

 確定申告に出掛けた。所要時間1分で提出を終え、昨年の医療費84万の見返りとして、15万6千円ほどの還付金を受けることになった。「高齢者」を改めて実感する。郵送やネット申告をしきりに勧められるが、リタイア以来20年間、手書きの申告書を自ら届けに行くのが慣例になっている。慎ましい年金から払う税金である。せめてそれくらいの筋道は踏みたいという、年金生活者としての意地であり、矜持である。

 さて、夜空に、気になるニュースがあった。冬の中天を飾る「オリオン座」のベテルギウスの光が、昨年秋から暗くなっているという。一千万年ほどの寿命のうち既におよそ9割を過ぎ、寿命が尽きて超新星爆発を起こすのではないかと、ネットを騒がせているらしい。爆発すれば、月ほどの明るさで輝いた後、見えなくなるとか。専門家は「それは、明日かもしれないし、数万年後かもしれない」と。(2月21日:西日本新聞「春秋」)

 オリオンは、ギリシャの海の神・ポセイドンの子。オリオンは、海の上でも陸の上でも、同じように歩くことが出来た。海の底を歩いていても、頭が海から出るほど背が高かった。力が強く、太い棍棒を持って、陸の上を歩き、やがてギリシャ一番の猟師になった。
 しかし、次第に自分の力に慢心し、女神ヘーラの怒りを買う。ヘーラが放ったサソリの毒にやられ、オリオンは死んだ。やがて猟師オリオンもサソリも空に挙げられたが、サソリが東の空に上がり始めると、サソリが苦手なオリオンは、逃れるように西の空に隠れてしまう。
 こうして、「オリオン座」は冬の中天を飾り、「サソリ座」は夏の夜空を這うことになって、二つの星座が同じ空を飾ることはなくなった。

「オリオン座」の三ツ星と大星雲を囲む鼓のような4つの星、その中で赤く輝くのがベテルギウス……猟師オリオンが棍棒を振り上げる右肩に当たる。「おおいぬ座」のシリウス、「こいぬ座」のプロキオン、サソリ座」のベテルギウスを結ぶ「冬の大三角」……それは、「オリオン座」とともに、寒夜の庭に立つ私の何よりの慰めだった。

 悠久の太宇宙で繰り広げられる壮大なドラマに比べ、夕立にあったアリンコのように右往左往するこの1ヶ月の人の営みなんて、「小せぇ小せぇ!」
 新型コロナウィルス性肺炎の重症化が心配される「高齢者」は、もう十分に生きて意外に怖いものがない世代でもある。多分、マスクと殺菌消毒ティッシュを懐に呑んで、颯爽と(?)東京に出撃することだろう。
                     (2020年2月:写真:オリオン座と冬の大三角―ネットより借用)