徒然日記

街の小児科医のつれづれ日記です。

インフルエンザ=麻黄湯ではありません。

2013年10月23日 07時05分34秒 | 小児科診療
 漢方薬が市民権を得てきたことを感じる今日この頃。
 古くは「風邪には葛根湯」から始まり、近年は「インフルエンザに麻黄湯」「認知症に抑肝散」という組み合わせも認知されてきました。

 しかし、西洋医学の病名に漢方薬を当てはめて使うと、思わぬ落とし穴があります。
 約3割の患者さんに漢方薬を処方している私でさえ「インフルエンザに麻黄湯」には違和感を覚えますし、実際にインフルエンザと診断してもめったに麻黄湯は処方しません。
 なぜかというと、麻黄湯はインフルエンザのくすりとして作られた方剤ではないからです。

 麻黄湯の本来の適応は「表寒実証」。
 といっても意味不明ですね(笑)。
 漢方医学の病名は「証」で表現され、これは患者さんの病態・病状を判断したものです。
 説明してみますと・・・

 「」とは体の表面、つまり皮膚です。
 「」とは冷えていること、すると「表寒」は皮膚が冷えていることを意味します。
 風邪を引いて熱が上がってくる過程でブルブル・ゾクゾク悪寒が走る経験を皆さんしたことがあると思います。
 熱を測るとすでに38℃超、しかし皮膚を触ってみると冷たく、自分自身は寒気を感じる・・・この状態がまさに「表寒」です。

 「実証」とは体力が充実していること。「実証」の反対は「虚証」で体力がない状態。
 「膨らんだ風船が実証で、しぼんだ風船が虚証とイメージしてください」と説く専門家もいます。
 より具体的には胃腸が丈夫、女性で云えば鎮痛剤で胃が荒れないこと。
 生理痛で鎮痛剤を飲んで胃をやられて胃薬が手放せない、という方は「虚証」です。

 というわけで、麻黄湯は「体力のある人が風邪の引き始めで体がゾクゾク悪寒が走り、皮膚を触ると冷たいとき」に使う漢方薬と云うことになります。そのような状態の人が麻黄湯を服用すると「皮膚が温まり汗をかき熱が下がって体が楽になる」という効き方をするのです。
 ですからインフルエンザ以外の風邪でも上記のような状態の時に服用すると体が楽になります。

 鋭い方はお気づきかもしれませんが、麻黄湯を飲むと皮膚が温まる・・・つまり一過性に体温が上がります。
 人は感染症に罹った時の生体反応として、自分で体温を上げて侵入してきた病原体(ウイルスや細菌)を追い出そうとしますが、麻黄湯はその生体反応を手伝い・加速させることで効果を発揮するのです。

 では、麻黄湯と解熱剤を併用するとどうなるでしょう。
 せっかく上げようとしている熱を押さえ込んでしまうことになり、麻黄湯の効果半減です。「漢方薬を服用するときは解熱座は使わないように」と指導されるのはこのためです。

 さて、麻黄湯を間違った使い方をするとどうなるか、例を挙げてみます;

・「虚証」の人に使うと、胃腸障害(胃が重い、胃痛、軟便/下痢)が出やすい。
・「虚証」の人に使うと、汗が出すぎてグッタリしてしまう(脱汗)ことがある。
・「表寒」以外の状態、例えば風邪を引いて数日経っても熱が上がったり下がったりしている状態(半表半裏)で飲んでも効かない。


 等々。
 というわけで、ブームに乗って「インフルエンザ=麻黄湯」と一律処方する医者はちょっと・・・というのが私の印象です。
 なお、インフルエンザに使用できる漢方薬は麻黄湯だけではありません。ちゃんと「虚証」の方向けのかぜ薬として「桂枝湯」や「香蘇散」なども用意されていますので、ご安心を。
「体が楽になる」という効力で評価すると、西洋薬より漢方薬の方が優れていることを日々実感している私です。

<参考HP>
■ 「インフルエンザに対する麻黄湯使用上の注意」(日本東洋医学会)
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