車の添加剤を販売する会社で、ガソリンスタンドやカーディーラーまわりのルートセールス担当だった。
支社長以下4人の零細支社で、ペーパードライバーだった私は支社長や先輩に、車の運転から営業技術まで1ヵ月ほど指導を受けて独り立ちした。
エアコンも付いていないサニーのライトバンに商品を満載し、朝から夕方まで京都市内のガソリンスタンドやカーディーラーをまわる毎日が続いた。
当初は真面目に営業まわりをしていたが、2ヵ月もすると、適当に休憩を取ったり、行きたいところへ行ったりすることを覚えた。
学生時代の5年間を過ごした京都の街は、地理にはそれなりに詳しかったので、それまでは足を延ばせなかった地域にも車でなら簡単に行けた。
休憩場所も先輩や得意先の人間に見つかりにくい場所を探した。
よく休憩したのが、京都会館近くの路上スペースだ。
京都会館をはじめ、国立近代美術館、京都市美術館、府立図書館が建ち並ぶ、京都屈指の芸術的な区域だ。
当時は駐禁も厳しくなく、周辺は路上駐車の穴場だった。
京都会館は大学時代、大家が創価学会員で、その縁で当時流行っていたハービー・ハンコックのチケットをもらいコンサートに行ったことがあった。
もちろん私は学会員ではなかったが、下宿でギターを弾いているのを大家が知っていたので、音楽に興味のない大家は、押し付けられたチケットをただでくれたのだ。
私にとってはまさにプラチナチケットだった。
そんな思い出の京都会館の近くで、よく休憩していたものだ。
その休憩のひと時は、社会人になって忙しく働きまわっていた当時、唯一、このままでいいのだろうかと将来を考えさせられる時間だった。
こんな小さな会社で一生を終えるのか、この会社は成長するのだろうか、など考えることはいろいろあった。
しかし、考えても結論は出ない。だったら考えないことだ、といつもそこへ帰結した。
近くにはホットドッグの移動販売車が止まっていた。
そのホットドッグが本格的で、ソーセージもパンもまさにホットドッグ用としか思えない味だった。
午後3時ごろの小腹が空いた時間帯だったので、当時200円だったホットドッグは、漠然とした不安を一時的にも忘れさせてくれた。
そんな状況から2ヵ月も経たないうちに、今の家内と知り合い同棲し、社内結婚し、子供も生まれた。
当時の会社も5年半で辞め、転職した中小企業はトントン拍子に東証一部上場企業に成長し、そこで定年まで勤め上げた。
人生分からないものだ。
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