★★たそがれジョージの些事彩彩★★

時の過ぎゆくままに忘れ去られていく日々の些事を、気の向くままに記しています。

ヘッドハンティング 12

2012年04月23日 00時51分32秒 | 小説「ヘッドハンティング」
 万葉社では、現在、大小約50種類のカタログが発行され、約400万人の顧客の購買履歴に基づき、いくつかの組合せパターンで効率的に配布される。カタログは、大きくは総合媒体と専門媒体に分けられ、総合媒体にはインテリア、グッズ、アウターウェア、インナーウェアの四媒体があり、専門媒体には商品ジャンルやブランド、コーディネイト、年齢層といった切り口で編集された多くの媒体がある。

 商品部のMDは、日常の商談やメーカー訪問、展示会、市場調査などによって商品情報を収集する。集めた商品情報は、写真とスペックの形でスキャンして、コンピュータに登録される。そのコンピュータには、過去にカタログに掲載された商品もほとんど登録されており、ジャンルとか、価格、テイストといった数百種類のキーワードで呼び出すことができ、画面上で自由にレイアウトし、プリントアウトも可能である。
 カタログ掲載商品は、それらの集積された情報をもとに、媒体の企画に沿って決定される。決定された商品は、約1500社の仕入先から撮影サンプルとして納入されて、MD、制作部員、コピーライター、カメラマンなどの手を経てカタログに掲載の運びとなる。

 商品が決定した時点で、MDはいくつかのファクターに基づき、販売予想数(通称オプション数)を決定し、仕入先と折衝の上、生産、納入計画を打合せ、カタログでの受注を開始する前に、オプション数の二割を物流倉庫に納入させる。受注が始まると、コンピュータによってはじき出された最終予測数に基づき追加発注をかけていく。
 要するに、カタログの効率的配布、商品情報、受注予測等、すべてがコンピュータ・システムによって管理され、稼働している。

 上島は用意した書類を四人に配りながら言った。
「うちのシステムの基本的なプログラムは理解しているんだが、ほとんどのシステムが、ここ何年間で各部署の意向でかなり複雑化しているんだ。そこで、システムのプログラミングに必要な情報を列記してみたから、当該部署の人間に接触してそれとなく聞き出して欲しいんだ。それと、各部署の過去のシステム変更依頼の控えが必要だ」
 上島の説明を聞きながら、真田は万葉社に対する後ろめたさと、まだわずかに残る愛着に訣別を告げようとしていた。
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ヘッドハンティング 11

2012年04月15日 23時11分55秒 | 小説「ヘッドハンティング」
 ゴールデンウィーク明けの土曜の午後、五人は真田のマンションに集まっていた。
 家賃8万円の12畳のワンルームは、バツイチの男やもめの真田らしく、これといった家具もなくガランとしていた。

 五人がそれぞれ好きな場所に陣取って、第一回目の作戦会議が開かれていた。
 シーシェルへの移籍のXデーを9月末として、それまでに五人が理想とするカタログビジネスの設計図ともいうべき、マニュアルを完成させなければならない。
 集めるべき情報を検討し、マニュアル化のスケジュールを調整し、各自の役割分担が決定されていく。

「マニュアルや情報収集も大事だけど、肝心の顧客リストはどこにあるんだ? 貸出カードを持っていけば貸してくれるのか?」
 梶尾が言った。
 必要な情報や資料は、顧客リストを除いては、ほぼ五人の手の届く範囲に、無防備に近い状態で散在している。
「詳細な顧客データとして情報部のホストコンピュータの中に登録されているよ」
 上島が答えた。
「5万から10万件の優良顧客データだぜ。端末の画面を見ながら書き写すのか? それとも画面をハードコピーするのか?」
 大原が聞いた。

 顧客データも、住所だけなら端末から引き出せないこともないが、量があまりにも膨大過ぎる。それに顧客の詳細な特性がつかめないので、どれが優良顧客かわからない。
「バックアップデータをコピーする」
「バックアップデータ?」
「大切な情報の入ったフロッピーは、万が一の事故に備えて、別にもう一枚コピーしておくだろう。ホスト・コンピュータも同じさ」
「なるほど」
「年明けからの稼働をめどに、システムがIBMからAT&Tに入れ替えられるのは知ってるだろう。システムの入れ替えには三ヵ月ほどの移行期間が必要で、データのバックアップが取られるのは移行期間の前、9月の上旬頃だ。そのバックアップの中から顧客データを抜き出す」

「誰がやるんだ?」
「俺さ」
「でも上さんは、もうシステム管理課の人間じゃないんだぜ。どうやってコンピュータ・ルームに入り込むんだよ?」
 梶尾が上目使いに上島を見た。
「移行期間にはシステム管理課の社員は総動員される。俺にも管理課の課長から、非公式にサポートの要請が来ているんだ。取りあえず全顧客データを持ち出して、シーシェルのコンピュータで、川本っちゃんがプログラムした顧客特性分類法で、優良顧客だけをピックアップする」
 上島は続けた。
「それと、シーシェル入社後は、まずシステムの構築が当面の課題になると思う。物流システム、顧客管理システム、受注システム、統計分類システムなどだ。幸いシーシェルのホスト・コンピュータもIBMだから、先方のシステムをベースにして、うちのシステムとリンクさせながらグレードアップしていけばいい」
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ヘッドハンティング 10

2012年04月12日 00時08分49秒 | 小説「ヘッドハンティング」
 小料理屋での会合を終えたあと、五人は柳瀬の二次会への誘いを断り、近くのカフェバーに入った。
 倉庫を改造したその広いカフェバーは、二年前にオープンした頃は、列ができるほど流行っていたが、その後次々とオープンした他の店に客を取られて、その日は半分以上のテーブルが、ささやかな喧騒の中でオブジェのように佇んでいた。
 五人は奥のテーブルに席を取った。

「久しぶりだな…」
 川本が水割りを飲みながら真田に言った。
「何が?」
「俺たち五人がこうして集まるのがさ。こんなかたちでまた一緒になるなんて思ってもみなかった」
「そうだな、個別には飲みに行ったりしてたけど、五人全員というのは何年ぶりかな」
 真田は全員の顔を見渡した。  
 37歳と五人の中では最年長の川本は、頭髪の後退が急速に進んでいた。上司と仕入先を訪問した際には、応接室では必ず先にお茶が出され、相手からは上司より先に名刺が差し出されるくらい老けて見られる。
 学生時代はラグビーをやっていたこともあり、フォー・ザ・チームの精神で人の面倒見がよく、子沢山で恐妻家というキャラクターと相まって、特に後輩やパートの女性には慕われていた。

 ギャンブル大帝を自認する大原は、ワイルドターキーをロックで飲みながら、梶尾と上島を相手に、間近に迫った天皇賞の必勝法を吹聴していた。大原は、従業員貸付金を借りまくっては、せっせとJRA銀行に預金していた。その額は半端ではなかったが、大原に言わせると、自分の予想が正しくてレースの結果が間違っているらしい。

 独身の梶尾は大のカーマニアで、ミニから始まって、ビートル、シトロエン、MG、そして今はアルファ・ロメオと、そのエンスー遍歴をグレードアップしてきた。クルマ通勤自粛もどこ吹く風、二日に一度は会社の来客用駐車場に、真紅のアルファ・ロメオは鎮座していた。

 最近マッキントッシュの最新機種を買ったばかりの、パソコン・オタクの上島は、趣味とサイドビジネスを兼ねて、独自のゲームソフトを開発しては、マイナーなソフト会社に売り込んでいるという。去年から開発中のソフトは、皮肉にも『ヘッドハンター』というビジネスゲームだと言って苦笑した。

 入社当時、五人は同じ部署ということもあって、仕事が終わると毎晩のように飲み歩いたものだ。それも一軒で終わることは滅多になく、金もないのに二軒、三軒と、はしごをするのが常だった。仕事の話、女の話、学生時代の話……と、話題は尽きなかった。

 しかし、カタログ事業の売上げの加速度的な伸びとともに、事業部の陣容も拡大し、チームは課になり、課は部となって、五人はそれぞれ別々の部署で多忙をきわめるようになった。
 そうなると、業務の内容や退社する時間が異なることもあり、以前のように徒党を組んで飲み歩くことも稀になっていた。
「いずれにせよ、俺たち、今後は運命共同体だ。目標に向かって突っ走るしかないぜ」
 大原がバーボンのグラスを、乾杯のかたちに掲げた。
 四人もそれにならった。
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ヘッドハンティング 9

2012年04月01日 18時19分33秒 | 小説「ヘッドハンティング」
 谷岡の説明は、具体的な条件面から、現在のシーシェルの業績内容、シーシェルにおける五人の配属部署、業務内容へと進行していった。
「われわれがやるべき業務内容が、もうすでに決められているんですか?」
 上島が疑義を挟んだ。
「これは、いわばアウトラインみたいなものです。皆さんの培ってこられたノウハウで、どんどん改良していただいて結構です」
 谷岡がそつなく答える。
「そのアウトラインからはみ出したり、アウトラインそのものを書き替えることは可能なんでしょうか?」
 梶尾が突っ込んだ。
「それは…」
 谷岡は言いよどんだ。

「合理的理由があれば可能です。当然、皆さんのほうにも長年の経験に裏付けられた、カタログビジネスに関する青写真がお有りだと思います。わたくしどもが求めているのは、まさに、そこなんです。今後はわたくしどもの設計図と、皆さんの青写真を照合して、より理想に近いカタログビジネスの企業作りを目指していきましょう」
 柳瀬がすかさずフォローした。
「下衆の勘繰りかもしれませんが、業績が芳しくならなかったら、我々は二、三年で契約切れでお払い箱、ということはないんでしょうかね?」
 大原が歯に衣着せぬ口調で尋ねた。
「みなさんの身分は出向といえども正社員です。当社の都合でやめさせるということは、法律上不可能です。ただし、年俸は三年間は据え置き、業績のアップ率により特別報奨を用意しますが、それ以降は業績や貢献度によって査定されます」
 谷岡が言った。

「まるで、野球選手並みだ」
 真田は言った。
「体力勝負の野球選手だったら、俺たちの歳ではお払い箱さ」
 大原が笑いながら言った。
「そう、みなさんには、体力ではなくて知力で勝負していただきたいですね」
 柳瀬が笑いを返した。
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