◆
股関節の疼痛のパルスで目が覚めた。
夏の早朝の光が青いカーテン越しに、部屋の中を深海色に淡く染めている。
防音設備の行き届いた部屋の中は、エア・コンディショナーのかすかな作動音以外、一切の音が沈黙していた。
ベツドから身体を起こし、サイドボードのピルケースから鎮痛剤のカプセルを二錠つまみ口へ放り込む。
冷蔵庫の前までゆっくり歩く。フローリングの床が素足に心地よい。
ミネラル・ウォーターのペットボトルを取り出して、食道にへばりついたカプセルを流し込む。
カーテンを開けて、ベッドに腰掛ける。
慎二はバベルの塔のコックピットの窓から外を見た。
垂れ込める霧の上に、ツインタワーが、鋼鉄の鎧に覆われた二人の巨人のように聳え立ち、その間には昇ったばかりの太陽が、静かに燃える原子炉のように浮かんでいた。
対極に位置して、決して相容れるはずのない、先端テクノロジーと大自然が、慎二の目の前で奇妙な融合を見せていた。それはあたかも、インテリジェンス・ビルに象徴されるテクノロジーの正義と、大自然を象徴する太陽の神が、邪悪の権化バベルの塔に聖戦を挑んでいるかのようだった。
ともにバブル経済の子宮の中から産声を上げた兄弟だが、賢兄のツインタワーと、その愚弟『レジデンス・ミラ』は、いつの間にか憎しみの中で対峙しているように思われた。
蝶番のボルトと安全装置のストッパーをドライバーとレンチを使って取り去り、窓を枠ごと取り外すのに、大して時間はかからなかった。
窓が取り除かれた空間から入ってくる、夏の早朝の風が、慎二の顔を撫でた。
タバコに火をつける。
深く一服だけ吸って、ツインタワーに向けて指で弾き飛ばす。
そのタバコが視界から消えると同時に、慎二はイカロスの翼を広げて、バベルの塔のてっぺんから、クリムゾン・レーキの太陽をめがけて、都会の霧の海へと勢いよくダイブした。
(了)
股関節の疼痛のパルスで目が覚めた。
夏の早朝の光が青いカーテン越しに、部屋の中を深海色に淡く染めている。
防音設備の行き届いた部屋の中は、エア・コンディショナーのかすかな作動音以外、一切の音が沈黙していた。
ベツドから身体を起こし、サイドボードのピルケースから鎮痛剤のカプセルを二錠つまみ口へ放り込む。
冷蔵庫の前までゆっくり歩く。フローリングの床が素足に心地よい。
ミネラル・ウォーターのペットボトルを取り出して、食道にへばりついたカプセルを流し込む。
カーテンを開けて、ベッドに腰掛ける。
慎二はバベルの塔のコックピットの窓から外を見た。
垂れ込める霧の上に、ツインタワーが、鋼鉄の鎧に覆われた二人の巨人のように聳え立ち、その間には昇ったばかりの太陽が、静かに燃える原子炉のように浮かんでいた。
対極に位置して、決して相容れるはずのない、先端テクノロジーと大自然が、慎二の目の前で奇妙な融合を見せていた。それはあたかも、インテリジェンス・ビルに象徴されるテクノロジーの正義と、大自然を象徴する太陽の神が、邪悪の権化バベルの塔に聖戦を挑んでいるかのようだった。
ともにバブル経済の子宮の中から産声を上げた兄弟だが、賢兄のツインタワーと、その愚弟『レジデンス・ミラ』は、いつの間にか憎しみの中で対峙しているように思われた。
蝶番のボルトと安全装置のストッパーをドライバーとレンチを使って取り去り、窓を枠ごと取り外すのに、大して時間はかからなかった。
窓が取り除かれた空間から入ってくる、夏の早朝の風が、慎二の顔を撫でた。
タバコに火をつける。
深く一服だけ吸って、ツインタワーに向けて指で弾き飛ばす。
そのタバコが視界から消えると同時に、慎二はイカロスの翼を広げて、バベルの塔のてっぺんから、クリムゾン・レーキの太陽をめがけて、都会の霧の海へと勢いよくダイブした。
(了)