幼稚園ぐらいの頃だったと思う。
近所に 望月さん というおばあさんが住んでいた。
望月さんは、背中が曲がった小さなおばあさんで、いつも着物を着て、
相当古い2階建ての日本家屋に一人で暮らしていた。
黒い縁の眼鏡をかけ、すっかり白くなった髪をひっつめてお団子にしていた。
私の祖父母よりもずっと年上だっただろうと思う。
近所の子供達で誘い合わせて、時々望月さんの家に遊びに行った。
家の中は、「望月さんの匂い」で一杯だった。
古い箪笥の引き出しの匂いや、塗り壁の匂い、飴色になった廊下の床の匂いが全部混ざって、
そのすべてが望月さんそのものだった。
ギシギシと鳴る急な階段を上がって2階に行くと、
天井が低い和室があって、そこに衣装箱や箪笥、柳の行李がある。
望月さんは私たち子供をそこに集めて、その中からいろんなものを出して見せてくれるのだった。
色も鮮やかな刺繍の施された反物や、
色が変わってしまったハガキのようなもの、難しい字で書かれた巻物が、手品のように出てくるのを、
私たちは目を丸くしてみていた。
望月さんは丁寧にそのものについて語ってくれるのだが、5,6歳の子供のことで、それが何を意味するかわからないし、
説明してくれたことも一切覚えていない。
ただ、望月さんがそれらをとても大切にしていること、それを誰かに伝えたいことはわかった。
小学校に行くようになると、子供達もてんでに忙しくなって、
だんだん望月さんのことは忘れていった。
気がつくと、望月さんの家は取り壊されていた。
亡くなったのか、引っ越したのかもわからない。
ただ、或る時、古いお宅の物置の戸をあけたときに、不意に望月さんのことを思い出して、
記憶を頼りに望月さんの家のあった場所に行ってみたら、そこには何もなかった。
雑草が一面に茂った空き地を眺めながら、
あのことはみんな夢だったようにも思えてくるのだった。
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近所に 望月さん というおばあさんが住んでいた。
望月さんは、背中が曲がった小さなおばあさんで、いつも着物を着て、
相当古い2階建ての日本家屋に一人で暮らしていた。
黒い縁の眼鏡をかけ、すっかり白くなった髪をひっつめてお団子にしていた。
私の祖父母よりもずっと年上だっただろうと思う。
近所の子供達で誘い合わせて、時々望月さんの家に遊びに行った。
家の中は、「望月さんの匂い」で一杯だった。
古い箪笥の引き出しの匂いや、塗り壁の匂い、飴色になった廊下の床の匂いが全部混ざって、
そのすべてが望月さんそのものだった。
ギシギシと鳴る急な階段を上がって2階に行くと、
天井が低い和室があって、そこに衣装箱や箪笥、柳の行李がある。
望月さんは私たち子供をそこに集めて、その中からいろんなものを出して見せてくれるのだった。
色も鮮やかな刺繍の施された反物や、
色が変わってしまったハガキのようなもの、難しい字で書かれた巻物が、手品のように出てくるのを、
私たちは目を丸くしてみていた。
望月さんは丁寧にそのものについて語ってくれるのだが、5,6歳の子供のことで、それが何を意味するかわからないし、
説明してくれたことも一切覚えていない。
ただ、望月さんがそれらをとても大切にしていること、それを誰かに伝えたいことはわかった。
小学校に行くようになると、子供達もてんでに忙しくなって、
だんだん望月さんのことは忘れていった。
気がつくと、望月さんの家は取り壊されていた。
亡くなったのか、引っ越したのかもわからない。
ただ、或る時、古いお宅の物置の戸をあけたときに、不意に望月さんのことを思い出して、
記憶を頼りに望月さんの家のあった場所に行ってみたら、そこには何もなかった。
雑草が一面に茂った空き地を眺めながら、
あのことはみんな夢だったようにも思えてくるのだった。
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