★★たそがれジョージの些事彩彩★★

時の過ぎゆくままに忘れ去られていく日々の些事を、気の向くままに記しています。

勝つと思うな 思えば負けよ

2015年02月27日 22時33分43秒 | 徒然(つれづれ)
♪ 勝つと思うな~思えば負けよ~ 美空ひばり「柔」
 
 人間欲をかくと上手いこといかないというたとえか。

 競馬でもそうだ。
 勝とうと思って勝てたためしがない。

 今まで大きな配当を当てた時の事を思い返してみてもそうだ。
 どうせ外れるだろうと、マイナス思考で買った馬券が、ことごとく高配当を呼んでいる。

 気持ちの中に少しでもスケベ心があると、必ずといっていいほど当たらない。
 このスケベ心を排除するのが思いのほか難しいのだ。
 頭の中ではどうせ当たらないだろうと考えていても、心のどこかに、もしかしてという不埒な思いがくすぶっているのだ。

 自慢になるが、6年前に238万円の大万馬券をゲットしたことがある。
 1万円で100通りの三連単を100円づつ買い、その中の1つが大当たりだった。
 結果的には1万円の投資で238万円になったのだが、気分的には100円で238万円ゲットみたいなものだ。
 
 その時には、嘘みたいに無心で、人気薄ばかり買って、テレビ中継もネットをやりながら、それこそいい加減に見ていた。
 それが最後の直線半ばで、人気薄の馬ばかりが残りそうな形勢になり、そのままゴールした時には、ガッツポーズに万歳三唱までしたものだ。

 その後もウン十万円馬券をなんどか当てたことがあるが、いずれの時も、競馬なんて外れるものさ、当たるほうがどうかしてるぜ、のいい加減な気分だったのを思い出す
 
 さて、明日、明後日も競馬だ。

♪ 負けてもともと~この胸の~・・・この気持ちでいこう。
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行列のできる店

2015年02月24日 00時11分21秒 | 徒然(つれづれ)
 近所の天神橋筋商店街は、食べ物屋が軒を連ねている。
 関西ローカルのテレビ局がいつもグルメロケをやるので、番組で紹介された店は数日から2、3週間行列ができる。
 
 行列に並んでいるのは遠路はるばるやって来る府下、および他府県者だ。
 地元の人間はまず並ばない。

 行列に並んでまで飯を食いたいか。
 私は否だ。
 残り少ない人生、貴重な時間を無意味な順番待ちに費やしたくはない。
 
 王将も吉野家も、マクドもケンタも待ち時間ゼロですぐ入れるよ。
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ブルーズ・バーよ永遠に

2015年02月22日 18時09分25秒 | 徒然(つれづれ)
 去年、近所に小さなブルーズ・バーができた。5、6人も入れば満席の、カウンターだけの狭いバーだ。
 その名も「GREENBACK TEXAS」。
 壁にはビンテージ物のアコースティックギターやエレキギターがぶら下がり、床には玄人受けするギターアンプが積み上げてある。
 
 アラフィフのマスターがひとりでやっているが、頑なに1920年代から40年代のブルーズにこだわっている。
 ブルーズ、それも戦前ブルーズなんぞという、超ニッチなジャンルで商売をやってるなんて、見上げた根性だ。
 
 ブルーズ好きの私にはぴったりの店で、アルコールの回った頭に降り注ぐブルーズのシャワーが心地よい。
 平日は夜中の3時、週末は5時までやっているので、ハシゴ酒の最後の店にもってこいだ。

 道楽でやっているとしか思えないが、こういう店は長く続いて欲しいものだ。
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第32回フェブラリーステークス予想

2015年02月22日 13時27分43秒 | 競馬
 今年のGⅠレースの幕開け、フェブラリーステークス。
 群雄割拠の様相で、どの馬も一長一短あり、軸馬選びが難解なレースだ。
 
 こんな時は消去法だ。
 
 ①牝馬、地方馬、7歳以上の高齢馬をまずは消す。残りはコパノリッキー、カゼノコ、レッドアルヴィス、ベストウォーリア、ワイドバッハ、インカンテーションの6頭。
 ②この中から軸馬を1頭選び、1着か2着に固定する。残りの5頭を3着に固定。
 ③5頭のうちの2頭を、軸馬の着順を考慮して1着か2着に固定。
 ④消去した馬から1頭を選び3着に追加。
 
 フォーメーションはこれでOK。あとは組み合わせだ。

 展開を予想するに、2番枠のコーリンベリーがハナを切り、1番人気のコパノリッキーが番手で直線に入るはずだ。もしハイペースなら、東京の長い直線で、追い込み脚質を生かしコパノに迫るのは、ワイドバッハとカゼノコだ。
 ここは道中ハイペースになることを祈って、ゴール前粘るコパノリッキーをワイドバッハとカゼノコのどちらかが差し切ると見る。

 1着カゼノコ、ワイドバッハ
 2着コパノリッキー
 3着カゼノコ、ワイドバッハ、レッドアルヴィス、ベストウォーリア、インカンテーション、アドマイヤロイヤル
 
 三連単10点で勝負だ。
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家庭円満の秘訣

2015年02月21日 15時17分16秒 | 徒然(つれづれ)
 本日朝イチにヨドバシへ行ってデジタルチューナーを買い、自室のマイテレビをデジタル変換放送からデジタル放送にチェンジ。

 遅ればせながらの感はあるが、リビングのテレビは、3年前の地デジ切り替え時にデジタル対応テレビに替えていた。
 その時一緒にマイテレビも替えてもよかったが、デジタル変換放送が3年間続くと聞いてそのままにしていた次第。
 3年間、嫁はリビングのテレビ、私は主に自室のテレビを視聴していた。
 
 別に家庭内別居というのではない。
 パソコンも嫁はNTTフレッツ、私はj:COM回線だ。
 携帯も嫁はau、私はdocomo、嫁いだ娘に至ってはsoft bankだ。

 思い起こせば、娘がまだ学生だった頃、盆正月の帰省時には、私と嫁はそれぞれの実家へ帰省し、娘は友達と旅行していたものだ。
 家族三人三様、それぞれが自分の意思の赴くままに行動していた。

 ドライな関係のようだが、これといった問題もなく平穏に家族生活は続いてきた。
 いろんな家庭があるが、家族それぞれの精神衛生の安定を保つことが、家庭円満のなによりの秘訣だと思う次第だ。
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おじいちゃん

2015年02月19日 20時21分59秒 | 徒然(つれづれ)
 孫が生まれて、私はおじいちゃんになったはずだが、どうもしっくりこない。
 多分、おじいちゃんという言葉には、老人という意味と祖父という意味の二つがあるからだろう。
 老人というのは、主に見た目で、祖父というのは孫がいてのものだ。
 この二つが私の中で一致するのはまだまだ先だ。

 英語では老人はOld man、祖父はGrandpaと明確に異なっているのに、なんで日本語では区別がないんだろう。
 英語のYouに対する日本語の二人称が数多あるのに、なんでおじいちゃんの区別がないんだ。
 片手落ちだぜよ、日本語。
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ナショナル・テクニクス・ステレオ

2015年02月18日 20時51分39秒 | 徒然(つれづれ)
 1969年、私が中学三年の時に、学校から帰ると、家の前に電気屋の軽トラックが止まっていた。
 家に入ってみると、応接間にでっかいセパレートステレオをセッティング中だった。
 親父が何をトチ狂ったか、当時14、5万円もするナショナルのテクニクス・セパレート・ステレオを買ったのだ。田舎の家には何とも不釣り合いの、学校の音楽室にあるようなトンデモ代物だった。

 それまでのモノラルの蓄音機からオーディオセットへの大グレードアップだ。
 家にあったレコードといえば、世界の名曲全集とか、歌謡曲のドーナツ盤が数十枚程度、洋楽を聴き始めた私のEP盤が10枚程度だった。
 
 親父はたぶん応接間の調度品感覚だったようで、最初こそ世界の名曲を聴いていたが、すぐに飽きて、それ以降テクニクスは私の洋楽試聴とエレキギター練習専用になった。
 大口径のスピーカーから出力される爆音は、それこそ田舎の木造家屋を震わせる程の大迫力だった。
 
 高校時代は、小遣いで買ったり、友達から借りたロックのLPを聴きまくった。
 またレコードに合わせてエレキギターを大音量で弾きまくった。
 田舎の一軒屋だったので、外に音が洩れても苦情の心配もなかった。

 大学に入ると、九州の実家を出て、京都に下宿したので、テクニクスでレコードを聴いたり、エレキを弾いたりする事はなくなってしまった。
 大学生活は、音楽以外にも楽しいことが盛りだくさんで、たまに下宿のモジュラー・ステレオでレコードを聴いたり、エレキから持ち誓えたアコースティック・ギターでフォーク・ソングを弾いたりする程度になった。

 実家のテクニクスは親父の当初の思惑通りに応接の調度品となってしまった。

 
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酸いも甘いも

2015年02月17日 07時42分01秒 | 徒然(つれづれ)
 酸いも甘いも噛み分ける大人、という表現がある。
 でもよく考えると、なんかちょっと♪おかしかないか~街には慣れたか~友達できたか~。
 酸いと甘いの違いくらい、物心ついた子供にでも簡単にわかるじゃないか。
 まさか、昔の人は味覚音痴だったのか。
 
 ここは、どんな甘いも噛み分けると訂正したほうがいいんじゃないか。
 
 甘さにも色んな甘さがある。
 チョコレートの甘さ、饅頭の甘さ、コーラの甘さ、アイスクリームの甘さ、微妙なところでは、米の甘さ、野菜の甘さ、肉の甘さだってある。
 
 私はどんな甘さも噛み分けられる大人になりたい。
 てか、もう大人じゃん。それもおじいちゃんじゃないか。

 チョコや饅頭の甘さは噛み分けられるが、米や野菜は・・・ちょっと自信がないなあ。
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第108回京都記念

2015年02月15日 15時17分06秒 | 競馬
 一昨年のダービー馬キズナと、昨年の桜花賞馬ハープスターの一騎打ちレースの感が強い。
 なるほど両馬とも世界最高峰の凱旋門賞で、4着、6着と実力は世界レベルだ。
 他馬と較べても実力的には雲泥の差だ。
 9割方この2頭のワンツーで、本来なら見るだけのレースだ。

 しかし、それでは穴馬券ハンターの私としては物足りない。
 両馬ともGⅠ勝利は前述の1勝のみで、今年の始動レース。
 キズナに至っては9ヶ月半の休養明け。
 少なくとも他馬のつけ入る隙はあるはずだ。

 ここは無茶を承知で2頭を除外して、3番人気以下の馬で、三連単を組み立てて大穴ゲットといきたい。
 11頭立てと頭数も少なく、7歳馬、前走大敗馬を除けば5頭に絞られる。
 その5頭の三連単ボックスを全通り買うと60点だが、それは金をドブに捨てるようなもの。
 そこで5頭の中から、戸崎、岩田のやってくれそうな騎手を1、2着両方に固定で、残りの3頭とキズナ、ハープスターを3着の三連単10点勝負だ。

 ♪当ったらないんだからぁ~
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ジョージ・ハリスン

2015年02月14日 19時59分18秒 | 徒然(つれづれ)
 ビートルズを聴き出したのは、中学の終わりの頃だ。
 熱中し出すとのめり込む性質で、レコードを聴きまくり、文献を漁りまくってビートルズにハマっていった。

 ポールとジョンという二人の天才と、リンゴという道化に囲まれて、あれよあれよという間に音楽界の頂点に立ってしまったジョージが、私には気になる存在だった。
 一応、リードギターという役割だったが、素人目にもそのギターテクは、近所の青年団バンドのギタリストよりは上手いかな、というレベルだった。
 他のロックバンドのギタリストとは、較べる対象ですらなかった。

 しかし、後にキャンディーズのミキちゃん、中三トリオの森昌子を応援する、判官びいきの私は、そんなジョージが好きだった。
 大学時代、フォークソング同好会で、曜日別の班練習をする時など、課題曲にジョージの曲を取り上げて、みんなの顰蹙を買ったものだ。

 そんなジョージが最後の最後に名曲をものした。
 ビートルズ最後のアルバム「アビーロード」に収録された「サムシング」だ。
 かのフランク・シナトラが、レノン&マッカートニーの曲は好きではないが、サムシングだけは別だ、と言ったとか。ジョージ作詞作曲のこの曲を、レノン&マッカートニーの曲と思い込んでいたのだ。
 
 やったね、ジョージ、とそのエピソードを聞いたときに心の中でガッツポーズをしたものだ。
 
 でも、まさか、エリック・クラプトンという、ゴーストライターに頼んだんじゃないだろうな、ジョージよ。
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久しぶりの家飲み

2015年02月14日 19時21分47秒 | 徒然(つれづれ)
 土曜の夜は外に飲みに出る日と決めているが、今日は風邪気味で、飲みに行く元気がなかったので、昼間に近所のスーパーでビールとおつまみを買い込んで、家飲みを決め込んだ次第。
 
 日頃は観ない土曜の夜のテレビ番組をザッピングしながら、ビールを飲んでいる時に新しい発見をしたのである。
 
 それは何かというと、ビールの肴だ。

 スーパーで何気なく買ったビールの肴を、ビールを飲みながら改めて見ると、あることに気がついたのだ。
 肴の内訳は、切り干し大根、卯の花、ほうれん草のお浸し、ひじき、焼きサバ、ツボ漬け・・・おい、おい、子供の頃、おばあちゃんが食べていた、晩御飯のおかずじゃないか。

 いつの間にか、私はおばあちゃんと同じ年代になっていたのだ。
 タイム・ゴーズ・バイだね。
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明日は明日の風が吹く

2015年02月14日 12時52分38秒 | 徒然(つれづれ)
 明日は明日の風が吹く、というと、なんだか無責任な諦めにも似た感じがするが、そうではない。

 ボブ・ディランは風の中に答えがあると言ってるし、村上春樹も風の歌を聴けと言ってる。 海の男は風を見るし、プロゴルファーも風を読む。

 風の又三郎、風立ちぬ、風小僧、風が泣いている、千の風になって・・・風には何やらミステリアスで清々しい未来の匂いがする。

 なんか風邪気味だ。
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青春の光と影

2015年02月11日 17時18分35秒 | 徒然(つれづれ)
 青春の光と影。
  
 高校時代に聴いたジュディ・コリンズの名曲だ。
 原題は「Both Sides Now」。
 今の両面、裏表ってところか。

 青春の光と影という邦題は、大袈裟すぎる感もなきにしもあらず。
 曲だけ聴いていると光のイメージしかないが、歌詞にはちゃんと若いときの悶々が綴られている。

 私の青春は、今思い返してみても、光のバリエーションだけで影は見当たらない。
 夏の日や晴れの日、夜も明るいネオンの光や飲み屋の明かりだけで、青春の思い出の中に影はない。
 記憶の浄化作用を考慮しても、私の青春時代は光に満ち溢れたものだったのだ。

 よくよく考えたら、青春時代以外の人生も、不幸などどこにもなかったように思う。
 
 淡い幸せといったところか。
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中途半端な休日

2015年02月11日 16時53分10秒 | 徒然(つれづれ)
 本日は紀元節。神武天皇の即位の日。

 そんなことはどうでもいいが、水曜日の祝日というのは、中途半端でいけない。
 サラリーマンにとっては、仕事のエンジンがピークに差しかかる日なのに、モチベーションが落ちてしまう。
 月曜から金曜までを1サイクルとして、体力や気力、緊張の配分を考えている者にとっては迷惑千万な話だ。調子が狂うのだ。

 1日だけの休日など、週休二日に慣れた私にとって、その過ごし方に戸惑ってしまう。
 何かをやるにしては短すぎるし、やらないと暇を持て余してしまう。
 週末のように競馬もないし、土曜みたいな深酒もできない。

 政府は法律を改正して、祝祭日は土日にくっつけて欲しいものだ。
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ちょっとおかしい日本の福祉行政

2015年02月11日 11時43分49秒 | 徒然(つれづれ)
 2006年に変形性股関節症の手術をして、左股関節をチタン合金の人工股関節に入れ換え、晴れて人造人間チターンに変身した。
 先天性股関節脱臼で、治療して治ったものと思っていたのが、長年の酷使に耐えられず、手術の10年ほど前に変形性股関節症と診断された。

 手術が嫌で、騙し騙し生活していたが、梅雨時や冬場の痛みに耐えられず、結局手術した次第。
 2ヵ月の入院とリハビリで、それまでの痛みは霧散し、全力疾走はできないが、小走り程度は健常者と変わらない位に回復した。日常生活になんらの問題もない。

 股関節の置換手術をすると、役所に申請すれば身体障害者4級の手帳がもらえる。
 この特典というかサービスが尋常じゃないのだ。
 駐禁区域の駐車許可証の交付、JRや有料道路、航空運賃の割引、税金の控除、各種資金の貸付利率軽減、その他もろもろ、健常者から見ると羨ましい限りの大盤振る舞いなのだ。
 
 手術をして健常者並みに回復したにもかかわらず、身障者4級と認められれば、例外なく上記特典の恩恵を受けられるのだ。
 年金や保険や福祉関連の基金が逼迫している現在において、なんという無駄遣いなのだろう。
 
 日本の福祉行政、どうかしてるぜ。
 
 ちなみに私は上記特典を未だに利用した事はありません。念のため。
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