ディズニーの「ファンタジア」に大きな影響を受けた故・手塚先生。
実写とアニメの融合で「展覧会の絵」を制作して発表したが、
一部では不評だったとか。
「なんでぇ、実写が背景になってるじゃん」とか言われた・・・。
司会の国崎氏が「今でもアニメ好きは厳しいですからねぇ」と語ると
場内から小さな笑いが起きる。
負けず嫌いな手塚先生は全編アニメを計画したとか・・・。

漫画のアトムとジャングル大帝、そしてアニメ版も好調だった虫プロには
勢いがあり、スケジュールもタイトだったが「なんとか行けるだろう」と
芸術アニメにも進出。
出版社の編集が待ってる中を冨田先生は手塚部屋へ進み、他の人が
10分くらいの持ち時間なのに、「17分」という打ち合わせ時間が
与えられていたんだそうな。
「17」という中途半端な時間設定に客席から笑いが起きる。
ジャングル大帝の劇伴イメージを、やっぱりクラシックの有名曲を
出しながら「こんなイメージで」と説明したという手塚先生。
※この人も黒澤明タイプだ・・・
とうとう手塚先生がピアノを弾き始めて、時間は40分を越え・・・
なんてエピソードが楽しい。
「子煩悩な人だったよね、よく『子供が誕生日で』とか仰ってましたよ」と言われ
「いや・・・、余り何かして貰った覚えは無いですねぇ。そういって遊びに抜け出してたのでは?」と返答する手塚るみ子さん。
貪欲な天才だった手塚先生は何でもやりたがる人で
冨田先生は「手塚旋風の巻き添えを食らった形だった。大変な目に遭った」とコメント。
「しかし、妙な幸せ感があった」とも続けた。
故・立川談志師匠をして「ダヴィンチと並ぶ天才」と称された手塚先生。
何でも手を出して周囲を引っ掻き回すのも似ています。
※「最後の晩餐」なんて、ダヴィンチが目新しい画材に飛びついたせいで、
後年の技術者までが修復に手間取らされてるじゃないか・・・。
しかし、談志師匠も冨田先生も「子供向け」なんて言われてた当時の
マンガにも、しっかりアンテナ伸ばしてたんだなぁ。
・・・というか、意識しなくても才能が呼応してたんだろうな。
結果、シンセサイザーを始めたあとも、しっかり手塚イズムの影響を
受け続けていたという富田先生。
シリアスなシーンでも、ユーモラス。
ヒョウタンツギのイメージも登場する。



そして曲は「サミュエル・ゴールデンベルグとシュミュイレ」。
ムソルグスキーが亡くなった友人ハルトマンの絵画にインスパイアされて作った曲。
2名のユダヤ人を描いた絵画をさして、冨田勲さんは
「お金を持ってるほうがコソコソしてる」と更なるイメージを付加。
ユダヤの金持ち。横柄だけど、隠そうとしちゃう。

冨田さんは「(手塚キャラの)ハムエッグだよね」とコメント。
1997版のアニメ映画「ジャングル大帝」では宝に目が眩み、
独り占めしようと醜態を晒したハム・エッグ。
その「人間の業の体現」を声で強烈に演じたのは談志師匠。
落語「黄金餅」では、
余命も身よりも無い坊主・西念が、貯めこんだ銭を他人に奪われてなるかと
餅で包んで飲み込んでしまう場面があったが
これを天下一品の演出で高座に掛けていた談志師匠。
ハム・エッグの強欲さ、人間の欲を描いたシーンを、盟友・手塚先生のため
渾身の演技を見せてくれた。
既に手塚先生は亡くなり、ディズニーがアニメ映画「ライオンキング」で
莫大な興行収入を得た直後
「ほとんどジャングル大帝じゃないか!」と多くの漫画ファンは声を上げた。
虫プロは回答として(?)平成版の「ジャングル大帝」を制作した。
そういう背景のなか、談志師匠が声で熱演したハム・エッグに、
冨田先生も“強欲の象徴”として注目していたとすると、
両者のファンからすると感慨深いものがあります。

そして
「殻を付けたひなの踊り」に出てくる猫は「赤塚不二夫のチョコザイなネコ」の
イメージ。
う~ん、日本国内の漫画イメージをシンセ音楽に盛り込んで、米ビルボード・
クラシック部門でトップ獲っちゃったのか。
すげぇなぁ・・・。
冨田勲センセイ曰く「手塚旋風に巻き込まれたけど、転んでもただでは起きない(笑)」
曲は続き(組曲ですから)
箒にまたがって空を飛ぶバーバーヤーガ。鍵鼻の魔女。
そして
エンディングは、ロシア正教の賛美歌合唱のような荘厳な音。

キエフの大きな門。
新ジャケットの夜明けのような、朝の海、空。そしてダリのイメージ。
「演奏するというより、ある音を発生させ、重ねていく」
最後から撮って、オープニングは後で撮って、後で編集したりする。
「アニメは、そんな作り方が当たり前だったが、音楽ではなかなか認められなかった」と語る冨田先生。
いまネット上にUPされる楽曲は自由だ。作曲においても、完成に至る経緯においても。
※私自身はミクさん関連の楽曲に当初は違和感を覚えたが、慣れたら魅力の虜に
なりました・・・
その自由を肯定的に語る冨田先生。
そうなんだよな、「いまの若い奴らは」とか否定的には言わないんだよな。
むしろ「とても楽しみです」「面白い時代になってきた」と笑顔で語る冨田先生。
その感覚は60~70年代から先鋭的だったし、だからこそ「手塚」と呼応したんだよな。
手塚るみ子さんは、
「冨田さんがコンピューターで音楽を作ると聞いて・・・、当時はシンセなんて
言葉は普及していなかったですからね、凄い興味を示してましたよ」と
冨田先生に語りかける。
・・・とはいえ
そのコメントを受けて「でも手塚先生は、やっぱり生で演奏される交響曲が
お好きだったですけどね」と発言し
我々を「オヨヨ・・・」とさせる冨田先生。やっぱ面白い人だ。
曲の再生や停止のたび、眼鏡を重ね掛けしてノートPCを操作する富田先生。
NHKのドキュメントでイーハトーヴの譜面を書かれるシーンがあったけど。
あの時も凄かったな。
眼鏡が何種類も置いてあったし。
「手書きの譜面じゃないと音が頭のなかで出てこない。50才までは大丈夫だったけど」
「テープも何処に何が入っているか昔は記憶していた。今はダメだね、もう」などと
仰るが、いやいや80才過ぎてフルスコア書かれてるだけで驚異的で御座いますよ…。
イーハトーヴ交響曲初演アンコールで「リボンの騎士」を初音ミクに歌わせた話。

冨田先生は「又三郎」にも中性的なイメージを描いていて、そのイメージにミクは合っていた。
リボンの騎士も、そういうキャラクターだから・・・と説明。
モニターにイーハトーヴのブルーレイ映像が流れる。また私は感激して泣く。
「手塚が生きていたら悔しがったろうし『また冨田さんと一緒にやりたい』と
言っていただろう」とコメントする手塚るみ子さん。
「昔は手塚旋風に引っ張りまわされたが、今度は『冨田旋風』で皆を引っ張り回す
ことになった」と語る冨田先生。
でも必要な事だったと、表現の将来に取って大事なプロジェクトだから
若いクリエイターたちも皆応えてくれた・・・とも。
「父があっちで呼んでも誘れないでください」と手塚るみ子さんにお願いされるも、
「こればっかりは自分じゃ決められない。まぁ、元は宇宙の塵だった身体ですから・・・」と答える冨田先生。
~それでも、「まだやりたい事がある気がします」と嬉しい事も言ってくれた。
手塚るみ子さんも、手塚治虫ファンだった大物ミュージシャンの楽曲発掘を
企画されてるのだとか。
お二人の今後の話が出てきたところでイベント終了。
なぜか冨田先生のPCシャットダウンに時間が掛かっている。
OSがウィンドウズXPなんだそうな。
「ネットには繋いでませんから」と説明する冨田先生。
こんなトコにもXP問題(?)が・・・。
出口で販売してた「イーハトーヴ」Tシャツを購入して帰途についた。
贅沢な夜だった。
実写とアニメの融合で「展覧会の絵」を制作して発表したが、
一部では不評だったとか。
「なんでぇ、実写が背景になってるじゃん」とか言われた・・・。
司会の国崎氏が「今でもアニメ好きは厳しいですからねぇ」と語ると
場内から小さな笑いが起きる。
負けず嫌いな手塚先生は全編アニメを計画したとか・・・。

漫画のアトムとジャングル大帝、そしてアニメ版も好調だった虫プロには
勢いがあり、スケジュールもタイトだったが「なんとか行けるだろう」と
芸術アニメにも進出。
出版社の編集が待ってる中を冨田先生は手塚部屋へ進み、他の人が
10分くらいの持ち時間なのに、「17分」という打ち合わせ時間が
与えられていたんだそうな。
「17」という中途半端な時間設定に客席から笑いが起きる。
ジャングル大帝の劇伴イメージを、やっぱりクラシックの有名曲を
出しながら「こんなイメージで」と説明したという手塚先生。
※この人も黒澤明タイプだ・・・
とうとう手塚先生がピアノを弾き始めて、時間は40分を越え・・・
なんてエピソードが楽しい。
「子煩悩な人だったよね、よく『子供が誕生日で』とか仰ってましたよ」と言われ
「いや・・・、余り何かして貰った覚えは無いですねぇ。そういって遊びに抜け出してたのでは?」と返答する手塚るみ子さん。
貪欲な天才だった手塚先生は何でもやりたがる人で
冨田先生は「手塚旋風の巻き添えを食らった形だった。大変な目に遭った」とコメント。
「しかし、妙な幸せ感があった」とも続けた。
故・立川談志師匠をして「ダヴィンチと並ぶ天才」と称された手塚先生。
何でも手を出して周囲を引っ掻き回すのも似ています。
※「最後の晩餐」なんて、ダヴィンチが目新しい画材に飛びついたせいで、
後年の技術者までが修復に手間取らされてるじゃないか・・・。
しかし、談志師匠も冨田先生も「子供向け」なんて言われてた当時の
マンガにも、しっかりアンテナ伸ばしてたんだなぁ。
・・・というか、意識しなくても才能が呼応してたんだろうな。
結果、シンセサイザーを始めたあとも、しっかり手塚イズムの影響を
受け続けていたという富田先生。
シリアスなシーンでも、ユーモラス。
ヒョウタンツギのイメージも登場する。



そして曲は「サミュエル・ゴールデンベルグとシュミュイレ」。
ムソルグスキーが亡くなった友人ハルトマンの絵画にインスパイアされて作った曲。
2名のユダヤ人を描いた絵画をさして、冨田勲さんは
「お金を持ってるほうがコソコソしてる」と更なるイメージを付加。
ユダヤの金持ち。横柄だけど、隠そうとしちゃう。

冨田さんは「(手塚キャラの)ハムエッグだよね」とコメント。
1997版のアニメ映画「ジャングル大帝」では宝に目が眩み、
独り占めしようと醜態を晒したハム・エッグ。
その「人間の業の体現」を声で強烈に演じたのは談志師匠。
落語「黄金餅」では、
余命も身よりも無い坊主・西念が、貯めこんだ銭を他人に奪われてなるかと
餅で包んで飲み込んでしまう場面があったが
これを天下一品の演出で高座に掛けていた談志師匠。
ハム・エッグの強欲さ、人間の欲を描いたシーンを、盟友・手塚先生のため
渾身の演技を見せてくれた。
既に手塚先生は亡くなり、ディズニーがアニメ映画「ライオンキング」で
莫大な興行収入を得た直後
「ほとんどジャングル大帝じゃないか!」と多くの漫画ファンは声を上げた。
虫プロは回答として(?)平成版の「ジャングル大帝」を制作した。
そういう背景のなか、談志師匠が声で熱演したハム・エッグに、
冨田先生も“強欲の象徴”として注目していたとすると、
両者のファンからすると感慨深いものがあります。

そして
「殻を付けたひなの踊り」に出てくる猫は「赤塚不二夫のチョコザイなネコ」の
イメージ。
う~ん、日本国内の漫画イメージをシンセ音楽に盛り込んで、米ビルボード・
クラシック部門でトップ獲っちゃったのか。
すげぇなぁ・・・。
冨田勲センセイ曰く「手塚旋風に巻き込まれたけど、転んでもただでは起きない(笑)」
曲は続き(組曲ですから)
箒にまたがって空を飛ぶバーバーヤーガ。鍵鼻の魔女。
そして
エンディングは、ロシア正教の賛美歌合唱のような荘厳な音。

キエフの大きな門。
新ジャケットの夜明けのような、朝の海、空。そしてダリのイメージ。
「演奏するというより、ある音を発生させ、重ねていく」
最後から撮って、オープニングは後で撮って、後で編集したりする。
「アニメは、そんな作り方が当たり前だったが、音楽ではなかなか認められなかった」と語る冨田先生。
いまネット上にUPされる楽曲は自由だ。作曲においても、完成に至る経緯においても。
※私自身はミクさん関連の楽曲に当初は違和感を覚えたが、慣れたら魅力の虜に
なりました・・・
その自由を肯定的に語る冨田先生。
そうなんだよな、「いまの若い奴らは」とか否定的には言わないんだよな。
むしろ「とても楽しみです」「面白い時代になってきた」と笑顔で語る冨田先生。
その感覚は60~70年代から先鋭的だったし、だからこそ「手塚」と呼応したんだよな。
手塚るみ子さんは、
「冨田さんがコンピューターで音楽を作ると聞いて・・・、当時はシンセなんて
言葉は普及していなかったですからね、凄い興味を示してましたよ」と
冨田先生に語りかける。
・・・とはいえ
そのコメントを受けて「でも手塚先生は、やっぱり生で演奏される交響曲が
お好きだったですけどね」と発言し
我々を「オヨヨ・・・」とさせる冨田先生。やっぱ面白い人だ。
曲の再生や停止のたび、眼鏡を重ね掛けしてノートPCを操作する富田先生。
NHKのドキュメントでイーハトーヴの譜面を書かれるシーンがあったけど。
あの時も凄かったな。
眼鏡が何種類も置いてあったし。
「手書きの譜面じゃないと音が頭のなかで出てこない。50才までは大丈夫だったけど」
「テープも何処に何が入っているか昔は記憶していた。今はダメだね、もう」などと
仰るが、いやいや80才過ぎてフルスコア書かれてるだけで驚異的で御座いますよ…。
イーハトーヴ交響曲初演アンコールで「リボンの騎士」を初音ミクに歌わせた話。

冨田先生は「又三郎」にも中性的なイメージを描いていて、そのイメージにミクは合っていた。
リボンの騎士も、そういうキャラクターだから・・・と説明。
モニターにイーハトーヴのブルーレイ映像が流れる。また私は感激して泣く。
「手塚が生きていたら悔しがったろうし『また冨田さんと一緒にやりたい』と
言っていただろう」とコメントする手塚るみ子さん。
「昔は手塚旋風に引っ張りまわされたが、今度は『冨田旋風』で皆を引っ張り回す
ことになった」と語る冨田先生。
でも必要な事だったと、表現の将来に取って大事なプロジェクトだから
若いクリエイターたちも皆応えてくれた・・・とも。
「父があっちで呼んでも誘れないでください」と手塚るみ子さんにお願いされるも、
「こればっかりは自分じゃ決められない。まぁ、元は宇宙の塵だった身体ですから・・・」と答える冨田先生。
~それでも、「まだやりたい事がある気がします」と嬉しい事も言ってくれた。
手塚るみ子さんも、手塚治虫ファンだった大物ミュージシャンの楽曲発掘を
企画されてるのだとか。
お二人の今後の話が出てきたところでイベント終了。
なぜか冨田先生のPCシャットダウンに時間が掛かっている。
OSがウィンドウズXPなんだそうな。
「ネットには繋いでませんから」と説明する冨田先生。
こんなトコにもXP問題(?)が・・・。
出口で販売してた「イーハトーヴ」Tシャツを購入して帰途についた。
贅沢な夜だった。