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掌編小説 「ある一病息災の話」   文科系

2008年03月15日 22時43分09秒 | 文化一般、書評・マスコミ評など
あの角を曲がれば四百メートルほどでゴール。「天にも上るような気持!」と心で叫んでみたが、これでもなんともとても言い足りない。「例えようもないということなのだろうな」と心中の自分に軽口が飛ぶ。この分だと五十一分は切るだろう。凄い凄い。

 この小都市の役所を退職して三年目の一月。恒例の十キロ市民マラソン。現役時代最後の五年間を走り続けてきたのだからもう八回目だ。それで自己二番目の記録! 去年はここよりずっと手前からとぼとぼと歩いていたのに。ふくらはぎを痛めた右脚をひきずって。 〈今日これからまた皆であそこへ行こう〉、去年なんとかゴールまでたどりついた後に、宋さんら現役時代から続いた職場のランニング仲間と行った喫茶店を思い出した。

「練習でも左右一度ずつ痛めたことがあったから、注意してちょっと鍛えたんだけど」
「どの程度に?」、宋は聞き正してから、たしかこう続けたのだった。
「僕ら二人、仕事やめて丸二年近いでしょう。現役の時って案外運動してるんだよね」
「そうそう、僕も六階から一階に職場を移ったとき、全然走れなくなったもん」まだ五年ほどの現役生活を残している荒木がこたえたものだ。
「人生の大事な移り目をうっかり新計画なしに過ごすと、後々とんでもない目に遭うんだぞ。長い老後をぐちゃぐちゃにしたり、寿命を十年縮める人だっている」そう言ったのは吉村さんだった。たしか俺より五年ほど先輩だ。みんなの話をいつも締めくくってくれるような、世の中のことをよく観ている人だ。
「とにかく、特別な筋トレがいるということだったんだよ。ふくらはぎって、蹴る筋肉でしょう。ただ走ってるんじゃ、急にスピード上げたときなんか耐えられないように老化してくの。きついジャンプ系の運動を毎日やらなー」
 思えば、宋のこの言葉が今日のこの幸せにつながっているのだ。吉村さんが言ったように、この一年がなければ、間もなく走れなくなって、早晩窮屈な晩年にしてしまっていたのかも知れない。「老いとはこんなもんだ」と抵抗の道を探さないとか、探せないとかいう人も多いんだろう。いやそっちのがずっと多いのかも知れない。それにしても、この脚の軽さは一体どういうことなんだよ。

 いよいよその角を曲がった。田んぼの中の斜め向こう、体育館の前のあの凄い人だかりがゴールだ。なんだ、なんだ。もっとスピードが上げられるぞ。脚が弾む感じがまだ残ってるよ。吉村さんはともかく、他はみんなゴールしたはずだから、この快挙の瞬間をゴールで見届けてくれるだろうか。「何か速いねー」と、そう言って三キロぐらいで抜いていった宋の笑顔も思い出していた。
 後ろの膝をやや深目から蹴り、前へは膝頭を心持ち突き出す。後ろ脚をこう蹴った瞬間の腰まわりの筋肉は好調な時ほど心地よく動くものだが、今日は殊の外だ。
ゴールの人顔が見えた。あっ、宋さん達だ。一塊になってこっちを見てる。彼が自分の手首を指さしているけど、あれは時計を見ろということだよな。五十一分ぎりぎりと告げてるんだ。死ぬ気で走るぞ、さすがに苦しいけど、………っという間にゴールか。

「ゆうに五十分切ったよ。しかも、あんたの最高記録じゃない」と、宋が告げている。なに、走り始めて三年目のあの記録まで抜いたのか。「四十九分十九秒!」細い目をさらに細めて宋がきっぱりと告げた。自己記録を上回っているのだ。わずか三秒だけど!〈またまた、もっと例えようもない気分だなー〉と、もう一度自分に言い聞かせた。

「その歳で自分の記録なんて、どういうことですか」、荒木がたずねる。
「いやいやこれも、皆さんの去年のアドバイスのお陰で」
「去年のアドバイスって、なんのことよ?」、吉村がたずねる。
「ほら、ここの喫茶店でみんなが忠告してくれたでしょう。吉村さんなんか、老後をだいなしにする人の話までしてくれたんだよ」
「んなこと言ったかー。確かに退職直後の過ごし方でそうなる人はいっぱいだけど」
「んなこたーともかくー、っちゃーなんだけど、とにかくあんたはこの一年を今までで一番頑張った。特に筋トレね。ジムで一緒になったときいつも感心しとったよ」、宋の言葉である。いつも人の努力を評価してくれる、とても優しい人なのだ。
「ということだと『一病息災』ってえー話か」とまた、吉村。
「なんでそうなるんですかー。病気でもないのに」、これはまた荒木の大声の質問。
「去年知らずに老化をほかっといて痛めたふくらはぎをー、一年鍛えてー、自己記録を塗り替えたという話だろ。じゃあ『一病息災』ってーことじゃんか。え?」、痒い背中を椅子の背にこすりつけるというように動きつつの、歯切れの良い吉村の言葉だ。
「六十半ばでもこういう一病息災があったってことは、僕らにも励みになるね」と宋。
「身体動かしてりゃ何の方もいつまでも元気。そんなこたーここのみんなは先刻ご承知ですよな。でもそれさえ知らん日本人が多すぎる。日本人の何の回数は世界最低レベルとか新聞にあったけど、なんてまー情けない話だ!」、とまた吉村が締めくくった。
コメント
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