ベッラのブログ   soprano lirico spinto Bella Cantabile  ♪ ♫

時事問題を中心にブログを書く日々です。
イタリアオペラのソプラノで趣味は読書(歴女のハシクレ)です。日本が大好き。

リスト作曲『ハンガリー狂詩曲 第2番』カラヤン指揮

2015年03月29日 | 器楽曲
  
Liszt Hungarian Rhapsody No 2 Herbert von Karjan


★ 祖国を想い、リストはハンガリーの伝統的な音楽を取り入れてこの見事な音楽を書いた。
  「遠くに耳を傾け遠くを見る目」で書かれているような、重々しくもファンタジックな音楽である。フィナーレは有名な「クシコスポスト」の旋律、多分、舞曲と思われるが・・・。
この曲を聴いては行ったこともないハンガリーの地、また有名なトカイワインを想ったりして
しばし感慨の時間である。
リストは外国で生涯を過ごした。同じようにポーランドのショパンも外国で生涯を過ごすがその音楽は祖国の伝統的なポロネーズやマズルカが溢れてた。



・・・戦前戦中の最高のワーグナー歌手、ソプラノのフラグスタートの自伝を取り寄せている。明後日には届くと思うが、その全盛期の時代のことも書かれているだろう。ものごとにはいろんなことが絡み合っているものだ。

★ rimrom789さま、この曲の中に乾いた砂嵐のようなものを感じるのです・・・。

★ >「次世代の党」は越冬を終え再び芽吹きの時ですね!・・・蛙さまからのコメント、嬉しかった!! ありがとうございます。

コメント (2)
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Claudio Abbado "Hungarian Dance No 1" Brahms

2015年02月08日 | 器楽曲

Claudio Abbado "Hungarian Dance No 1" Brahms

イタリアの指揮者、クラウディオ・アッバード。
  ブラームスの『ハンガリー舞曲 第一番』


★  佐伯啓思教授『学問の力』(ちくま文庫)を読んでいた。
  そのなかで感動を得た言葉


 ・結局、われわれは文化の語法の中で生きている。そして知識は、読んだとか読んでいないという次元とは違うレべルで、さまざまな経験の積み重ねの中で刷り込まれるかのように、われわれのなかの無意識のレベルに蓄積されていくものである、と。
それが、さきほどの感受性といった問題につながってくるのです。

・あらゆる人が普遍的に実現すべき至上の価値だと考えるのではなくて、多くの人がそのなかで生活していくための基本的な枠組みだと考える。
自由や民主主義は、それによって、人々が共同して何か優れたものを作り出し、できるだけ良い生活をするための条件なのです。

・しかも、自由や民主主義は、普遍的な価値という言葉で表現されるのではなくて、自由や民主主義にあたるものはそれぞれの文化のなかで、あるいはそれぞれの社会の歴史や形式のなかで表現されるものであると考える。

・こう考えると、その社会がもっている文化的な遺産やらその社会がもっている古典のなかに、われわれの生き方や規範についての重要なヒントがあるだろうと思えるのです。
伝統とか習慣に対する敬意がどの社会にでもある。
どんなに伝統を失い、習慣が攻撃され破棄されている社会でも、最低限の伝統や習慣は必ずあります。ほとんどは無意識のうちにそれに従っているので、あまり意識されないだけです。

・こういうものに対する敬意を、私は『自由とは何か』という本の中で「義」と表現しました。
ある社会が歴史的に大事に保持してきた価値に敬意を表して、そういう価値に対して、自分を
投げ出すという態度を「義」としたのです。
この「義」というのは、あらゆる社会にあるはずなのです。(以上、佐伯教授)


★ クラウディオ・アッバードのドイツ音楽の指揮は、「イタリア語」のように聴こえるのです。

オペラや声楽曲のように「歌詞」はありませんが、これは「文化の語法」でしょう。
無意識でしょうけれど。
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巨匠ルービンスタイン、リスト「愛の夢」を弾く、そしてホロヴィッツ。

2014年08月29日 | 器楽曲
 
Artur Rubinstein plays Liebestraum Liszt (HQ - High Quality)


リスト作曲「愛の夢」、巨匠ルービンスタインのピアノは練習とか努力などで会得したものでない音楽の言葉がその演奏に満ち溢れる。
呼吸のような自然なルバート、鍵盤上のためらいのようなフレージングの美しさと揺れは
今のピアニストにはほとんど求め得ない19世紀の香りがする。

「マエストロ(先生)はどのようなお気持ちでピアノを演奏なさるのでしょうか」という問いに
「美しい乙女の髪をなでるように」と笑って語ったルービンスタインは、若いころ、
なかなか演奏の依頼がなかった。
貧しい生活で、時々公園に寝起きしていた。

「ルービンスタインさん、演奏会ですよ、さあ、いそいで」マネージャーが、公園に寝ているルービンスタイン青年を呼びに来たという。

「ピアノの練習はいつなさるのですか」という問いに「もちろん演奏会で」と恐ろしい
答え、演奏会で練習? ある時は次の演奏会に移動のとき、新曲を列車の中で楽譜を見ただけで覚えた
というのだから、もう誰も太刀打ちできない。

ただ、ホロヴィッツを除いて・・・。

ホロヴィッツとは違うタイプの巨匠だった。

ホロヴィッツはどのような演奏をしたか、それは聴衆の心を高め、時には涙するような
暖かさ、そして時には雷鳴のような激しさ、

どちらも亡命してアメリカに住んだ。
では、ホロヴィッツのリストを。「コンソレーション(慰め)」、アンコールでシューベルトの「楽興の時」、そしてモシュコフスキの
「火花」を弾いている。
Liszt:Consolation No.3 in D flat major


ホロビッツというとこの曲、何度もわがブログに登場したけれどどうぞお聴きください。
ロシアの作曲家、スクリャービンのエチュードです。

Vladimir Horowitz Playing Scriabin 12 Etudes Op.8 No.12



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Vadim Repin Plays Tchaikovsky : Sentimental Waltz

2014年07月10日 | 器楽曲
  
Vadim Repin Plays Tchaikovsky : Sentimental Waltz

★ レーピンが弾くチャイコフスキー「感傷的なワルツ」

現代最高峰のヴァイオリニスト、レーピンは「オイストラッフの再来」と絶賛され、そのおおらかなスケールと絶妙なフレージング、底なしと思えるほどのドラマティックな表現力で魅了する。

これは演奏会のプログラム終了後のアンコールで、短い曲だが、レーピンが弾くと忘れ得ぬ感動、もはやレーピンは20世紀前半から中葉のハイフェッツ、オイストラッフに並ぶ名ヴァイオリニストになったのではないかと思う。
使用楽器はハイフェッツと同じグアルネリ・デル・ジェス。(華麗なストラディバリに比べ、グアルネリ・デル・ジェスは強靭な響きを持つ)

現代の多くのヴァイオリニストは緻密で完璧な演奏、ある意味で機械的な演奏をする人が多いが、レーピンは
聴き手の心をとらえ、かつての巨匠だけが持っていたような鷹揚さがある。

顔が横綱の白鵬に似ているように思う。



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1940年、リヒャルト・シュトラウス作曲の皇紀2600年祝典曲

2014年06月17日 | 器楽曲
 
Richard Strauss "Japanische Festmusik"(Japanese Festival Music)


Richard Strauss conducts his "Japanische Festmusik, op.84"
Festival music to celebrate the 2600 anniversary of the Japanese Empire
Bayerisches Staatsorchester
Richard Strauss, conductor
München 1940
曲は「海の風景」「桜祭」「火山の噴火」「侍の攻撃」「天皇賛歌」という標題音楽になっている。



★ 皇紀2600年を祝い、昭和天皇に捧げられた曲、

  リヒャルト・シュトラウスが作曲。
  この演奏はバイエルン交響楽団、リヒャルト・シュトラウス自身の指揮

日本から謝礼と記念品が贈られたが、その船が撃沈され届かなかった。
リヒャルト・シュトラウスは「お寺の鐘がほしい」と言ってそれを贈ると大喜びだった。

(リヒャルト・シュトラウスは「ワルツ王」のシュトラウス父子ではありません。)

ワーグナーの系統を受け継ぐ偉大な作曲家で、交響詩「ドン・ファン」「英雄の生涯」「ドン・キホーテ」や
オペラ「ばらの騎士」「アラベラ」「サロメ」「エジプトのヘレナ」「影のない女」「エレクトラ」など不朽の名作が多くある。

彼はドイツ政権のナチスの音楽局総裁になったが、親戚にユダヤ系がおり、かばうためであったといわれている。
しかし、ナチスのユダヤ迫害は音楽にも向けられ、多くのユダヤ系の音楽家が迫害され、
メンデルスゾーンにかわる名曲を作曲するように命じられた。
彼はおおいに怒り、ナチス当局と激しく対立、1935年にナチスの音楽局総裁辞任。

この曲はその5年後の1940年に作曲。
2014年4月にNHK交響楽団によって再演された。


★ これはリヒャルト・シュトラウスの代表的なオペラ『ばらの騎士』

[HD] Presentation of the Rose - Jurinac & Rothenberger


1960年、カラヤンが指揮、日本にはウイーンでの実況が記録映画になって伝えられた。
少年の貴族オクタヴィアンは美貌の誉れ高い年上の元帥夫人に恋をしていたが、元帥夫人は若いオクタヴィアンはやがて若い娘に恋をするであろうとさとしながら、元帥夫人の親戚の男性が婚約したというので、オクタヴィアンを使いとして「銀のばら」を届けさせる。

そこには美しい乙女、ゾフィーがいて、その可憐さにオクタヴィアンは美しい元帥夫人への恋心を忘れ、ゾフィーに心を奪われてしまう。
ゾフィーの婚約相手はなんと礼儀知らずの田舎貴族であった。ゾフィーは嫌悪し、オクタヴィアンは彼女に同情する。
若いふたりはお互いにひとめぼれするのであった。

このオペラは素晴らしく、この映像は世界を魅了した。オクタヴィアンをセーナ・ユリナッチ、ゾフィーをアンネリーゼ・ローテンベルガー、
元帥夫人をエリーザベト・シュヴァルツコプフが歌った。(元帥夫人はこの場には登場しない)

ではこのオペラのフィナーレを。
伝説的な名歌手シュヴァルツコプフの元帥夫人、そして若い恋人たちオクタヴィアンとゾフイー、シュヴァルツコプフの元帥夫人は、やがて来る老いを予感、宿命を受け入れながら若い恋人たちを祝福します。この演奏を超えるものはなかなかありません。

[HD] Der Rosenkavalier Final Trio - Schwarzkopf, Jurinac, Rothenberger


★ 先日、デパートでトルコから絨毯や食器、香水を売りにきていたので、「あ、これはペルシャの香水ですね。リヒャルト・シュトラウス
のオペラの『ばらの騎士』で結納の銀のばらに、ペルシャの香水をかけています、というセリフがありますね。
こんな香りだったのですね」と言うと、トルコのかたは「そうなんです。しあわせの香りです」と説明された。

ちょっときつい香りだったので、買わなかったのだけれど、4000円だった。
オペラの名場面を思い起こして帰宅した。
 

コメント (9)
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