★★たそがれジョージの些事彩彩★★

時の過ぎゆくままに忘れ去られていく日々の些事を、気の向くままに記しています。

京都青春セレナーデ6

2009年11月08日 22時56分20秒 | 小説「京都青春セレナーデ」
 修二とみどりは市電で河原町三条へ出て、新京極のマクドナルドに行った。店内には春休み中の女子高生や女子大生、若いアベックなどがひしめいていた。ふたりは窓際のカウンターテーブルに席を確保して、修二はビッグマックとマックシェイクのストロベリーとポテトのMを、みどりはチーズバーガーとコーヒーを注文した。

 初めて食べるビッグマックの味は、田舎のパン屋のハンバーガーとはやっぱり歴然と違っていた。味の違いは内容物にあるとにらんだ修二は、ひと口食べたビッグマックを分解してパーツを確認した。
 パン、ハンバーグ、チーズ、レタス、オニオン、ピクルス、マスタード…。
 出来たてということもあるが、都会の味の秘密は、オニオンのみじん切りのほろ苦さ、スライスしたピクルスの甘酸っぱさ、それをサポートするマックシェイクの、香料の効いた甘さにあるように思われた。いわゆる、不協和音のようなテンションをはらんだハーモニー、それが都会の味かもしれない。
 そんなことを考えながら、修二は分解したビッグマックをもと通りに組み立てて、再びかぶりついた。最初は相当な吸引力を必要としたマックシェイクも、だんだん柔らかくなって飲み易くなってきた。

「変わった食べ方だね」
 みどりが、まわりの冷たい視線を目顔で示しながら、あきれたように言った。
「そうですか? 別に気にしませんから」
「わたしが気になるの。理科の実験じゃあるまいし、ビッグマックを解剖するのはやめたほうがいいと思うよ」
「すいません。以後気をつけます」
 みどりの眉間のシワに恐れをなして、修二は素直に謝った。

 マクドナルドを出てから、ふたりは新京極や河原町を歩き回った。
 つい2、3日前、ひとりで街を歩いて回った時には、異邦人に冷たく拒絶のカーテンを引いていた店々も、その日はみどりという美貌のパスポート携帯のためか、歓迎の小旗を振っているように思われた。
 修二は、みどりの案内で、軒を並べる雑貨ショップやファッションビルやレコード店やデパートをのぞいて回り、田舎とは比べものにならない、豊富で目新しい商品に、いちいち感嘆の声を上げていた。
 道行く学生や、ショップの店員たちの羨望の視線を意識しながら、修二は有頂天になっていた。楽器店のショーウィンドウに映る二人の姿は、まさに、お似合いのベストカップルのように思われた。

「やあ、みどりやないか!」
 ふたりの背後から声がかかったのは、楽器店に入ろうとしていた、その時だった。
「なにしてんねん、こんなとこで」
 声をかけてきたのは、紺色のダブルのブレザー、長髪にパーマの、メタルフレームのメガネの男だった。
「別に、あなたに関係ないでしょう」
 みどりの顔に一瞬、朱が走った。
「なんや、冷たいな。まだ怒っとんのか?」
「……」
「まあ、僕の話も聞いてや。向こうにクルマ止めとるんや、ドライブしながら話しよう」
 男は半ば強引にみどりの腕をつかんだ。

「ちょっと待った!」
 年齢は修二より明らかに上のようだが、華奢な身体で、腕っぷしのほうはそんなに強そうではなかったので、修二は、みどりの腕にかかったその男の手を払いのけた。
「なにすんねん、おまえは」
 紺ブレ男は、メタルフレームの奥から修二をにらんだ。
「僕は、この人の連れたい。一緒なんがわからんとか」
「連れ? 君がか? 田舎者はだまって引っ込んどけや」
 田舎者と言われて、修二のアドレナリンは沸騰した。
「なんば言うか。この軟弱キザ男」
 言うや否や、修二は紺ブレ男の襟首を掴みにかかった。
 襟首を掴んだと思った次の瞬間、目の前の天と地が反転した。
 気がつくと、修二は不様にもうつぶせに倒されて、背中で右腕の関節を決められていた。つるりとした敷石の大理石模様が、目と鼻の先で冷たく光っていた。
 強引に身体を起こそうとする修二に、醒めた声が頭の上から降ってきた。
「暴れると関節がはずれるで」
 鋭い右腕の痛みに、修二は思わず身動きを止めた。

 パチーンという乾いた破裂音が、短い膠着状態を打ち破った。
「やめてよ。怪我させるつもり?」
 みどりの放った平手打ちと鋭い叫びに、紺ブレ男はたじろいだように、修二の腕を離して立ち上がり、まわりにでき始めていた人だかりに気づいたようだった。
「悪かったな、でも正当防衛や」
 修二に言うと、みどりに張られた右の頬を撫でながら足早に去っていった。
「大丈夫?」
 みどりは、立ち上がった修二の服についた汚れを手で払い落としながら言った。
「何者ですか?」
 修二は痛みの残る右腕をぐるぐる回しながら聞いた。
「ちょっとした知り合い」
 みどりの返事は素っ気なかった。
「軟弱そうでしたけど、結構、素早い奴でしたね」
「合気道の有段者よ」
「どうりで…いやあ、完全に一本取られましたね」
 修二は照れ隠しに、首をすくめておどけてみせた。実際、あまりの早わざに、恐怖を感じる暇もなかったし、腹立ちもなかった。
「バカ、怪我でもしてたらどうするのよ」
「……」
 みどりの剣幕に修二はたじろいだ。
「ごめん。大声出したりして…」

 並んで歩き出したものの、みどりは、なにか考え事でもしているらしく、修二の問いかけにも上の空で、さっきまでの和やかさが嘘のように、ふたりの間になんとなく気まずい雰囲気が漂い始めていた。
「わたし帰る」
 気まずさを断ち切るように、みどりが立ち止まって言った。
「えっ?」
「きょうは楽しかった。ありがとう」
「僕のほうこそ」
「じゃあ、また」
 みどりは小さく片手を上げると、くるりと踵を返して歩いてきた道を戻っていった。
 修二は半ば呆気にとられて、みどりの後ろ姿が角を曲がって見えなくなるまで、ぼんやりと見送っていた。

 *ここまで読んでご興味を持っていただいた方は、ぜひAmazon Kindleストアにて「京都青春セレナーデ」をお買い求めになり、続きをご購読いただきますようお願いいたします。
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京都青春セレナーデ5

2009年11月06日 09時29分11秒 | 小説「京都青春セレナーデ」
 文学部の入学式は、他のどの学部よりも華やかだと聞いていたが、全くもってその通りだった。殊に修二の入った英文科は八割くらいが女子学生で占められており、まわりは見渡すかぎりカラフルな晴れ着の海だった。
 中二階のバルコニーから、グリークラブの重厚なアカペラによる賛美歌が流れる中、正面奥の壇上を見渡すと、日本人教授に混じって少なくない数の外人教授の顔も見えた。学長に続き、来賓の祝辞が終わると、新入生代表の答辞が行なわれたが、代表はやはり女子学生の多さを反映して、ベージュのスーツで決めた聡明そうな女の子だった。

 修二が英文科を選んだ理由は二つ。
 女子学生が多い。故にガールフレンドに事欠かないだろう。
 外人教授がいる。故に英語がペラペラになるだろう。
 修二の短絡思考による希望的観測は、時を経ずして打ち砕かれるのだが、その時の修二は、これから始まる4年間のバラ色の大学生活に思いを巡らせながら、バニラエッセンスの香りのような幸福感に浸っていた。

 入学式が終わって式場を出ると、古いチャペルから祝福の鐘の音が流れる中、春の陽光は眩しさを増し、外は汗ばむほどの陽気になっていた。
 修二は新入生の人波に混じって、相変わらずクラブ勧誘で賑わっている構内を西門へ向かって歩いた。

 みどりの指定した西門前の喫茶店『わび・さび』はすぐに見つかった。
 修二が店へ入っていくと、みどりは奥のテーブルから大きく手招きした。
 閑散とした喫茶店の奥まった窓際のテーブルで、みどりはひとりでコーヒーを飲みながら修二のカリキュラムを作っていた。

「もうすぐ完成するから、それまでは話し掛けないでコーヒーでも飲んでて」
 みどりはそう言うと、また書類を作成する作業に没頭した。
 修二は言われた通りコーヒーを注文して、書類にペンを走らせる、みどりのしなやかな手をぼんやり見ていた。青い静脈がほのかに透ける、シミひとつない手の細くて長い指先には、形のいい楕円形の爪が淡いピンク色に光っていた。

 窓の外に目をやると、西門前の電停にグリーンとベージュのツートンカラーの市電が止まり、たくさんの学生たちが吐き出されて、道を隔てた西門を入っていくのが見えた。
 ブックバンドで止めた数冊の教科書を小脇に抱えたアイビーボーイ。お揃いのテニスルックにカーディガンを羽織った女子学生のグループ。ベルボトムのジーンズにギターケースを持った長髪のフォーク青年。アーガイル模様の色違いのペアのセーターで決めたアベック。入学案内のキャンパス風景の写真そのままの学生たちのファッションが、まだ田舎の高校生感覚が残っていた修二にはとても眩しかった。

 修二の頭の中の映写機は、アーガイル模様のセーターにベルボトムのジーンズで、ギターケースを右手に、ブックバンドで止めた教科書を左手に、テニスルックの可愛らしい女子学生と一緒に、颯爽とキャンパスを闊歩する長髪の自分の姿を、想像のスクリーンに映し出していた。

「なに嬉しそうな顔してんの?」
 みどりのいたずらっぽい視線に、修二はあわてて我に返った。
「いやあ、これからの大学生活についてちょっと考えとったとです」
「可愛らしいテニス少女と一緒の?」
「えっ、なんでわかるとですか?」
「そう顔に書いてある」
 修二は思わず窓ガラスに映る自分の顔を見つめた。
「なにバカなことやってんの。完成したよ、これ。あとは君の住所、氏名を記入して学生課の窓口に提出するだけ」
 差し出された書類は、達筆な文字で必要事項が埋められていた。
「どうもありがとうございます。あのう、質問してよかですか?」
「なに?」
「みどりさんて、そのう、何者ですか?」
「あら、警戒してんの? さっきも言ったように、英文学科の三回生よ。それだけじゃ不足?」
「いいえ、そうじゃなくて…初めて会ったばかりやのに、カリキュラムまで作ってもろうて…」
「気にしない、気にしない。ちょっとした退屈しのぎだから」
 退屈しのぎで、人の大事な1年間のカリキュラムを作られたんではたまらんな、と思ったが、美貌の女子大生に対しては、修二の寛容の枠は広すぎて、うまくはぐらかされてしまった。

「ところで、このあとなにか予定ある?」
 みどりが聞いた。
「午後から履修要綱の説明会があるとですけど…」
 修二は大学から渡された、ここ1週間のスケジュール表を見ながら答えた。
「その説明会なら出る必要なし。この書類の記入の仕方の説明会だから。じゃあ、これから書類を提出して、それからお昼でも食べに行こう」
 みどりに促されるまま、修二は喫茶店を出て、学生課の窓口に書類を提出しに行った。学生課の職員は最初、まだ履修要綱の説明も受けていない新入生の、提出書類の受け取りをためらっていたが、記入内容に不備がないのを確認すると、しぶしぶ受け取ってくれた。みどりが「退屈しのぎ」に記入してくれた内容が的確だったわけだ。

「リクエストは?」
「えっ?」
「お昼に食べたいもの」
「そうですね…あの~マクドナルドのハンバーガーを食べてみたかとですけど」
 田舎のパン屋にもハンバーガーくらいあったが、所詮ノーブランドの田舎の味しかしなかった。雑誌で見るビッグマックの圧倒的なボリュームは、田舎の修二にとって、明快な都会のシンボルだった。
 修二は京都に来てすぐ、新京極の中のマクドナルドの前まで行ったのだが、アメリカナイズされた店内や女性客の多さが、入店の意気込みを鈍らせ、修二とビッグマックのご対面を延期させていた。
「あら、そんなものでいいの?」
「センスなかですか?」
「そんなことないよ。学生にはピッタリよ」
 みどりはウインクして見せた。
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京都青春セレナーデ4

2009年11月05日 09時53分18秒 | 小説「京都青春セレナーデ」
「梶本君、手を離してあげたら」
 よく通るアルトの声に、修二の肩に回った腕から一瞬力が抜けた。
 とっさに修二は首を引っ込めながら、梶本と呼ばれた応援団員の腕から逃れて、声の主のほうを振り向いた。

 ショートヘアにくっきり眉毛、奥二重の勝気な目、通った鼻すじ、シャープなあごのライン、きりりと結んだ薄くルージュを引いた唇、要するに美形がそこに立っていた。
 これが、お祖母ちゃんが気をつけろと言うとった都会の女か…。 
 ブルーのダンガリーのシャツに黒のジャケット、ストレートジーンズにこげ茶のウエスタンブーツというスタイルの彼女は、リボンの騎士のサファイア王子を彷彿とさせた。

「なんや、青木やないか」
 梶本は彼女を知っているらしかった。
「彼、嫌がってるじゃない」
 凛とした声でリボンの騎士は言った。
「そんなことあらへん。彼の自主性に任せとるつもりやけどな…」
 梶本は急に歯切れが悪くなった。
「じゃあ、君、自主的について来なさい」
 彼女は修二を促すと、踵を返してさっさと歩き始めた。有無を言わせないような彼女の口振りに、梶本は修二のほうを見てから、しぶしぶ彼女のほうへあごをしゃくった。

 修二はあわてて彼女の後を追った。
「彼、一般教養で同じ授業を取ってて、試験の前にはずいぶん貸しを作ってあるの」
 肩を並べた修二に彼女が言った。
「そうですか、助かりました。あの…」
「青木みどり、英文科の三回生よ」 
「僕も今度英文科に入りました。上田修二と言います」
「英文科にしては変わったセンスね」
 青木みどりは修二の全身を見回しながら言った。
 その時の修二のファッションといえば、ジャケットはJUNのヨーロピアン調、パンツはVANのスリムなチノ、ネクタイは京都駅の土産物売場で買った西陣織の派手なやつ、靴はおろしたてのパンタロンシューズ…。
今にして思うと、赤面もののチグハグぶりだが、その時には、これぞ先端を自負していたものだ。
「いやあ、今日は寝坊して急いで出てきたもんで、細かいところのチェックをする暇がなかったとです」
 修二は間の抜けた言い訳をしていた。

「ところで、カリキュラムは作ったの?」
「えっ?」             
「受講する講義のスケジュールよ」
「いえ、まだですが…」
「じゃあ、その封筒貸して」
 みどりは修二の手から履修要綱の入った封筒をつまみ上げて、   
「入学式が終わったら、西門の前の『わび・さび』っていう喫茶店においでよ」
 そう言うと、人込みの中を足早に歩いて行ってしまった。
 青木みどり、青、黄、緑…クレヨンか野菜みたいな名前たい。もしかして、僕に気があるとかな。年上ばってん、美人だしスタイルもよかし、知り合いになるのも悪くなか。いずれにしても、こりゃあ、春から縁起がよかぞ…。
 そう思いながら、修二は、疾風のように現われて、疾風のように去って行く彼女の後ろ姿を見ていた。
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京都青春セレナーデ3

2009年11月04日 14時14分01秒 | 小説「京都青春セレナーデ」
 ひときわ高い金管のファンファーレが鳴り響き、体育会系のテントのひとつから、青地に金モールのミリタリー調のコスチュームを付けたチアリーダーたちが踊り出てきた。
 ブラスバンドを後ろに従えたチアリーダーのデモンストレーションが始まると、現金なもので、それまで遠巻きに歩いていた新入生たちがどっと押し寄せてきた。
 当然、修二も最前列に陣取って、膝上30センチの超ミニから繰り出される、アンダースコートも裂けよとばかりのオーバーヘッドキックや、ジャンピング大股開きのムチムチに見とれていた。

「なかなかええ眺めやろ」
 突然、背後から声をかけられて修二は思わず振り向いた。
 そこには丈の長いガクランに身を固めた、角刈りにチョビ髭の学生が立っていた。
 これが、おふくろが絶対に近づいたらいかんと言うとった応援団か…。
「今年のチアリーダーはつぶ揃いやしな。なあ、そう思うやろ」
 そいつは馴れ馴れしく修二の肩に腕を回しながら言った。
「君は新入生やろ?」
「はあ、あのう…」
「もう入部するクラブは決めたんか?」
「いえ、そのう、まだ…」
「そうか、そりゃあいかんな。ほな、あっちへ行こうか」
 修二は半ば強引にテントの下へ連れていかれそうになった。
「ま、待って下さい。用事のあるとです」
「おっ、君は九州出身か?」
 チョビ髭は、修二の九州弁のアクセントに素早く反応した。
「そ、そうですが…」
「そりゃあ、ちょうどええわ。わが応援団は九州出身者も大勢おるから安心や」
「でも、入学式に出んといかんとです」
「時間は取らせへん。入団希望書にサインするだけでええんや」
「え~っ、僕は体力には自信なかですけん」
「心配いらへん。入ったら鍛えたる」
「でも、応援団はちょっと…」
「応援団はちょっと、なんや?」
 そいつは今までの猫なで声から、急にドスを効かせた声になった。
「ぼ、僕には合わんとじゃなかかと…」
「合うか、合わへんか、入ってみいひんことにはわからへんやないか。行こ、行こ」
 肩に回った腕にさらに力が込められた。
 あたりを見回すと、修二と同じような状況に陥っている新入生が少なからずいた。修二は絶望的になりながらも、足を突っ張って動くまいと耐えた。
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京都青春セレナーデ2

2009年11月03日 10時31分08秒 | 小説「京都青春セレナーデ」
 河原町三条から乗った市電を降りると、桜が満開の大学の正門前は大勢の学生や父兄たちでごった返していた。女子学生たちは、競うような盛装で、その多くが母親同伴なのですぐにそれとわかったが、男子学生たちはスーツやジャケットの者もいれば、ジーンズや学生服の者もいて、どれが新入生だかわからなかった。

 正門の入口では、赤いヘルメットに白いマスク、サングラスにアーミーシャツという、まるで忍者部隊月光みたいな一団が新入生たちにビラを配っていた。
 これが、親父が絶対に近づいたらいかんと言うとった学生運動の連中か…。
 手渡されたガリ版刷りのビラには、反米、反戦とか打倒資本主義といった季節はずれの文句が、人に読んでもらうことを拒否したような、独特の角張った字体でびっしりと書かれていた。リーダーらしき学生が拡声器を片手にアジテーションを始めたのをきっかけに、修二はその場を離れて構内へ入った。

 大学のキャンパスは高校の文化祭なみの賑やかさで、いたる所にカラフルな立看板やテントが乱立し、盛んにクラブ勧誘が行なわれていた。
 体育会系の学生は学生服やユニフォームスタイルで、同好会やサークル系の学生は普段着スタイルと明確に分かれていて、立看板のキャッチコピーも、前者は『君の一球入魂を野球部は待っている』とか『燃えよ若人、伝統の相撲部』といった硬派もので、後者のそれは『恋をするならテニスDEデート』とか『フォークソングで愛を語ろう』、『男女共学、スキー同好会』といった軟派路線が多かった。

 体育会系のテントの前では、身体のデカい新入生は例外なく声をかけられ、脈ありと思われると2、3人の部員に脇を固められてテントの下へ強制連行されていた。女子学生の多いサークル系のテントの前には入会希望の長蛇の列ができていた。
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