大学生の甥が、一人でハワイに来ることになった。
日本の外で働く体験をしたいそうで、滞在中は私が職場に連れて行き、ボランティアで労働体験をする。
彼の英語力はわからないが、私が夫と結婚した頃に比べたら遥かにいいだろうし、同僚たちは良い人ばかりだから心配はしていない。
心配なのは、お弁当だ。
職場はここより田舎で、まわりにランチを買うような場所はないから、甥にお弁当を持たせることになる。
実は私は、ちゃんとしたお弁当を作ったことがない。
現在、毎日夫と私はお弁当持参だが、その内容は毎日同じ。
夫は大量のサラダに、玉ねぎやセロリ入りのツナ、ゆで卵とリンゴ。
私はクルミとチーズを入れたサラダと、ヨーグルトと果物。
日本で働いていた時は、自分の分だけ作ればよかったので、夕飯の残りをササっと詰めただけ。
つまり、お弁当のためにおかずを作る、といったことをしたことがないのだ。
しかし甥にはそういうわけにもいかないだろうと思い、悩ましい。
甥の母親である姉に、甥の好きな食べ物を聞いたら、
「なんでも経験なんだから、気にしないでそっちのペースでやってくれていいんだよ」
そしてお弁当の話になった。姉が言う。
「お弁当作って25年になるけど、いつのまにか、お母さんが作ってくれたようなものを私も作ってるよ、よくしたもんだね」
母は半世紀以上もお弁当を作り続けていた。
父の会社の若い人たちが食事をしに家に来ていた頃は、1日に8個のお弁当を作っていたという。
姉「タケノコ煮たのに薄く衣をつけて揚げたのとか、ゆうべの天ぷらを甘く煮たの、甘い卵焼き、美味しかったよね」
私「幼稚園の頃、ソーセージにグリーンピースとかチーズがぽつぽつ入ってて、それを両面焼いたのが好きだった。そのソーセージはどこを探しても、見つからない」
姉「私もそれ覚えてる!」
今は義兄と二人暮らしだが、姉が仕事で義兄が家にいる日にはお弁当を作っておくのだという。
私はそういうことすら、したことがない。
最初の結婚をしたばかりの頃、私が仕事で相手が休みの日に、私は何もお昼を用意していないと言ったら母が、
「えー!何か食べるものを作っておかなきゃだめでしょ」
と言った。そういうものかと思い、お昼を作ったのだが、帰宅したら手をつけないままおいてあった。
私の父は、母が食事時に出かけるとなるとすぐに「オレの飯はどうなってる!」と言う人だったが、一人のときは好きなものを適当に食べたいという人もいるのだ。
今の夫もそっちのタイプで、留守時の食事の用意をすることなく今に至っている。
その私が、人生初のちゃんとしたお弁当を作る。
これが緊張せずにおられようか。
母や姉は、朝食の支度をしながらお弁当のおかずも作っていた。
まず、お米を買ってこねば。
私はお米を食べない習慣がついてしまい、うちにはお米がないのだ。
紙に、お弁当のおかずになりそうなものを書き出してみる。
唐揚げ、ハンバーグ、牛丼、鶏そぼろ丼、温野菜、肉じゃが、オムライス、卵焼き・・・・・すでに出尽くした。あとが続かない。
「お弁当って毎日作ってると苦にならないんだけど、10日とかブランクがあくと面倒になるよね」
と姉。
いや、ブランクどころかまっさら、白紙だから。
果たしてちゃんとしたお弁当はできるのか。