九条バトル !! (憲法問題のみならず、人間的なテーマならなんでも大歓迎!!)

憲法論議はいよいよ本番に。自由な掲示板です。憲法問題以外でも、人間的な話題なら何でも大歓迎。是非ひと言 !!!

朝鮮日報から    落石

2009年11月28日 19時14分54秒 | Weblog
金泰栄(キム・テヨン)国防長官は27日、
アフガニスタンへの韓国軍派兵同意案を来月、
国会に提出する計画であることを明らかにした。
金長官はこの日、国会国防委員会全体会議の質疑応答で、
「アフガン派兵の準備を急いでいる。
12月中に国会に派兵同意案を提出するだろう」と語った。
派兵案は来月3日ごろに行われる次官会議を経て、
8日ごろ国務会議で議決、その後、
李明博(イ・ミョンバク)大統領の裁可を経るとのことだ。

   

アフガンに対する関わり方が隣国とはいえ
違うものですね。




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鳩山殿 “東アジア共同体”はすばらしい目標!!     森孝行

2009年11月28日 11時05分14秒 | Weblog
民主党  鳩山代表 様        

 “東アジア共同体”はすばらしい目標!
       対等な日米関係の着実な実行を!!

 鳩山首相、毎日激務、ごくろうさまです。あなたの東アジア共同体構想を聞いて、感動しています。日本の政治家が、哲学、思想に基づく長期構想、理想を述べるのは実に画期的なことです。久しく待ち望んでいたことです。
 東アジア共同体を友愛の考えから生まれた国家目標とし、地域統合と地域集団安全保障を目指すことが憲法の平和主義、国際協調を実現する道とするあなたの政治理念は、今後50年、100年、日本の進むべき道しるべとなるでしょう。また、イラク戦争の失敗と金融危機の結果、米国主導のグローバリゼイションは終焉に向かっているという認識も、制御のない市場原理主義をどう終わらせるかという問題把握も的確で、実に稀少で貴重な総理大臣です。献金問題に煩わされず、是非最低でも4年は鳩山内閣を続けて下さい。 
 さて、普天間基地の移転問題ですが、何よりも沖縄の人びとの負担軽減を第一に問題の解決を図ってください。民主党の第一スローガンは“生活第一”です。この問題では沖縄の住民の生活第一です。ならば県外移設か国外移設です。しかし、県外移設ではどの県も基地受け入れ反対でしょう。残るは国外移設しかありません。すなわち基地縮小の道です。そもそも独立国に外国軍隊の基地があることが不自然なことです。しかも占領が終わった後半世紀を10年も越えようとしています。外国基地の縮小は何十年も前から自民党政府が当然に取り組むべき政治課題でした。政権が交代した今がいい機会です。今なら、アメリカも対等の話し合いを受け入れるでしょう。米軍基地再編を見直しの方向で臨むという連立政権の合意をアメリカも理解しているはずです。日米安保で利益を得ているのは日本というよりも米国自身であることは、あの国の指導者、権力者は皆先刻承知のことでしょう。本腰を据えて話し合えば、国外移転は必ずなります。日本の米国基地を縮小することは、米国が世界中で戦争する力を弱めることになり、世界の平和に多大に貢献することにもなります。小泉元首相によるイラク戦争への自衛隊派遣、インド洋での給油活動で、どれだけ無益な戦争を長引かせ、関係のない民衆を殺し、生活を破壊してきたことでしょう。戦争こそ友愛の対極にあるものです。生活第一に反するものです。東アジア共同体というすばらしい構想のためのも、米国との軍事同盟は、おだやかにできるだけ速やかに平和友好条約に変更し、そのうえで中国、韓国、北朝鮮等々東アジアのすべての国々と平和条約結ぶべきでしょう。戦争は勝っても負けても、国民、民衆は悲惨です。絶対にしてはならないことです。核の傘のため日米安保は深化すべきなどという時代錯誤の狭隘な思考を捨て、核廃絶、基地縮小という平和への大道を総理大臣として国民に指し示してください。国民は必ず総理を理解し、信頼するでしょう。
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随筆 不整脈ランナーの手記(5)  文科系

2009年11月28日 01時00分42秒 | 文芸作品
 12日に半年ぶりぐらいの好調さをここに書いた。11日に走った1時間の走行距離8.8キロは、5月の距離を抜いて3月の9.3キロに近づいてきたのだと。この間の心房細動頻発によるやむを得ない速度ダウンを、やっと取り返せるようになってきたと。
 ところがところが、好事、魔多し。15日に1時間に8.3キロとちょっとセーブして走った日を挟んだ18日、最悪の不整脈なのである。それも朝から夕方まで続き、流石血栓が心配になってかかりつけ病院に駆け込んだ。驚いたことに、心電図を取った後にすぐに点滴という始末。長年この病気に連れ添ってきたが、初めてのことである。

 「先生、こういう症状、この程度の細動症状は怖いものなんですか?」と、僕。
 「怖いよ。やっぱり血栓の心配がある。脳に飛べば、脳梗塞だしね。今、血栓を溶かす薬を入れている」と、先生。
 この日は、頓服的な抗不整脈剤2回分と「血栓を溶かす飲み薬、バッファリン」とを追加されて、「様子を見なきゃいかんから、明日の朝またおいで」ということになる。
 翌19日病院に行くと、もう何ともない。先生も首を傾げるばかりだ。だが、夕方になるとまた心房細動が出てくるのである。そんな日が何日かあって、さてそれでも僕、懲りもせず23日にはもう走ってみた。15日から中7日置きと間も空きすぎていることでもあるし、心拍計とにらめっこで恐る恐るということになるのだが。65分でやっと、7.5キロだった。その日の様子からやっぱり不安がつのってきて、翌24日にはある決断。いったん僕自身で様子を見て進んで希望して止めてもらった強めの薬一つを、追加してもらうことにしたのである。
 すると昨26日はもう、無事に60分で8.3キロを走ることができた。24、25の2日間、ちょっとした用事でサイクル・ロードレーサーをころがしたせいか、案外好調だった。僕の昔からの趣味の一つなのだが、これをやるといつも、走る筋力と心肺機能が回復強化されるらしい。

 こんな僕を知る人はこういう。「なんでそこまで?」と。ところが僕はと言えば「そこまで(やっている)」とは、そんなには思ってはいない。医者と相談しながらではあるにしても大過なくここまで試行錯誤を続けてきたのは僕自身である。誰よりも僕が自分の走りの調子、限界、細かい注意などをよく分かっているつもりなのだ。だからなのだろう、医者も僕が走ると言えばほとんど止めはしない。数は少ないが「どうしても駄目だ」と彼が言うときは、中断してきたのだし。
 なんと言ったらよいか、「生活全般が、病気に負けて、小さく狭められていくのは嫌だ」「生活活動全般がじり貧になるよりも、病気に立ち向かいたい」。若い頃から、こんなスタイルを通してきたつもりである。「一病息災」って、そういうことだと理解している。
 走れるからこそ、ギターを3時間も通しで弾ける。ブログを4時間続けても目も肩も腰も、さほどの疲れは感じなくて済んでいる。お酒、好きなワインにもさほど弱くならず、かといって肝臓も痛めることなく、済んできた。などなどこれら全てが、僕の心肺血管機能の産物なのだと考えている。死ぬときに初めて全部がばたんと終わると、そんな風に行きたいのだが、どうだろう。
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