The Rest Room of ISO Management
ISO休戦
北朝鮮ミサイル騒動に思う
この記事を書き上げた9月3日午後いきなり北朝鮮国営テレビは、水爆実験に成功したと伝えた。これは70キロトンに相当すると日本政府は推測を発表した。広島型の約5倍のようだ。
その前、先週火曜日(8月29日)に北朝鮮が北海道上空に向けてミサイルを発射した。安倍首相は何故か通常早朝からの公務がない場合は宿泊しない首相官邸に何故か居て、早朝にもかかわらず“(ミサイルの挙動は)完全に把握している。”とマスコミに公表した。これは、一両日前に北の動向を察知する米軍ルートの情報に基づいての行動と考えられる。それは先週もこの場で、米軍のミサイル追跡艦・ハワード・O・ローレンツェンは、北のミサイル発射一両日前には佐世保から出向して、然るべき位置に待機しているということを書いたが、これからも容易に類推できることだ。北の政権内部からの情報なのか、ミサイルの液体燃料の注入行動の観測からなのかは判然としないが、米軍はそれなりの高度な情報を把握していることになる。
ところが、“弾道ミサイル防衛の統合任務部隊」トップを務める前原弘昭航空総隊司令官は、横田基地で「まさか直前にミサイルを撃たれるとは全く予期していなかったが、(短距離迎撃ミサイルPAC3の)機動展開能力を示すことができた。中止は考えなかった”と語ったという。この我が国防衛当局上層部のチグハグな対応には、彼らの情報共有について不安を覚える。おとぼけの演出であるならば、むしろ安心できるのだが。
ところでこの際、Jアラートは意味があったのだろうか。破壊措置命令は既に出ていて警戒態勢にあるが、現実に発射されたミサイルは日本領域内に落下する懸念はない、との瞬時の判断で迎撃はしなかった、という。また、大気圏外の飛翔体については勝手に破壊することは国際法に抵触するらしい。だが、飛行途中で何らかのトラブルでミサイルの部品が落下したり、機体が分解した時の事故抑制のためにJアラートを起動したということだ。
まぁ、そうならば迎撃ミサイルを発射して、撃破できたにせよ迎撃ミサイルの機体を含めてバラバラになった物体が落下するのは確かだ。迎撃は弾頭による爆破が防止できるだけではある。それでも危険があるのならば、警戒監視や安全対応にJアラートは必要なことなのかも知れない。
ところで、北自身は今回のミサイル試射は成功だったと見ているのだろうか。その飛距離は2700㎞だったが、8月10日に予告したのは、グアム島周辺に4発撃ちこむ試射だった。グアム島周辺に届くためには3500㎞の飛距離が必要なので、それに届かなかったのは失敗だったのではないか。また日本政府の発表によれば、弾頭は3つに分裂したという。これを多弾頭の実験をしたのではないかという憶測もあるが、思わぬトラブルによって機体が分解して飛距離も出ず失敗したというのが、正しい見方ではないだろうか。
そうならば、北は成功するまで北海道上空に向けて試射は継続すると考えるのが妥当だろう。つまりきちんと3500㎞を確実に飛行するミサイルになるまで複数回試射は続くと考えるべきだろう。まして、今回の試射に対する米側の反応が想定内だったので、“安心して”実験できることになったのではないか。既にミサイル4発は準備しているはずで、その内1発は今回で失敗。その対策・改良に今は全力を挙げているものと思われる。近く改良型の試射が実施されるのは確実だ。こうなれば、日本は北のミサイル試射場になった、ということになるのではないか。その後も、グアム射込みに必要な4発のミサイルの増産も必死で継続するに違いない。どこまで試射は続くか不明だ。
日本は今頃になって、北に怯えてというよりもJアラートに怯えて、ようやくPAC3の配備だと右往左往するのも情けない。否、PAC3の配備では不十分だとイージス・アショアの購入を検討するとは言っても、完全配備には数年かかるという。それで良いのか。実は既に数年前から、北はスカッドやノドン・ミサイルで対日攻撃可能になっているが、それを迎撃できる態勢を日本は整備して来ず呑気に過ごしてきた。今、北が躍起になって開発しているのは、既に日本とは関係なくそれより遠くを攻撃できる能力を持とうとしているのだ。この段階に至って、ようやく日本が慌てだすのは日本が犠牲になっても米国は守ることに専念しているかのように見える。このための集団的自衛権の確立であったのだろうか。確かに小野寺防衛大臣は国会でそれに言及している。
このように論理的に考えれば、日本の政府・防衛当局者の防衛感覚からマスコミを含めて一般日本人の平和ボケに思わず、不甲斐無さで一杯になってしまう。これは私ばかりだろうか。
否、これまで北は一生懸命 スカッドやノドン・ミサイルを揃えて日本の危機を煽ったつもりだったが、この平和で呑気な日本人を脅すには全く効果なく歳月が過ぎた。その間、北は米国にむかうミサイルの開発に専心した。そこで今回、日本を狙ったつもりでないミサイルを放ったところ、今度は日本ではJアラートが起動され、大騒ぎとなりようやく脅威に気付いたという次第だ。
面白いことに、“この脅威に慣れてしまわないことが大事”とのテレビ・コメンテーターの発言があったが、これはテロに恐れず驚かないことが一番のテロ対策だというのとは真反対の反応だということに気付いていない。つまりいい加減なコメントだ。これまで通りケロケロ・ピーとして、芸能スキャンダルに躍起になっていることが、テロ国家北朝鮮には最も効果的なのではないのか。
だが、現実は北朝鮮が日本に向けているミサイルの数は1,100基以上もあると言われている。こういった数字は兵器産業(特に米国の)等を中心とした様々な思惑が入り込み真実とは思えないが、射程1000㎞前後のスカッドは800基以上、最大射程が1300㎞のノドンは300基とされる。話半分としても相当な数で、西日本は殆どが射程に入るようだ。対日攻撃には大半は米軍基地を狙うと思われるが、特に東京では米軍基地は市街地に近い。ほとんどが民間へのトバッチリになるのだろう。さらに混乱を狙って原発等にも照準を合わせているかも知れない。
有事には今回の火星12型の破片落下よりも、既に多数を実戦配備しているスカッドやノドン・ミサイルつまり爆弾を積んだ弾頭の日本飛来が現実の危機だ。しかも1,100基もあるとなれば、否半分としてもそれに対応する数の迎撃ミサイルは日本にはない。その意味でも、米国を守るための高価なイージス・アショアの購入は意味がなく、PAC3の増備こそが焦眉の急ではないのだろうか。首相の安倍氏は日本国民の生命財産を本気で守るつもりはあるのだろうか。彼には日本人ジャーナリストの命を守らなかった前科がある。人の命に関しては1人、2人の問題ではない。政治家の対応には、細部に真実が見えることを肝に銘じるべきだ。こうした論理で詰めて行くと、何だか米国を守るのに躍起と言う印象だが、これが安倍氏という“ナショナリスト”の正体なのだろう。
だが、不明なのは結局は日本政府の対応だ。一体何をどうしたいのか全く不明なのだ。米朝の直接対話は“蚊帳の外”になるのは嫌だ。だから6か国協議の仕組を作ったはずだが、機能していない。軍事的手段も直接戦禍に巻き込まれるので当然否定的だ、というのだが。
北朝鮮以上の戦略的外交対応能力を有していなければ、当然の結果として手も足も出ないということになるのは当然だ。日頃から中露を説得できる外交的駆け引き能力を磨いておかなければならなかったが、米国の顔色をみなければならないという足枷の中でどうにもならない、ということか。この現実を知る日本人はどれほどいるのだろうか。
ならば米朝チキン・レースの行きつく先を見守るしかない、というのが現実なのかもしれない。つまり軍事的衝突は不可避と見るべきなのかもしれない。そうなった場合の準備は十分かと言えば、上に指摘したように不十分なのが現実だ。政府の論理的な政策が望まれるはずだが・・・。
今回の核実験でどの程度の小型化に成功したのか、これを米国はどう見るのか。スカッドやノドン・ミサイルにも搭載可能であろうか。火星12号に装着可能となったのなら米国の脅威は増している。米朝チキン・レースは極まって来ている。
それにしても最近のテレビを見ていて驚いたのは、著名なジャズ・トランペット奏者の中学生への体罰に対し、専門家のコメントなしで極めて精緻な議論ができる人々が、それよりももっと重要な対北問題―国民生活への直接的危害―についてはいい加減な“専門家”と称するコメンテータの下にあっても、ここで指摘したような議論に深められないことだ。日本人のこの意識構造の不思議さをどのように考えたら良いのだろうか。日本の外交下手とどこかつながっているのだろうか。
その前、先週火曜日(8月29日)に北朝鮮が北海道上空に向けてミサイルを発射した。安倍首相は何故か通常早朝からの公務がない場合は宿泊しない首相官邸に何故か居て、早朝にもかかわらず“(ミサイルの挙動は)完全に把握している。”とマスコミに公表した。これは、一両日前に北の動向を察知する米軍ルートの情報に基づいての行動と考えられる。それは先週もこの場で、米軍のミサイル追跡艦・ハワード・O・ローレンツェンは、北のミサイル発射一両日前には佐世保から出向して、然るべき位置に待機しているということを書いたが、これからも容易に類推できることだ。北の政権内部からの情報なのか、ミサイルの液体燃料の注入行動の観測からなのかは判然としないが、米軍はそれなりの高度な情報を把握していることになる。
ところが、“弾道ミサイル防衛の統合任務部隊」トップを務める前原弘昭航空総隊司令官は、横田基地で「まさか直前にミサイルを撃たれるとは全く予期していなかったが、(短距離迎撃ミサイルPAC3の)機動展開能力を示すことができた。中止は考えなかった”と語ったという。この我が国防衛当局上層部のチグハグな対応には、彼らの情報共有について不安を覚える。おとぼけの演出であるならば、むしろ安心できるのだが。
ところでこの際、Jアラートは意味があったのだろうか。破壊措置命令は既に出ていて警戒態勢にあるが、現実に発射されたミサイルは日本領域内に落下する懸念はない、との瞬時の判断で迎撃はしなかった、という。また、大気圏外の飛翔体については勝手に破壊することは国際法に抵触するらしい。だが、飛行途中で何らかのトラブルでミサイルの部品が落下したり、機体が分解した時の事故抑制のためにJアラートを起動したということだ。
まぁ、そうならば迎撃ミサイルを発射して、撃破できたにせよ迎撃ミサイルの機体を含めてバラバラになった物体が落下するのは確かだ。迎撃は弾頭による爆破が防止できるだけではある。それでも危険があるのならば、警戒監視や安全対応にJアラートは必要なことなのかも知れない。
ところで、北自身は今回のミサイル試射は成功だったと見ているのだろうか。その飛距離は2700㎞だったが、8月10日に予告したのは、グアム島周辺に4発撃ちこむ試射だった。グアム島周辺に届くためには3500㎞の飛距離が必要なので、それに届かなかったのは失敗だったのではないか。また日本政府の発表によれば、弾頭は3つに分裂したという。これを多弾頭の実験をしたのではないかという憶測もあるが、思わぬトラブルによって機体が分解して飛距離も出ず失敗したというのが、正しい見方ではないだろうか。
そうならば、北は成功するまで北海道上空に向けて試射は継続すると考えるのが妥当だろう。つまりきちんと3500㎞を確実に飛行するミサイルになるまで複数回試射は続くと考えるべきだろう。まして、今回の試射に対する米側の反応が想定内だったので、“安心して”実験できることになったのではないか。既にミサイル4発は準備しているはずで、その内1発は今回で失敗。その対策・改良に今は全力を挙げているものと思われる。近く改良型の試射が実施されるのは確実だ。こうなれば、日本は北のミサイル試射場になった、ということになるのではないか。その後も、グアム射込みに必要な4発のミサイルの増産も必死で継続するに違いない。どこまで試射は続くか不明だ。
日本は今頃になって、北に怯えてというよりもJアラートに怯えて、ようやくPAC3の配備だと右往左往するのも情けない。否、PAC3の配備では不十分だとイージス・アショアの購入を検討するとは言っても、完全配備には数年かかるという。それで良いのか。実は既に数年前から、北はスカッドやノドン・ミサイルで対日攻撃可能になっているが、それを迎撃できる態勢を日本は整備して来ず呑気に過ごしてきた。今、北が躍起になって開発しているのは、既に日本とは関係なくそれより遠くを攻撃できる能力を持とうとしているのだ。この段階に至って、ようやく日本が慌てだすのは日本が犠牲になっても米国は守ることに専念しているかのように見える。このための集団的自衛権の確立であったのだろうか。確かに小野寺防衛大臣は国会でそれに言及している。
このように論理的に考えれば、日本の政府・防衛当局者の防衛感覚からマスコミを含めて一般日本人の平和ボケに思わず、不甲斐無さで一杯になってしまう。これは私ばかりだろうか。
否、これまで北は一生懸命 スカッドやノドン・ミサイルを揃えて日本の危機を煽ったつもりだったが、この平和で呑気な日本人を脅すには全く効果なく歳月が過ぎた。その間、北は米国にむかうミサイルの開発に専心した。そこで今回、日本を狙ったつもりでないミサイルを放ったところ、今度は日本ではJアラートが起動され、大騒ぎとなりようやく脅威に気付いたという次第だ。
面白いことに、“この脅威に慣れてしまわないことが大事”とのテレビ・コメンテーターの発言があったが、これはテロに恐れず驚かないことが一番のテロ対策だというのとは真反対の反応だということに気付いていない。つまりいい加減なコメントだ。これまで通りケロケロ・ピーとして、芸能スキャンダルに躍起になっていることが、テロ国家北朝鮮には最も効果的なのではないのか。
だが、現実は北朝鮮が日本に向けているミサイルの数は1,100基以上もあると言われている。こういった数字は兵器産業(特に米国の)等を中心とした様々な思惑が入り込み真実とは思えないが、射程1000㎞前後のスカッドは800基以上、最大射程が1300㎞のノドンは300基とされる。話半分としても相当な数で、西日本は殆どが射程に入るようだ。対日攻撃には大半は米軍基地を狙うと思われるが、特に東京では米軍基地は市街地に近い。ほとんどが民間へのトバッチリになるのだろう。さらに混乱を狙って原発等にも照準を合わせているかも知れない。
有事には今回の火星12型の破片落下よりも、既に多数を実戦配備しているスカッドやノドン・ミサイルつまり爆弾を積んだ弾頭の日本飛来が現実の危機だ。しかも1,100基もあるとなれば、否半分としてもそれに対応する数の迎撃ミサイルは日本にはない。その意味でも、米国を守るための高価なイージス・アショアの購入は意味がなく、PAC3の増備こそが焦眉の急ではないのだろうか。首相の安倍氏は日本国民の生命財産を本気で守るつもりはあるのだろうか。彼には日本人ジャーナリストの命を守らなかった前科がある。人の命に関しては1人、2人の問題ではない。政治家の対応には、細部に真実が見えることを肝に銘じるべきだ。こうした論理で詰めて行くと、何だか米国を守るのに躍起と言う印象だが、これが安倍氏という“ナショナリスト”の正体なのだろう。
だが、不明なのは結局は日本政府の対応だ。一体何をどうしたいのか全く不明なのだ。米朝の直接対話は“蚊帳の外”になるのは嫌だ。だから6か国協議の仕組を作ったはずだが、機能していない。軍事的手段も直接戦禍に巻き込まれるので当然否定的だ、というのだが。
北朝鮮以上の戦略的外交対応能力を有していなければ、当然の結果として手も足も出ないということになるのは当然だ。日頃から中露を説得できる外交的駆け引き能力を磨いておかなければならなかったが、米国の顔色をみなければならないという足枷の中でどうにもならない、ということか。この現実を知る日本人はどれほどいるのだろうか。
ならば米朝チキン・レースの行きつく先を見守るしかない、というのが現実なのかもしれない。つまり軍事的衝突は不可避と見るべきなのかもしれない。そうなった場合の準備は十分かと言えば、上に指摘したように不十分なのが現実だ。政府の論理的な政策が望まれるはずだが・・・。
今回の核実験でどの程度の小型化に成功したのか、これを米国はどう見るのか。スカッドやノドン・ミサイルにも搭載可能であろうか。火星12号に装着可能となったのなら米国の脅威は増している。米朝チキン・レースは極まって来ている。
それにしても最近のテレビを見ていて驚いたのは、著名なジャズ・トランペット奏者の中学生への体罰に対し、専門家のコメントなしで極めて精緻な議論ができる人々が、それよりももっと重要な対北問題―国民生活への直接的危害―についてはいい加減な“専門家”と称するコメンテータの下にあっても、ここで指摘したような議論に深められないことだ。日本人のこの意識構造の不思議さをどのように考えたら良いのだろうか。日本の外交下手とどこかつながっているのだろうか。
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