たんぽぽの心の旅のアルバム

旅日記・観劇日記・美術館めぐり・日々の想いなどを綴るブログでしたが、最近の投稿は長引くコロナ騒動からの気づきが中心です。

ガハハハッ!!

2017年05月22日 22時52分11秒 | 日記
 現実を忘れるべく、すっごく楽しい動画をみました。ガハハハッって大声で笑ってすっきりしたいところですが、手狭な集合住宅、ご近所に聞こえてしまうのでそんなわけにはいきません。こらえるのがつらいのでここに書きます。ガハハハッ!! ガハハハッ!!

 一人で待つのつらい。明日はどうしようか・・・。今夜は楽しい動画のことを思い出しながら眠りにつきたいと思います。三度目の更新、失礼しました。

河合隼雄・小川洋子『生きるとは、自分の物語を作ること』より_多神教の日本に生まれた『源氏物語』

2017年05月22日 19時17分39秒 | 河合隼雄・小川洋子 『生きるとは、自分の
「多神教の日本に生まれた『 源氏物語』

河合、『源氏物語』は個人が書いた物語ですね。僕の考えでは、一神教では神の力があまりに強いから、人間の神が創りたもうた物語を生きるんですよ。

小川、神様が、人間が生きていくための物語を、あらかじめて書いているということですね。

河合、そうそう。人間のくせに物語をいじったりしたらいかんわけです。キリスト教なら聖書があるわけだから、それ以外の物語を作ってはいけない。

(略)


河合、いや、僕は女性だから書けたと考えています。なぜかというと、それぞれの時代にはその時代にスタンダードな物語があって、その物語は、男のためのものだったから。紫式部が『源氏物語』を書いた頃、男には出世していくという物語があった。 特に殿上人は、次の正月に自分が何の位になるかということが、最大の関心事でそれに乗って生きていた。男はみんなそうやって生きていたから、自分で作る必要がなかった。女の人でも、身分の高い人にはスタンダードな物語があった。つまり、いかにして宮中に入って、天皇の想われ者になるか、それで男の子を産んで、その子が次の天皇になったら、自分は天皇の母親になれる、そういう物語です。
 
 ところが、紫式部は身分としてそういうスタンダードには乗れない立場なわけです。だけど経済的な心配はない。財力がある、というのは大事なことです。そして平仮名がある。こういう条件の中で最初の物語ができたというのが、僕の考えなんです。あの頃は男は文章は全部漢文で書いていましたからね。

小川、漢文というと公式文書みたいなものでしょうか。

河合、男たちが書いている文章は「誰それが宮中に行った。天皇は元気であった」とかだいたいお決まりのことです。それは全部漢文で書ける。でも、気持ちを書こうと思ったら日常使っている大和ことばでしょ。それで平仮名ができてくるわけです。そういう条件が全部そろったところで、紫式部が出た。あの頃は清少納言でも菅原孝標女でも書いたのは女子ばかりです。読むのは男も喜んで読んでおったみたいですけどね。

小川、『源氏』より以前の世界では、人が死ぬということについては「誰それが死んだという漢文の記述でしか残っていない。『源氏』の中で初めて、どういうふうに死んだか、それをどういうふうに思ったかというように、人の死の場面が描かれたと先生がおっしゃっていて、なるほどと思いました。平仮名で、女性が心を描くということで、初めてそれが出来た。

河合、『源氏』は世界に誇れますね。(略)

小川、『 源氏物語』では 、光源氏の存在感は、物語が進むにつれだんだん小さくなって、光はむしろ女性の方を際立たせるためのもので、彼は狂言回し的な役になってきますね。

河合、そういう「光」をあてる役なんです。

小川、なるほど、光は自分にではなく、女性にあてるということですね。

河合、そうです。僕に言わせると、女性たちは全て紫式部の分身なんですね。その光の当て役として源氏がいる。確かに彼は光り輝いています。姿は美しく、文章を作っても上手く、絵を書いても上手い。分身たちの美点を描くには、それらが全部できる人でないとならん。あんな男が実在するはずがないわけですが、光の当て役としては素晴らしい。『源氏』には、女性がものすごくうまく書かれていますね。」


(河合隼雄・小川洋子『生きるとは、自分の物語を作ること』新潮文庫、平成23年発行、77-81頁より)


生きるとは、自分の物語をつくること (新潮文庫)
小川 洋子,河合 隼雄
新潮社

行ってきました

2017年05月22日 15時02分00秒 | 日記
 朝から真夏日の気配の一日、次なる居場所さがしのために午前中から動いて行ってきました。わたしの中で身内意識を少し持ちながらラフに話してしまったところがあったかもしれません。こうすればよかったという絶対的な正解はどこにもありません。一人で返事を待つ時間。ああいえばよかったのかしらと考え始めるとベクトルがマイナス方向にしか向いていかずつらいもんです。相談窓口の方によるとみんなこんなもんなんだそうです。まな板の上の鯉状態、あとは相手にゆだねられているのだから考えても仕方ない、もう考えない、忘れる、ほかにもトライしてみた方がいい、ということで他にもトライするところの情報をいただいてきました。明日と明後日の午後はまた郵送するための書類を作成します。考えたくなくても考えちゃいますけどね、ブログも何度か更新するかもしれません。四か月の経験が生きてご縁があるなら幸い、ないならないでまた次のことを考えればいいと言い聞かせます。自分まだまだ13年間とそのあとの争いに引きずられているところがあるんだなと気づかされます。過剰防衛に走っているところがあるようです。仕方ないです。言えませんけど、それも含めてわたし。次の居場所と出会って働くことで会社のことは自ずと忘れ去っていくことができます。完全に忘れてしまうと自分の過去を否定しているみたいでそれはそれでつらいですが、忘れていっていいんだなと思います。今日はもう考えるのやめましょう。夜になると不安がおそってきてついついあれもこれもと気になってしまいます。部屋に帰りたいけど、帰りたくないジレンマ。おひさまが高いうちは帰れません。働いているときにはわからなかったことがわかってしまうの、いやですね。

 今日まだ更新するかもしれませんが、書かずにはいられなくて徒然のつぶやきでした。