城内に入って最初の宮殿
アクバル帝の妃の名前がつけられた
「ジョーダー・バーイー宮殿」
アクバル帝とその3人の夫人たちの住居だ。
ペルシア式庭園を囲んだ中庭建築で
インド建築の要素を持っている
ファテープル・シークリーの建造には
5年の歳月を費やしたといわれ
丘の上に築かれた城壁の中には
赤砂岩の宮殿や巨大なモスクが造られた。
モスク地区には
その聖者シェイク・サリーム・チシュティの霊廟があり
今では 子宝に恵まれる巡礼地として
インドでは 有名な場所となっているが
今回 我々ツアー見学では割愛された。
アクバル帝は 力だけによる支配はせず
インドの伝統との融和策をとり
ムガル帝国は イスラムの国だが
領土の拡大とともに ヒンドゥー教徒をはじめ
多くの異教徒を抱えていた。
そのためアクバル帝は
それまで 異教徒に課していた税金などを廃止し
他宗教も尊重し 国を安定させた。
また ヒンドゥー教の豪族たちを
要職に就かせるとともに
彼らの娘を 次々と後宮に迎えた。
その妃の数は 5,000人とも・・・。
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