履 歴 稿 紫 影子
北海道似湾編
似湾沢 9の3
「さぁ、これから愈々ヤマベ釣りだぞ、だけど餌を取らなきゃならんな。」と言って保君は、橋下の岸一面に生えて居る蕗を引抜いては、其処から蚯蚓を、一匹二匹と摘み出して居た。
「オイ保、俺達の分も取ってくれよ。」と橋上から浩治少年が叫ぶと、「うん、よっしゃ。」と保君が答えたので、浩治少年と私達兄弟はその儘橋上で休んで居た。
それは10分程の時間であったと思うが、蕗の葉に蚯蚓を十匹程づつ包んだ物を四個持った保君が、橋上へ帰って来た。
愈々私達四人は、沢に降りて釣り始めたのだが、浩治少年と保君の二人は、糸を垂れる毎に次々 の 面白そうにヤマベを釣り上げて居たのだが、ヤマベ釣りの呼吸と技術を全然知らない私達兄弟の針には雑魚ばかりで、ヤマベと言う魚は一尾も釣れなかった。
沢の水は、三米程の幅で流れて居て、その中央では私の膝頭位までの深さであったのだが、沢の曲がる所や、風倒木が沢を横断して居る所は、水の瀬が其処を溜りにして、私達少年の身丈では足りない程に深かった。
兄は熱心に糸を垂れて飽かずに雑魚を釣り上げていたが、私はヤマベが一尾も釣れないので、”つまらないなぁ”という気持ちもあったが、「ヨシ、あれ達の釣方を一つ見てやれ。」と思ったので、沢に垂れて居た釣り糸を揚げて、しばらくの間保君と浩治少年が釣って居る側に寄って、彼等の呼吸や技巧を見て歩いた。
私達兄弟は、あまり流れの影響が無いよどんだ溜に、餌をつけた釣針を底へ沈めて釣って居たのだが、彼等二人のそれは、餌のついた釣針を瀬の上流へ投げて浮かした儘で流して居ると、その餌にヤマベが跳ねて釣れて居るのであった。
私はなおも、しばらくの間その二人について歩いたのだが、彼等が浮して流す蚯蚓の餌に、ピチャと音をたてて飛びつく一瞬を巧に捕えて、サッと十糎程釣糸を弛めたかと思うと、ピョンと釣竿の尖端が十糎程跳ねあがるスピードで弛めた糸を張ってから、静かに竿をあげると、その釣針には美しい模様をつけたヤマベが、必ずと言って良いほどぶらさがって居て、ピチピチ跳ねて居た。
私は彼等のそうした要領を熱心に見て居たのだが、「よし、彼等のあの呼吸と要領で俺もやって見よう」と思ったので、相も変らずよどんだ溜で雑魚を釣って居る兄の側へ歩み寄って、その一切の話をした、すると「そうか、そうして釣るのか、よし、それなら俺達もこれからやって見ようじゃないか。」と兄が言ったので、私も再び釣糸を垂らして彼等と同じ要領で釣り始めたのだが私達兄弟には、彼等のように百発百中と言う訳にはいかなかった。
ヤマベと言う魚は、歩きながら釣るものであったから、私達四人も上流へ上流へと歩いた。