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自民党憲法改正草案「公益及び公の秩序」のテキストは幣原内閣「松本烝治自主憲法案」

2023-12-26 00:32:17 | 憲法

 安倍自民党内閣は、憲法改正に意欲を見せ、今夏の参院選で憲法改正の発議に必要な3分の2以上の議席獲得を目指している。自民党憲法改正草案はすでに2012年に国民に公表しており、自らの理想とし実現をめざす国家像を堂々と明確にしてきた。その大きな特徴は、国民主権の字句は存在するものの、実質的には内閣に権限を集中する「内閣政府主権」であり、その一方で、国民の「人権を制限」するものである。「」を重視するものといわれている。

 「」の重視の背景には、経済同友会の「憲法問題調査会」が出した2003年の意見書がある。それには「『自由』『権利』の名の下に、『』の概念を否定的にとらえる風潮への懸念がある」「人権を制限できる条件として現行憲法が掲げる『公共の福祉』の概念を明確にするため、どのような条件で権利が制限されうるのか明記する」と提案している。そして、それに応えて自民党憲法改正草案も『公共の福祉』の字句は、『公益及び公の秩序』という字句に変えている。草案Q&Aでは、「意味が曖昧で、わかりにくい。学説上は『公共の福祉は、人権相互の衝突の場合に限って、その権利行使を制約するものであって、個々の人権を超えた公益による直接的な権利制約を正当化するものではない』という解釈が主張されている。『公益及び公の秩序』と改正する事により、憲法によって保障される基本的人権の制約は、人権相互の衝突の場合だけに限られるものではない事を明らかにしたもの」とし、また、『公の秩序』と規定したのは、「『反国家的な行動を取り締まる』事をいとしたものではない。『社会秩序』の事であり、平穏な社会生活の事を意味する。個人が人権を主張する場合に、他人に迷惑を掛けてはいけないのは当然の事。その事をより明示的に規定しただけで、これにより人権が大きく制約されるものではない。」としている。経済同友会の調査会委員長を務めた高坂節三・元伊藤忠商事常務は「エネルギー政策は、いわば『公』」であるという。

それでは「自民党憲法改正草案」のどこにどのように『公益及び公の秩序』の字句を使用しているのか。第2章(安全保障)の第9条(国防軍)の2項の3「……公の秩序を維持し、……守るための活動を行うことができる。」

第3章(国民の権利及び義務)の第12条(改訂:国民の責務)「……自由及び権利には責任および義務が伴う事を自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない。」 Q&Aでは、「人権規定も、我が国の歴史、文化、伝統を踏まえたものである事も必要だ。現行憲法には、西欧の天賦人権説に基づいて規定されているものがある、こうした規定は改める必要がある」としている。  

同じく第13条(改訂:人としての尊重等)「……。生命自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公益及び公の秩序に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大限に尊重されなければならない。」 Q &Aでは、「天賦人権説に基づく規定ぶりを全面的に見直した」としている。 

同じく第21条(新設:表現の自由)第2項「前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害する事を目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない。」 Q&Aでは、「内心の自由はどこまでも自由であるが、社会的に表現する段階になれば、一定の制限を受けるのは当然。単に公益や公の秩序に反する活動を規制したものではない」としている。 

同じく第29条(改訂:財産権)第2項「財産権の内容は、公益及び公の秩序に適合するように、法律で定める。……」

ところで「公益及び公の秩序」という字句のテキストはどこにあるのだろうか。それは、「大日本帝国憲法とほとんど同様」という事でGHQが否定した、幣原内閣によって作られた自主憲法『松本烝治案』にあるのだ。これこそが、自民党のいう「自主憲法」の身近なテキストなのである。もちろんその原典は天皇制絶対主義日本風王権神授説に基づいた「大日本帝国憲法」である。

松本案』は、『帝国憲法』第8条第1項で「天皇は公共の安全を保持し又は其の災厄を避ける為緊急の必要に由り帝国議会閉会の場合に於いて法律に代わるべき勅令を発す」、第2項で「この勅令は次の会期に於いて帝国議会に提出すべしもし議会に於いて承諾せざるときは政府は将来に向かってその効力を失うことを公布すべし」とあるのを、「所定の緊急勅令を発するには議院法の定むる所に依り帝国議会常置委員の諮詢を経るを要するものとすること」と改訂。

同じく第9条「天皇は法律を執行する為又は公共の安寧秩序を保持し及び臣民の幸福を増進する為に必要なる命令を発し又は発せしむ但し命令を以て法律を変更することを得ず」の中の「公共の安寧秩序」を、「行政の目的を達する為に必要なる命令」と改訂。

同じく第20条「日本臣民は法律の定むる所に従い兵役の義務を有す」の中の「兵役の義務」を、「公益の為必要なる役務に服する義務」と改訂。

同じく第27条第2項は『帝国憲法』の字句をそのまま残し、「公益の為必要なる処分は法律の定むる所に依る」としている。

同じく第28条「日本臣民は安寧の秩序を妨げず及び臣民たるの義務に背かざる限りに於いて信教の自由を有す」を、「日本臣民は安寧秩序を妨げざる限りに於いて信教の自由を有するものとする」と改訂。

ここにおける「公益」や「公共」の字句の意味が何を指すかは明瞭である。それは「天皇を最高の支配者とする大日本帝国政府およびその政策」であり、「その大日本帝国政府が築いた社会秩序全般」で、「社会秩序」とは、「大日本帝国憲法」の「憲法発布勅語と上諭」(現行憲法の前文にあたる)に示された国家観臣民(国民)観である。『自民党改正草案』にも「前文」で「社会秩序」(国家観・国民観)の内容が示されているが、それは安倍政権にとっては当然の事であろうが、大日本帝国の社会秩序であった「天皇元首国家」「軍国主義の正当化」や、「尽忠報国精神」「挙国一致精神」「滅私奉公精神」「国威発揚精神」などと同様の内容である。

安倍政権は、『松本案』を現代社会に適合させるために若干の手直しをした『自民党憲法改正草案』を国民の前に、狂信的な使命と自信と誇りをもって公表しているのである。その内容が、時代錯誤で普遍的な価値観を踏みにじるものであるにもかかわらず。もしこの「野望」を実現させたとしても、「政府による人権否定」という特異性は、世界の人々から「日本政府の孤立」を導く事になるだろう。

(2016年5月5日投稿)

 

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