屋根裏にある、冬物が入っている箱をあけたら、かすかに樟脳のような匂いがした。ような、というのは、服を保管するのに樟脳を使った覚えはないからだ。
その匂いを嗅いだ瞬間、頭の中の映写機に突然、ある古い記憶が映し出された。
いつか記事にしたことがあったような気もする。
と思ったら、ずいぶん前に書いていたので、それを引用しつつ、書き足してみようと思う。
近所に 望月さん というおばあさんが住んでいた。
私は幼稚園にもあがっていないような年頃ではなかったかと思う。
幼馴染や姉と、時々望月さんの家に行った。どういう経緯で行くことになるのかは覚えていないが(いつか姉に聞いてみようと思う)、私たちが行くときには、他の子供も数人混じっていた。
望月さんは、背中が曲がった小さなおばあさんで、いつも着物を着て、相当古い2階建ての日本家屋に一人で暮らしていた。
黒い縁の小さな眼鏡をかけ、すっかり白くなった髪をひっつめてお団子にしていた。つまり、「ぽたぽた焼き」のイラストにあるような、日本昔ばなしに出てくるようなおばあさんだ。
私の祖父母よりもずっと年上だっただろうと思う。
一歩家に入ると、「望月さんの匂い」で一杯だった。
古い箪笥の引き出しの匂いや、塗り壁の匂い、飴色になった廊下の床の匂いが全部混ざって、そのすべてが望月さんそのものだった。
ギシギシと鳴る急な階段を上がって2階に行くと、
天井が低い和室があって、そこに衣装箱や箪笥、柳の行李がある。
望月さんは私たち子供をそこに集めて、その中からいろんなものを出して見せてくれるのだった。
色も鮮やかな刺繍の施された反物や、色が変わってしまったハガキのようなもの、難しい字で書かれた巻物が、手品のように出てくるのを、私たちは目を丸くしてみていた。
望月さんは丁寧にそのものについて語ってくれるのだが、子供のことで、それが何を意味するかわからないし、説明してくれたことも一切覚えていない。
ただ、望月さんがそれらをとても大切にしていること、それを誰かに伝えたいことはわかるのだった。
望月さんは、背中が曲がった小さなおばあさんで、いつも着物を着て、相当古い2階建ての日本家屋に一人で暮らしていた。
黒い縁の小さな眼鏡をかけ、すっかり白くなった髪をひっつめてお団子にしていた。つまり、「ぽたぽた焼き」のイラストにあるような、日本昔ばなしに出てくるようなおばあさんだ。
私の祖父母よりもずっと年上だっただろうと思う。
一歩家に入ると、「望月さんの匂い」で一杯だった。
古い箪笥の引き出しの匂いや、塗り壁の匂い、飴色になった廊下の床の匂いが全部混ざって、そのすべてが望月さんそのものだった。
ギシギシと鳴る急な階段を上がって2階に行くと、
天井が低い和室があって、そこに衣装箱や箪笥、柳の行李がある。
望月さんは私たち子供をそこに集めて、その中からいろんなものを出して見せてくれるのだった。
色も鮮やかな刺繍の施された反物や、色が変わってしまったハガキのようなもの、難しい字で書かれた巻物が、手品のように出てくるのを、私たちは目を丸くしてみていた。
望月さんは丁寧にそのものについて語ってくれるのだが、子供のことで、それが何を意味するかわからないし、説明してくれたことも一切覚えていない。
ただ、望月さんがそれらをとても大切にしていること、それを誰かに伝えたいことはわかるのだった。
母たちの話では、望月さんはどこぞの「おひいさま」であったらしい。
私にはその意味はよくわからなかったが、あんなにきれいなものや古いものがたくさんあるのだから、裕福な暮らしをしていたのだろうと思った。
その「おひいさま」が、どうして今、こんなに古い家に一人で住んでいるのか、というのは大人の考えで、子供というのはそういうふうには思わないものらしい。
私たち子供にとっては、目の前にいる、絵に描いたような佇まいのおばあさんが望月さんのすべてだった。
小学校に行くようになると、子供達もてんでに忙しくなって、だんだん望月さんのことは忘れていった。
気がつくと、望月さんの家は取り壊されていた。
亡くなったのか、引っ越したのかもわからない。
或る時、といってもそれも相当に昔なのだが、古いお宅の物置の戸をあけたときに、不意に望月さんのことを思い出して、記憶を頼りに望月さんの家のあった場所に行ってみたら、そこには何もなかった。
雑草が一面に茂った空き地を眺めながら、
あのことはみんな夢だったようにも思えてくるのだった。
小学校に行くようになると、子供達もてんでに忙しくなって、だんだん望月さんのことは忘れていった。
気がつくと、望月さんの家は取り壊されていた。
亡くなったのか、引っ越したのかもわからない。
或る時、といってもそれも相当に昔なのだが、古いお宅の物置の戸をあけたときに、不意に望月さんのことを思い出して、記憶を頼りに望月さんの家のあった場所に行ってみたら、そこには何もなかった。
雑草が一面に茂った空き地を眺めながら、
あのことはみんな夢だったようにも思えてくるのだった。