カケラノコトバ

たかあきによる創作文置き場です

第五十四夜・夜明け前

2017-08-17 22:34:08 | 百人一首と色名で百物語
たかあきで『乱れ染めにし』と『曙』を使って創作してください。

 布団の中で不意に目覚めて何となく窓の外に視線を向けた時、夜明け前のどす黒い漆黒が広がっていると何やら気落ちすることがある。
 普段ならもう少し眠れると安心する筈が騒動の続いた日は心に負った重荷が消えないまま身体に残っているらしい。
 だから、そんな時は何も考えずに目を瞑り、夜明けの光が重荷を消し去ることを願うのだ。
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第五十三夜・思い出せない貴女

2017-08-16 19:35:20 | 百人一首と色名で百物語
たかあきで『むかしの友』と『紅梅色』を使って創作してください。

 香りは時として視覚の情報より遥かに鮮烈な記憶を呼び覚ますことがあると聞くが、その初春の甘やかな香りが僕にもたらしたのは正に炸裂と呼ぶべき衝動だった。

 土手一面に咲き誇る紅梅。
 眼前で歪んだ微笑を浮かべる貴女。

 小さかった僕は泣き喚いて必死に手足を動かし、それが当たった直後に貴女の顔が醜く歪んだ後の事は全く覚えていないが、多分それが正解なのだろう。
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第五十二夜・月は無慈悲な男の死神

2017-08-15 13:21:16 | 百人一首と色名で百物語
たかあきで『月宿るらむ』と『菫色』を使って創作してください。

 どうして日本の月の神は男なんだろうと、奴は残念そうに呟いた。闇夜に輝く、つまりは死の領域を司る神が女神ならさそかし安らかに眠れるだろうにと。
 だから俺はギリシャ神話に於ける月の女神アルテミスは処女神で、男に対して全く容赦がないぞと答えると、奴は悔しそうにその姿を消した。なお、ローマ神話に於ける月の女神ディアナが豊穣神なのは知っていたが黙っておいた。
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第五十一夜・やがて来る晴れ間

2017-08-14 23:38:26 | 百人一首と色名で百物語
たかあきで『わびぬれば』と『鼠色』を使って創作してください。

 雨は嫌いだけど待つことは出来るんだと先輩は笑った。

 だって、雨上がりの空はとても素敵だから。
 誰一人保証してくれなくても、僕には雨上がりの雲間から差し込んでくる光を信じると。

そして己の人生を遮るように降り続く雨が止むのを待ち続けた先輩は結局、止むことの無かった激しい雨に打たれて息を引き取ることになったが、地上での苦しみに満ちた生の勤めを終えた先輩は、ようやく雨に濡れることのない雲の上で暮らせるようになったのだと思いたい。
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第五十夜・終わった花

2017-08-11 00:29:52 | 百人一首と色名で百物語
たかあきで『むかしの友』と『藤色』を使って創作してください。

 藤というのは房になって垂れ下がる薄紫の花が見るものに可憐な印象を与えるが、花が散ったあとに現れる大振りで平たい豆の莢はお世辞にも可愛らしいものではない。そして、私が知る頃の彼女もまた可憐だったが、もう十年以上会っていない私に突然真夜中電話を掛けてきた女性は全く知らない夜の女になっていて、でもそれは彼女にとって恐らく自然な変化だったのだろう。
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第四十九夜・届かない苦しみ

2017-08-10 22:57:14 | 百人一首と色名で百物語
たかあきで『高嶺に』と『紅葉色』を使って創作してください。

 高嶺の紅葉が鮮やかに色付くのは、寒暖の差が激しい中で雨露に濡れるからなんだ。だからあの赤は葉っぱが散々痛めつけられた末に滲み出す血の色のようなものなのさ。ひょっとしたら美しい姿には必ず相応の苦しみが付いて回るのかも知れないけど、だからと言って苦しめば必ず美しくなれる訳でも無いから、全く以て世界という空間は冷酷極まりない理に満ち満ちている。
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第四十八夜・受け取り拒否

2017-08-09 19:41:06 | 百人一首と色名で百物語
たかあきで『わびぬれば』と『灰色』を使って創作してください。

 俺は自分の子どもを持ってようやく他人を苛めるのがどれ程酷い事かが判った。同時に子どもの頃自分がやっていた事を思い出して居ても立ってもいられなくなり、思い切って当人に謝りに行った。すると相手は笑顔のまま「絶対に許さないけど別に気にしなくていいよ」とだけ言って家の扉を閉めてしまい、俺は一人取り残される。
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第四十七夜・誰もいない教室

2017-08-08 20:06:17 | 百人一首と色名で百物語
たかあきで『むかしの友』と『薄墨色』を使って創作してください。

 同窓会のお知らせ葉書を手に取った途端に甦るのは、あの頃の思い出。ぞんざいなラクガキ顔で訳の判らない言葉を叩き付けてくる男子生徒と、薄墨色の向こう側でくすくすと嗤う女生徒。ただ、確かにそこにあった筈の恐怖と戸惑いはとうに屍肉となって腸諸共に腐り果て、歳月という風雨に晒され続けた挙げ句にすっかり洗い流されて白い骨だけが残り、もうあの教室にも私の中にも生きているものなど何一つ残ってはいない。

 だから、私は葉書を破り捨てた。
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第四十六夜・三匹の子豚のようにはいかない

2017-08-07 20:38:41 | 百人一首と色名で百物語
たかあきで『しづ心なく』と『煉瓦色』を使って創作してください。

 煉瓦建築が日本に馴染まなかった理由は通気性の悪さと耐震性の問題が大きい。高温多湿故に湿気が室内に籠もり、芯を入れずに積んだだけの煉瓦組は震動で容易く崩れ落ちる。そんな訳で唯一の利点である美観を追求する場合は基礎の壁に貼り付けた所謂化粧煉瓦の出番となるわけで、なかなか世知辛い話だ。
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第四十五夜・誰もいない空

2017-08-04 23:56:20 | 百人一首と色名で百物語
たかあきで『わびぬれば』と『空色』を使って創作してください。

 日本の神話に於いて空というのは空間であり、故に「空の神様」というのは存在しない。だからだろうか、空というのはあれだけ美しい姿を地上に示し続けながら決して誰のものにもならず、いつだって無慈悲だ。そして、だからこそ決して手に入れることの出来ない美しさに魅せられた人間は時に空を見上げながら涙を流すのだ。
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