5月19日から21日までの3日間、G7サミットが広島で開かれた。サミット開催までの数週間、中国が外交力を総動員してあらゆる「妨害工作」の中身と結果は本稿の前編「最後はなりふり構わず八つ当たり、中国のG7妨害外交の挫折」で解説した通りだ。こうした中で広島サミットは「対中国」問題でどのような成果を挙げ、そしてどのような共同方針を打ち出したのか。
G7首脳宣言、出だしは対中融和だが
3日間における会議日程中には実際、3つの重要会議が開催された。19日と20日連続のG7首脳会議、20日開催のQUAD(日米豪印)首脳会議、21日のG7首脳と招待国首脳との合同会議、である。
まずはG7首脳宣言の中国に関する部分について、そのいくつかの重要段落の原文を抜粋しながら一つずつ吟味していく。
筆者の私にとって結構意外だったのは、首脳宣言は中国に関する部分では冒頭から、「中国と建設的かつ安定的な関係を構築する用意がある」と述べ、「中国と協力する必要がある」と表明した点である。
それは、今までのG7首脳宣言よりも対中国的にはむしろ温和的であって、かつ「友好的」な姿勢ではないのかと思わざるを得ないが、よく考えてみれば、こうなったことの原因はおそらく以下の3つであると思う。
1)中国が事前に行った欧州取り込み工作の効果もあって、EU全体の対中国姿勢は日米英のそれとは温度差が生じてきて、それが首脳宣言に反映されているのであろう。実際、欧州連合のミシェル大統領は19日に広島市で記者団に対し、中国との「安定的かつ建設的」な協力を維持することがEUにとって利益になるとの見解を示したが、彼の言葉はそのまま首脳宣言に盛り込まれている格好である。
2)ウクライナ戦争が最重要な局面を迎える中で、欧州を含む欧米全体としてはやはり、中国を完全に敵視することでロシアへの全面支援に習近平を走らせたくはない。当分の間、中国が最後の一線を踏み外さないように習近平を繋ぎ止める必要がある。
1)と2)は密接に関係しており、欧州の「対中国柔軟姿勢」にも当然、中国を追い詰めすぎると、習近平が完全にロシア側に立つのではないかとの心配があったのであろう。
そして3)の要因としては、実際問題として気候変動への対応や貿易などの面で、欧米は確かに中国からの「協力」を必要としており、中国との完全な切り離しは当分の間は無理であることはあげられる。
台湾問題では明確な態度
以上のような3つの要因があって、G7サミットの首脳宣言は対中国の部分ではかなりの融和姿勢となっている。しかし、広範囲な安全保障の問題になると、首脳宣言はむしろ、中国に対してまさに敵対的な厳しい姿勢を示している。
まずは南シナ海で推進されている中国の拡張戦略に対し、首脳宣言は、「南シナ海における中国の拡張的な海洋権益に関する主張には法的根拠かない」とし、この海域に対する中国の領海・領土主張を完全に否定した上、「我々は、力又は威圧によるいかなる一方的な現状変更の試みにも強く反対する」と非常に強い口調で中国に警告を発している。
そして台湾問題に関し、「我々は、国際社会の安全と繁栄に不可欠な台湾海峡の平和と安定の重要性を再確認する。台湾に関するG7メンバーの基本的な立場に変更はない。」と述べた。
それは「台湾問題は中国の内政問題である」という中国の主張を一蹴した上、「台湾有事はすなわち世界有事」の認識において、「台湾海峡の平和と安定」を犯すような行動を許さないG7従来の立場を再宣言したものだが、G7サミットはこれを持って、習近平政権の企む台湾併合戦争を強く牽制しながら、台湾問題に関する4月の「マクロン問題発言」で隙間が生じた西側の結束を再び固めてそれを誇示した。
一致団結して中国に対抗
それ以外にも首脳宣言は、新疆・チベットで行われている強制労働やその他の人権侵害問題に言及し懸念を表明し、香港の自治権を保障している英中共同声明の遵守を中国に求めた。
そして恒例の首脳宣言以外に、広島サミットはまた「経済的強靭性及び経済安全保障に関するG7首脳声明」を出した。中国を念頭に「経済的威圧対抗する」方針を打ち出して、そのための枠組み創設に合意した。
こうして広島サミットは、総論的に中国との「建設的かつ安定した関係の構築」を唱えながらも、経済安全保障を含めた安全保障の各分野に関する各論ではむしろ中国の拡張・威圧・侵略的行動に対する厳しい姿勢を示し、G7としては一致団結して中国に対抗していく強い決意を表明した。
それに加えて、20日に開かれたQUAD首脳会議の共同声明でも中国を念頭に「海洋秩序に対する挑戦に対抗する」と表明し、「力や威圧により現状変更を試みる一方的な行動に強く反対する」と明記した。
以上のように、3期目の習近平政権下で台湾有事の危機が迫ってきているなかで、「広島」を舞台にして展開されていたのは、西側主要国による中国包囲網の再確認と再結集であり、中国に対する大いなる抑止力の再構築でもある。
従って筆者としては広島サミットを「対中国」の面で高く評価したいところであるが、その一方、サミットの結果に対する中国側の反応もまた、広島サミットがかなり成功していることの証左である。
中国の反応がG7の成功を物語っている
首脳宣言が発表された20日の晩、中国外務省は記者からの質問に答えた形で報道官談話を発表した。それは冒頭から「G7は中国側の重大な懸念をかえりみず、中国を中傷、攻撃し、中国の内政に乱暴に干渉した。これに強烈な不満と断固反対を表明する」と、かなり激しい言葉を使っての猛反発である。中国側はさらに、議長国の日本などに厳重な申し入れを行ったという。
報道官談話は台湾問題にも触れて「台湾中国の台湾だ。中国人民が国家の主権と領土の一体性を守る強い決意と固い意志、強大な能力を過小評価すべきでない」と強い口調で中国の立場を表明し、チベット問題や新疆問題などに関しても「それは中国の内政」とした上で首脳宣言からの批判にいちいち反論した。
東シナ海と南シナ海紛争については「関係諸国の関係を離間させ、対立を作り出そうとしている」とG7を批判した。そして「経済的威圧」については「米国こそ経済的威圧の真犯人、G7諸国が(米国による)経済的威圧の加担者にならないように」との警告話発したのである。
このようにして中国外務省はG7首脳宣言の行った中国批判や中国牽制の全てに対していちいち激しく反発・批判する一方、首脳宣言が送った「中国と建設的かつ安定した関係を構築したい」との積極的なメーセッジを完全無視して、G7との全面的な対決姿勢を示した。
こうした激しい反応の背後には、習近平政権がいかなる「外圧」にも屈しないという姿勢を国内向けにアピールする思惑がある一方、G7首脳宣言の内容は中国にとってかなりの外交的ダメージとなっていることも彼らの猛反発を惹き出した要因の一つであろう。つまり、G7首脳宣言は、対中国的にはパンチがかなり効いている、というわけである。
岸田、媚中マクロンを抑え込む
21日、中国の孫衛東外務次官は、日本の垂秀夫駐中国大使を呼び出し、G7広島サミットで中国や台湾の問題が取り上げられたことについて「強烈な不満と断固たる反対」を表明した。孫氏はさらに、日本がG7議長国として一連の会談や声明で「関係国とともに中国を攻撃し、中国の内政に粗暴に干渉した」と批判したのである。
両国間の問題についてではなく、日本で開かれる国際会議について中国外務省が日本大使を呼び出して抗議するのは異例中の異例だが、要するに中国政府は議長国の日本と日本の岸田首相こそがG7における「中国叩き」と中国包囲網構築の首謀者と中心的「実行犯」であると認定し、「一番悪いのは日本だ」との認識であることは分かった。
そしてそのことは逆に、議長国の日本と岸田文雄首相がG7諸国の対中姿勢を統一させたことに主導的な役割を果たしていることの証左でもある。フランス紙フィガロによると、首脳声明の中国をめぐる文言で「マクロン大統領は抑えた表現にしようとした」が、中国の脅威に直面する日本は「フランスの立場を理解しなかった」という。それが事実ならば、要するに岸田首相は議長国の首相としてマクロン大統領の過度な「対中宥和論」を押さえ込んでG7の対中姿勢をまとめた訳であって、まさに「岸田、Good jop!」である。
世界の中心から中国を締め出す
首脳宣言などのG7成果文書をまとめた以外に、議長国の日本と岸田首相はもう1つ、中国にとって大変なダメージとなるような状況を作り出した。それはすなわち、通常のG7メンバー国首脳以外に、インド・豪州・韓国・ベトナムなどの8ヵ国の首脳をG7サミットに招待したことである。
メンバー外の国々の招待は当然、議長国日本の特権で実現できた訳であるが、このことの意義は決して小さくはない。世界のGDPトップ10ヵ国のうち、中国以外の各国の首脳が広島に一堂に集まってくることは日本の国際的影響力の増大に寄与すると同時に、G7自体の重みも増すこととなろう。
各招待国の中国との関連性がさまざまであるが、インド・ベトナム・インドネシア・韓国など、中国と深い関係性を持ちながら中国と対立したり中国を警戒したりもしている。こういった国々を西側の「対中国共同戦線」に徐々に引き寄せてくることは一種の「大戦略」とも言うべきものであって、中国包囲網のより一層の拡大につながる可能性を潜めている。
そして何よりも特筆すべきなのは、議長国の日本が中国のライバルでもあるインドやベトナムなどの首脳をサミットに招待しておきながら、世界第2の経済大国で主要国のはずの中国を招待しなかったことである。
この行動は明らかに、世界の方向性を決めるG7中心の国際的枠組みから中国を排除するためであって、中国の孤立化を図るものであろう。少なくとも今回の広島サミットにおいて、中国が世界の主要国の枠くみから排除されて不本意の仲間外れとなったことは、まさに日本国と岸田首相の深謀遠慮による画期的な出来事であって、それは今後のG7サミットの慣例となる可能性もある。そういう意味においても、日本と岸田首相は歴史に残る仕事をしたとは評価できよう。
それに対抗して、習近平中国はお金を餌に中央アジアの零細国家たちの首脳を西安にかき集めてきて「サミットごっこ」を演じ見せたことは本稿上篇の記述のとおりであるが、そんな習近平自作自演の茶番は当然、G7広島サミットの足元にも及ばない。習近平vs岸田文雄の「世紀の合従連衡攻防戦」はすでに決着をつけられていて、日本と岸田首相、そして西側主要国の大勝利となっているのである。