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随筆紹介 「夏」    文科系

2015年09月12日 00時17分04秒 | 文芸作品
 夏  H・Tさんの作品

 私は夏が好きだ。
 暑くなって、八百屋の店先に夏野菜が並び出すと私はわくわくする。すいかの出番はもうすぐだ。私は、岐阜県の田舎町の窯屋で育った。
 暑い夏、坂の上から農家のおじさんが、菅笠姿で大八車に落ちないかしらと思うほどたくさんのすいかを積んで、売りにやってくる。昔のすいかは割れやすく、時々ひびの入ったすいかを割って、私達子どもに食べさせてくれるおまけもあって、我先にと群がって車を囲んだものだ。

 やがて、仕事の手を休めて裸姿の父が現れる。子どもにはわけのわからない言葉の遣り取りで、工場横の水槽へいくつものすいかが運ばれてくるのを見て、私達は歓声。そこは粘土を練り上げるために、いつも水が流れている場所。入れられたすいかは水の流れに沿って、くるくると回り、冷やされる。
 やがて昼過ぎになると、三時とかおやつの時間という言葉も知らない私達子どもが集められる。工場で働いているおじさん、おばさんの子どもたち。みんなわくわくとすいかを囲んで丸くなる。
 父の一声。「みんな裸になれ!」
 着ているものが汚れたらという、父の思いだ。男の子も、女の私達も上半身裸。わらむしろの上へ、大きなまな板が置かれて、すいかがどかんと座る。
 また、父の声。
「このすいかは赤か、黄か?」、私達は喜びいっぱいの大声……。
 昔は赤いすいか、黄色いすいかの作り分けができず、全くの偶然の産物。すいかを作っている人も分からなかった。
 すいかに包丁を入れると、パシッとひとりでに割れる。こんなすいかはうまい。大きい方を狙うために、切り分けている父の手元を見つめる。
「いんちゃんに勝った者が先だ」と父の声。いんちゃんとは、じゃんけんの田舎言葉だ。 目をぐるぐるさせて、勝った者から大きいのを取る。
「種はうしろを向いて飛ばせ!」。父の声で口の中の種をプーッと飛ばす。

 熱中症という言葉もない頃。こんな想い出はいっぱい。今ひとりぐらしの私は、店先で切り分けて売られているすいか。四角に切ってプラスチック容器に入れられるすいかを見ると、どうにも買う気がしない。 
でも食べたい。
 すいかは大きい方が美味い。小玉といわれているすいかはいやだ。夏になると、何日もかけて冷蔵庫に丸ごと入る場所を用意して、買ってくる。産地も私なりのこだわり、新潟県のMAすいか。近くは豊橋のOHすいかと決めている。
 三階の住まいまで階段をえっちら運んでいると、知り合いの奥様が「お客様ですか?」とか「お友達が来られますの?」、声をかけて下さる。笑顔でうなづき、冷蔵庫の中へ。
 私の夏。大きな楽しみ。
 食べ方も、皿にのせスプーンで一口一口ではない。大きく切って、かぶりついて食べるのをよしとしている。子どものころ母は、冷たい井戸水にゆっくり吊してから食べる方が美味しいと言っていた。でも、それはもうできない。冷蔵庫で四時間ぐらいがちょうどよいと計算済みだ。

 独断と偏見と言われるかも知れないが、私の夏はすいかだ。すいかの夏だ。
コメント
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