「由紀ちゃん、チェリオ、もう二本ね」
下川は僕の姿を認めると、カウンターの中のウエイトレスの由紀ちゃんに声をかけた。由紀ちゃんは母一人、娘一人でやっている『キッチン浜』の看板娘で、僕たちの高校のクラスメイトだった。ショートカットで眉毛が濃い、小柄な色黒の九州美人だった。
由紀ちゃんは、チェリオの瓶を二本と氷の入ったグラスをトレーに載せて運んできた。
「二人ともこんなところでサボっとったら、また島さんに怒られるとよ」
「怒られてもよか。『キッチン浜』の売上げに協力でけたら」
「それはそれは、どうもありがとうございます」
「ところで、売上げにも協力したけん、今度の盆踊り大会、俺と一緒に行かんね」
下川は由紀ちゃんに気があって、いつも冗談めかしてデートの申し込みをしていた。
「いやよ。あんたと一緒に行ったら、また何か変なことばするとやろう」
「俺がいつ変なことばした」
「この前二人で映画に行った時たい」
「ああ、あの映画ちょっといやらしかったもんな。由紀ちゃんには刺激が強すぎたかもわからんな」
「そがんことじゃなか。映画のあとよ」
「映画のあと? 映画館出てから、ちゃあんとここまで送ってやったじゃなかか」
「あんた、帰る前に何言うた」
「何か言うたっけ?」
「お別れのキスばしようて言うたじゃないね」
「ああ、あれは夕日がきれいかったけん、ちょっとロマンチックになっただけたい」
「口ばとがらして迫って来たじゃないね」
「イッツ・オンリー・ジョークたい。もういやらしかことせんから、盆踊り大会、一緒に行こう」
「残念でした、もう先約が入っとるとよ」
「まさか、修二じゃなかろうね」
下川は僕のほうを見ながら言った。
「俺じゃなか、俺は盆踊り大会なんか全然興味なかけんね」
「盆踊りには興味なかばってん、由紀ちゃんには興味があるとやろ」
「バカ、そしたら三角関係になるやろが」
「何ば言うとると。何でわたしがあんたたちと三角関係にならんといかんとね」
由紀ちゃんは口をとがらせた。
「そいじゃ誰や? 言うてみろ」
下川は由紀ちゃんを追求した。
「あんたたちの先輩よ」
「え~っ、もしかして投げ遣りの山口?」
「そう、山口さんと純子と由美ちゃんと四人で行く約束ばしとるとよ」
由紀ちゃんと、クラスメイトの純子と由美の三人は、校内で秘かに山口ファンクラブを作っていた。僕たちから見ると、山口は軟弱でニヤけた、投げ遣りの山口だが、由紀ちゃんたちに言わせると「甘~か声で、背がスラ~と高くて、ものすご~ハンサムでシビれる」そうである。
同じ人間を見たときに、男と女で評価が正反対に分かれることはよくあることだ。多分どっちも正しいのだろう。
「由紀ちゃんなあ、投げ遣りの山口なんかについて行っとったら、うまかことだまされた挙句、純潔ば奪われて、捨てられて、そいで泣きばみるとぞ」
下川は未練たらしく捨てゼリフを吐いた。
「あんた嫉いとるとね」
由紀ちゃんは勝ち誇ったように笑った。
「バカ、だれが嫉くか」
明らかに下川の形勢が悪かった。
下川は僕の姿を認めると、カウンターの中のウエイトレスの由紀ちゃんに声をかけた。由紀ちゃんは母一人、娘一人でやっている『キッチン浜』の看板娘で、僕たちの高校のクラスメイトだった。ショートカットで眉毛が濃い、小柄な色黒の九州美人だった。
由紀ちゃんは、チェリオの瓶を二本と氷の入ったグラスをトレーに載せて運んできた。
「二人ともこんなところでサボっとったら、また島さんに怒られるとよ」
「怒られてもよか。『キッチン浜』の売上げに協力でけたら」
「それはそれは、どうもありがとうございます」
「ところで、売上げにも協力したけん、今度の盆踊り大会、俺と一緒に行かんね」
下川は由紀ちゃんに気があって、いつも冗談めかしてデートの申し込みをしていた。
「いやよ。あんたと一緒に行ったら、また何か変なことばするとやろう」
「俺がいつ変なことばした」
「この前二人で映画に行った時たい」
「ああ、あの映画ちょっといやらしかったもんな。由紀ちゃんには刺激が強すぎたかもわからんな」
「そがんことじゃなか。映画のあとよ」
「映画のあと? 映画館出てから、ちゃあんとここまで送ってやったじゃなかか」
「あんた、帰る前に何言うた」
「何か言うたっけ?」
「お別れのキスばしようて言うたじゃないね」
「ああ、あれは夕日がきれいかったけん、ちょっとロマンチックになっただけたい」
「口ばとがらして迫って来たじゃないね」
「イッツ・オンリー・ジョークたい。もういやらしかことせんから、盆踊り大会、一緒に行こう」
「残念でした、もう先約が入っとるとよ」
「まさか、修二じゃなかろうね」
下川は僕のほうを見ながら言った。
「俺じゃなか、俺は盆踊り大会なんか全然興味なかけんね」
「盆踊りには興味なかばってん、由紀ちゃんには興味があるとやろ」
「バカ、そしたら三角関係になるやろが」
「何ば言うとると。何でわたしがあんたたちと三角関係にならんといかんとね」
由紀ちゃんは口をとがらせた。
「そいじゃ誰や? 言うてみろ」
下川は由紀ちゃんを追求した。
「あんたたちの先輩よ」
「え~っ、もしかして投げ遣りの山口?」
「そう、山口さんと純子と由美ちゃんと四人で行く約束ばしとるとよ」
由紀ちゃんと、クラスメイトの純子と由美の三人は、校内で秘かに山口ファンクラブを作っていた。僕たちから見ると、山口は軟弱でニヤけた、投げ遣りの山口だが、由紀ちゃんたちに言わせると「甘~か声で、背がスラ~と高くて、ものすご~ハンサムでシビれる」そうである。
同じ人間を見たときに、男と女で評価が正反対に分かれることはよくあることだ。多分どっちも正しいのだろう。
「由紀ちゃんなあ、投げ遣りの山口なんかについて行っとったら、うまかことだまされた挙句、純潔ば奪われて、捨てられて、そいで泣きばみるとぞ」
下川は未練たらしく捨てゼリフを吐いた。
「あんた嫉いとるとね」
由紀ちゃんは勝ち誇ったように笑った。
「バカ、だれが嫉くか」
明らかに下川の形勢が悪かった。