小児アレルギー科医の視線

医療・医学関連本の感想やネット情報を書き留めました(本棚2)。

「子育てハッピーアドバイス もっと知りたい 小児科の巻2」

2009年11月23日 21時04分46秒 | 小児医療
人気シリーズの最新刊です。
今回は小児科以外で子どもがお世話になる「耳鼻科」「皮膚科」「眼科」「歯科」の先生方が登場し、専門領域の子どもの病気についてわかりやすく解説しています。イラストも秀逸。
さすがに「餅は餅屋」で、小児科医である私でもちょっと勉強になりました。
ちょっとコメントを。

■ 耳鼻科
 「急性中耳炎」を「耳の風邪」と表現するのはうまい(座布団一枚!)。
 急性中耳炎の軽いものは小児科で治療可能ですが、長引くタイプや慢性化した滲出性中耳炎はお願いしています。
 保育園通園児が一旦中耳炎になると繰り返す傾向があり耳鼻科通院がなかなか終わらずお母さんも大変です。3歳くらいまでは免疫能未完成なのでバイ菌を排除できないからです。
 しかし、耳鼻科通院中ず~っと抗生物質を飲んでいる子どもがいて、耐性菌のことを考えると私的(小児科的)には考えられない使用法です。
 漢方薬で何とかならないかなあ、と希望する方には子どもの健康を底上げするタイプや喉周囲の炎症に効くタイプのエキス剤を処方しています。

■ 皮膚科
 勤務医時代は仲のよい皮膚科の先生に色々教えていただき勉強になりました。
 でも、アトピー性皮膚炎は悩ましい。
 他の科では「よくならないので小児科に来ました」と相談されることはないのですが、アトピーでは「いくつか皮膚科に行ってみたけどよくならず、アレルギー科のここに来ました。」という患者さんが時々受診されます。
 「いやあ、皮膚の病気は皮膚科が専門ですから・・・」と内心言いたいところですが、スキンケアや軟膏療法について一通り説明します。すると「こんな話は初めて聞いた」という方が少なからずいらっしゃいます。皮膚科の先生は忙しくて説明する時間がないのでしょうか・・・。
 皮膚科の本を読むと「スキンケアを欠かさずによい状態を保てば思春期までには落ち着きますよ」とお約束のように書いてありますが、その日々のスキンケアにかかるエネルギーは膨大なものです。軟膏治療に疲れた患者家族を見ると、つい「漢方を試してみませんか?」と言ってしまいます。合う漢方薬が見つかると、体の中から効いて皮膚の状態が落ち着いてきます。

■ 眼科
 「学童の近視は病気ではない!」という記述に目から鱗が落ちました。
 小中学校時代は眼球が前後に成長するので、近視になりやすいそうです。しかし近視とは「近くはよく見えるが遠くは見えない」状態であり、視力全部が落ちるわけではありません。「メガネ」という道具を使えば日常生活には支障が出ないし、20歳くらいになると進行が止まるから、まああまり神経質にならずともいいんじゃないですか、という言葉に安心しました(実は私の子ども達が近視進行中)。

■ 歯科
 虫歯菌であるミュータンス菌が砂糖を分解して酸を作り、その酸が歯を溶かすことは知っていました。
 私が医学生の時は「キシリトール」も「フッ素」もなく、現在はしっかり予防すれば虫歯がない一生を送れることが現実味を帯びているのですねえ。あと20年くらい後に生まれてくれば、私の虫歯の数も減っていたかも(苦笑)。

 ここまで書いてきて気づいたのですが、他の科との境界領域に私は結構漢方薬を使っていますね。「○○科へ行ってね」という前のワンステップになってくれています。

 「こんな症状のときはこの科を受診」する目安となるこの本は、きっとお母さん方の役に立つでしょう。
 早速待合室に置くことにしました。
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「子ども虐待という第四の発達障害」

2009年09月06日 16時11分54秒 | 小児医療
著者:杉山登志郎(あいち小児保健医療センター心療科部長兼保健センター長)
発行:学研(2007年)

先日、NHKで「追跡 A to Z, 虐待の傷は癒えるのか?」という番組を見ました。
被虐待児の中でも発達障害をきたした子ども達を収容する情緒障害児短期治療施設(略して”情短”)の日常を紹介する内容ですが、そこにはどうしようもなく混乱し、問題を抱えた現場が映し出されていました。
この本を購入したあったのを思い出し、本棚から取り出して読んでみました。

本の内容は、虐待の現場で子どもとその親をチーム医療で支える医師から見た「虐待の病理」です。
仕事柄、私も虐待事例を扱ったことはありますが、その子達が5年後、10年後どうなっているかまでは一般小児科医は知る術がありません。この本を読んで、その厳しい現実に今までの認識が一変する思いでした。

ただし、一般書ではありますが、専門用語が飛び交うので一般読者には敷居が高いと思われます。「わかりやすく書いた」と著者は述べているものの、例えば「反応性愛着障害抑制型と広汎性発達障害の鑑別」と小児科医の私でさえピンとこないような項目があります(!?)。

 ショックだったのは、虐待は確実に脳を侵し、脳のある部分の容積が減ってしまう器質的疾患を引き起こすという事実。脳に変化が起こるということは「治らない」ことを意味します。それから、被虐待児の終末像としての「多重人格」。被虐待児はあまりにも悲惨な現実を受け入れることができず、他の人格を造って逃げることにより自分を守るという術を獲得せざるを得ない、壮絶で悲しい戦い。現実を受けとめるよりも壊れてしまった方が楽なのです。
 もしかしてオカルト映画の「エクソシスト」は虐待が裏にあったのかもしれないな、とさえ思いました。
 そして結論は、虐待は「家族の病理」であり、「社会の病理」が端的に現れたもの・・・これは予想通りでした。

気になった部分を抜き出してみます。

■ 「虐待は第四の発達障害」と認識すべきである
1.精神遅滞、肢体不自由群
2.自閉症症候群
3.学習障害
4.発達障害としての子ども虐待

■ 子ども虐待の影響は年齢による症状の推移がある。
・幼児期:反応性愛着障害(TVでも出てきた病名です)
・小学生:多動性の行動障害
・思春期:解離障害、外傷後ストレス障害、一部は非行へ
・最終的には「複雑性PTSD」(子ども虐待の終着駅症候群)に至る。
 解離が常在化して意識状態は容易に変異し健忘が生じ、多重人格を呈することが少なくない、未来への希望を持たない重度のうつ病状態となる。さらに「意味の混乱」が起きる。つまり、「自分は何のために生まれてきたのか?」という問題が吹き出してくる。答えを見つけられずに自殺未遂を繰り返すことも希ではない。

 TVの「情短」では多動性行動障害を呈するものが非常に多く、衝動コントロールが不良で、些細なことから相互に刺激をし合い、時にはフラッシュバックを起こし、大げんかになるかフリーズを生じるかといった状況を、毎日のように繰り返していました。

 実はこれとおなじような状況をTVで見たことがあります。

 内戦が終了したばかりのアフリカ某国。少年兵としてかり出された子ども達が小学校へ帰ってきました。しかしそこではケンカばかりで全然授業になりません。なぜなのか、原因を追及してみると・・・
 彼らは少年兵として数日間銃の扱い講習を受けるとすぐに前線へ送られました。そこは敵を殺さなければ自分が殺される極限状況。恐怖で身動きできなくなるのを防ぐために日常的に麻薬を使って不安を沈めているという恐ろしい現実がありました(「ブラッド・ダイヤモンド」という映画にも危ない眼をした少年兵が出てきました)。そんな体験をすると、感情のコントロールができなくなってしまうのでしょう。会話ではなく、すべて暴力で解決するようたたき込まれたのですから。

■ 子ども虐待は脳自体の発達にも影響を与える
 被虐待児の脳を調べた報告では、前頭前野および側頭葉の体積が減少し、さらに早期から虐待を受けた方が大脳が小さく、虐待を受けていた期間が長いほど脳が小さい。また、左右の大脳半球をつなぐ脳梁も小さく、小さいほど強い解離症状を認めた。元被虐待児の大人の調査では、記憶の中枢である海馬と扁桃体の体積が10~15%減少している。

<被虐待児で異常が指摘されている脳領域>
  脳梁、(島)   →  解離症状
  海馬、(扁桃体) →  PTSD
  前頭前野     →  実行機能の障害
  前帯状回     →  注意の障害
  上側頭回、眼窩前頭皮質、扁桃体 →  社会性・コミュニケーションの障害

・・・これだけ解析されている事実に驚くばかりです。なお、広汎性発達障害や一般的なADHDではこれほど明確な器質的変化は認められていないと報告されているそうです。

■ 反応性愛着障害とは?
 生後5歳未満までに親やその代理となる人と愛着関係がもてず、人格形成の基盤において適切な人間関係を作る能力の障害が生じるに至ったもの。愛着の未形成により乳幼児は無反応となり、たとえ十分な栄養が与えられていても、心身の発達の著しい遅れ、さらには免疫機能の低下までが生じ、時として死に至ることもある。
 愛着障害の症状で気になった単語を抜き出してみます:孤独感、疎外感、未来に絶望している、自分自身のみならず人間関係や人生に否定的、自分を悪い子だと思っている、愛することができないと思っている・・・等(悲しすぎます)。

・・・結果的に世紀の大実験となった「チャウシェスク・ベビー」を思い出しましたが、この本でも詳しく取り上げられていました。

■ 「しつけ」について
 「しつけ」などの社会的な練習は、こどもの欲求を抑えつけることに他ならない。愛着者の優しいまなざしが内在化されることによって初めて、愛着者の喜びを自らの喜びと重ね合わせ、社会的な規範が抑圧ではなく倫理や道徳へと転ずるのである。

・・・わかりやすい例を挙げると、尊敬する人に叱られると「気にかけてもらって嬉しい」と自己反省するけど、イヤな人に叱られるとウザイだけ、という現象です。

■ 被虐待児における傷ついた愛着の修復は、ゼロからの出発なのではなくて、マイナスからの出発なのだ。そして愛着の修復は多大の努力にもかかわらず、限定的である。傷が治癒したとしても瘢痕を残すように、一度受けた深刻な心の傷が跡形もなく消失することはもとより不可能である。我々の行っていることは「敗戦処理」であると感じることも少なくない。次世代の連鎖を完全になくすことは無理であっても、軽減させることは可能である。
 治療の困難さを考えると、第一に考えたいのが予防である。できるだけ3歳までに(特に1歳未満の子どもを抱える母子に対しては)、母子の愛着を形成するための絶好の時期であるので愛着形成をサポートすべきである。

■ 解離現象
 脳が目に見える器質的な傷を受けたわけではないのに、心身の統一が崩れて記憶や体験がバラバラになる現象(わかりにくい!)。
(例)母親から殴られる虐待が日常化していた7歳の少女。彼女は殴られるときにいつも意識を飛ばして幽体離脱をしていた。天井に上がってそこから殴られる自分を見ていたので全然痛くなかった言う。

・・・現実を受け入れられず自己防衛のため、生き残る戦略としてこのようなシステム(解離)が働くのでしょう。まるでオカルト映画の一シーンのようで、ゾッとしました。

■ 非社会的な様々な行動が生じると、周囲から「しつけの悪い子」という誤った判断を下されがちであり、両親がしつけによって子どもの身勝手に見える行動を修正しようとすると、さらに愛着の遅れが生じ、社会的な能力は遅れることになる。加えて、激しい叱責や突き放し、体罰に発展することも少なくなく、心理的虐待、身体的虐待に至ってしまう。

■ 一般的なADHDと虐待によるADHD様症状の鑑別
 多動の生じ方が異なる。ADHD様症状の方はムラが目立ち、非常にハイテンションの状態と、不機嫌にふさぎ込む状態とが交代で見られることが少なくない。一般的なADHDは眠くなると多動がひどくなるが、日内変動は少ない。
 メチルフェニデート(商品名:リタリン、コンサータ)は虐待系の多動にはほとんど無効である。
 また、反抗挑戦性障害や非行への移行は虐待系の多動は非常に多いのに対して、一般的なADHDでは比較的少ない。
 最も大切は鑑別点は、虐待系では「解離」の存在があることである。米国精神医学会の診断基準では解離性障害が認められる場合にはADHDから除外されることが規定されている。

■ 子ども虐待は「家族の病理」であり、家族というある種の閉鎖システムに穴を開ける作業が必要となる。さらに治療を行っていけば、親とその親の関係、すなわち一世代前の親子関係に必ずたどり着く。
 暴力にさらされた子どもは、治療をきちんと受けない限り暴力にとても親和性が高い大人に育ち、DV夫となる暴力的な男性に引き寄せられ、さらに自らも子どもに何らかの虐待を行う危険性が高くなってしまう。

■ 愛着障害(あるいは「虐待的きずな」というゆがんた愛着)を起こしている被虐待児に、愛情をもって接すれば子どもの心が癒されるかというと、そう単純なものではない。愛情が注がれればそれだけ逆に問題が噴出するというパターンになる。

 なぜ虐待が増えたのか? 
 結論として、著者は日本文化の変容を挙げています。
「弱者は社会が保護する」という文化がいつの頃からか無くなりつつある。家族・家庭の意味が子育ての単位から自己実現の単位に変わったとき、子どもの育ちは危機に瀕する。

・・・「虐待の連鎖」とはマスコミでよく使われる言葉ではあります。私は以前から「親子関係だけではなく、3世代、いやもっと連鎖は続いてきているのではないか?」と感じていました。それは結局「社会のゆがみ」が弱者である子どもに押しつけられた危機的状況を警告しているのでしょう。
 子どもがまともに育たない社会・・・50年後の日本は自滅しているかもしれません。
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「子育てハッピーアドバイスー知っててよかった小児科の巻ー」

2009年07月05日 20時06分54秒 | 小児医療
吉崎達郎、明橋大二著、1万年堂出版、2009年発行。
大ヒットシリーズ「子育てハッピーアドバイス」シリーズ最新刊で、待っていました小児科の巻。
マンガをまじえて平易な文章で子どもの病気について説明する内容です。
今までの著者は児童精神科医の明橋先生単独でしたが、今回は小児科医の吉崎先生が共著者となっています。

ほんと、感心するほどこのシリーズは読みやすい。
そして、お母さんたちが知りたいことをピンポイントでバッチリ解説。
「子育てハッピーアドバイス」シリーズのヒットの後、雨後の竹の子のように類似本が出回りましたがオリジナルを超えるものは皆無でした。

数年前に「よくわかる、子どもの医学」(金子光延著、集英社新書)が出版され、「自分が毎日説明している内容そのものだなあ」と感じましたが新書版なので子育て中のお母さんが読むにはちょっと敷居が高い(時間がかかるという意味で)、今回のこの本はそれをさらにかみ砕いたもので一晩で読み終わる程度のボリュームです。
両方読むと、現在の若手(40歳代まで)小児科医のスタンダードな診療が理解できると思います。

風邪=抗生物質で治療は×。
解熱剤を1日3回使うのは×。
嘔吐すればすぐ点滴も×。
などなど。

早速待合室用に3冊購入しました。

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「イギリスの医療は問いかける」

2009年06月22日 06時44分27秒 | 小児医療
副題 ー「良きバランス」へ向けた戦略ー
森 臨太郎 著、医学書院、2008年発行

日本の医療行政が迷走を続けています。
何が問題でどう変えればいいのか?
そんな疑問に海外での臨床経験のみならずイギリスの医療行政にも関わった経験のある小児科医が「外から見た日本の医療」という視点で答えた本です。

新聞・マスコミは医療の質を比較するのに数字をよく使います。
しかし、各国の医療システムが随分異なるので数字による単純比較は必ずしも真実を伝えないのかな、とこの本を読んで感じました。

<イギリスと日本の医療の違い>

■ イギリスでは「内科」「小児科」「外科」と同じレベルの専門科として「家庭医」「救急科」が存在する。
「家庭医」は日本の「開業医」と同じような役割を担っているが、成り立ちが違う。医師になり一定の研修後に「家庭医コース」を選択して研修を積み、資格を取って初めて「家庭医」として働くことができる。
日本のように勤務医時代は内科医として働いていた医師が開業するときに「内科・消化器科・小児科」などと専門外を標榜することはあり得ない。さらに「家庭医」は国家公務員であり、地域に何人と人数が決まっているので過剰・過疎はあり得ない。日本のように自由に開業できるわけではない。
 なお、イギリスでは医学校を卒業したらそのまま医師登録ができる。医師国家試験というものはない。

■ イギリスでは患者が医師を選択できない。
 いかなる病気でもその地域の「家庭医」(国家公務員)をまず受診しなければならない。専門科を受診したくてもできない。家庭医が必要と判断すれば紹介状を書き、そこで初めて専門科の診療を受けることができる(しかしアトピー性皮膚炎患者がアレルギー専門医の診察を受けるには予約して3ヶ月待ちと聞いたことがある)。当然、ドクターショッピングなどあり得ない。
 救急疾患は例外で、大病院がそれを担う。真の救急疾患には迅速な対応と集中治療が施されるが、軽症例はトリアージによりひたすら待たされる(ロンドンで救急外来に行くくらいなら、ユーロトンネルを通って電車でパリに行った方が早く見てもらえるというジョークがある)。
 近年「NHS Direct」と「NHS Walk-in Care」という2つのサービスが導入された(国営です!)。
① NHS Direct:24時間の電話サービスで、ちょっと心配なことがあれば、電話でベテランの看護師さんに相談に乗ってもらえる。
② NHS Walk-in Care:大きな病院にくっついた形で行われる外来。予約なしで看護師に診察してもらい、多少の薬の処方や傷の手当てくらいならしてもらえる。
(・・・日本もこのシステムを導入すれば小児科医の負担が減って医療崩壊に歯止めがかかるのになあ)

■ イギリスでは中小病院が存在しない。
 日本のように「市」単位で総合病院は存在しない。県レベルの広さに5個くらいの大病院があるのみ。そこに医師が集中している。
 これは「病院における小児科医の数の平均」に表れる。
 日本では1.8人、イギリスでは20人!
 ではイギリスには小児科医が多いのか?・・・否である。
「人口10万人当たりの小児科医の数」は日本80人、イギリス28人。
 なぜこういう数字になるのか?
 病院の数が違う。小児科のある病院の数は、
 日本:3528、イギリス:204。
 つまり、イギリスでは大病院に多数の小児科医が勤務し、中小病院に数人勤務する日本とは大きく異なる。
 近年、日本でも「医療崩壊」という名の下に中小病院小児科が消滅してきている。これは自然淘汰とも言えるかもしれない。

■ 労働条件が異なる。
 日本では労働基準法を守っている小児科医など見たことがない。労働基準法を守ったら医療そのものが成り立たなくなるというのも変な話である。一人ひとりの医師たちの超人的な頑張りで支えられてきた日本の医療の質ではあるが、医師本人の健康(肉体的にも精神的にも)が守れないのが現状である。
 医師は良心を失ってはならないが、国民は医師の良心にこれ以上頼ってはいけない。
 イギリスの医師の勤務時間は日本と比較するとかなり少ない。救急科や周産期医療ではシフト制を取っており、一次医療と二次・三次医療の棲み分けがはっきりしている。さらに現在、EUの標準勤務時間に合わせるための努力がなされており、2009年までに週48時間という目標が設定され実現に向けて努力がされている。

■ 医療にとって市場主義と社会主義はどちらがよいか?
 イギリスでは第二次世界大戦後社会主義的医療となった。医療を国営としNHS(National Health Service)を設置し、NHSの財源を税金とし、医療の無料化を実現した。
 その後競争のない社会主義的医療は制度疲弊を起こしはじめ、効率・サービスの質が低下した。
 1979年に首相となったサッチャー女史は「新自由主義」を唱え、医療を民営化しようとした。しかし国民の抵抗に遭い、市場主義原理の導入にとどまった。
 1997年に首相となったブレア氏は「第三の道」(完全な社会主義政策でもなく完全な自由主義でもない第三の道)をキーワードとしバランスの良い医療を模索した。完全な社会主義では理論的に平等に富が分配されるが、結局は効率の低下と社会の停滞、生産性の低下を招く結果になる。完全な自由主義政策では弱肉強食の世界となり、社会に格差を生み、結局は社会全体の治安や健康指標を落とすことになる。
 日本の医療制度は社会主義的だという人も多いが、その多くは個人保険中心の米国との比較である。診療報酬は統一価格であり社会主義的側面を持つが、どのような場所にも自由に開業を許され、医師の給料も自由に変えられるのは自由主義的側面であるといえる。また国民皆保険の財源は税金ではない。日本はイギリスと米国の間くらいに位置する医療制度と言える。

■ 日本の開業医とイギリスの家庭医の違い
①イギリスの家庭医は家庭医としての研修が必須であるが、日本の開業医はそのような研修を受けていない。
②イギリスの家庭医は国家公務員であり給料は一定である。ポストの数も限られている。
③イギリスの家庭医は余分な検査・投薬が行われない。収入に結びつかないからである。一方日本の開業医は借金をして土地を買い医院を建てて開業するので「商売」的側面がある。検査・投薬によりある程度「儲ける」ことができるシステムである。

<日本の医療への処方箋>

■ 日本の医療費は対GDPにおいて先進7カ国で最低である。最小限のお金しか払わないのであれば、それに値するサービスしか受けられないのはこれまたものの道理である。
 すべての機能が揃っている大きな病院が自宅近くにあり、ふだんの診療から入院加療が必要な高度な医療まで診てもらえれば、それがベストかもしれない。そのためには当然、医療費を上げなければならず、国民の財政的負担も大きくせざるを得ない。

■ 完全な医療費の無料化は避けるべきである。医療の無料化が進んだ部分は過剰医療が顕著である。
 例えば、老人医療が無料化されて、どれだけ余分な薬が処方されたか、小児医療が無料化されて、どれだけ非常識な時間帯に非常識な理由で救急外来を受診する例が増えたか、医療従事者の間ではよく知られていることである。夜中の2時に受診しても朝の10時に受診しても、同じ値段で同じ質の医療が受けられるのであれば、自分の行きたい時間に行くのが当たり前であるが、提供する医療に要する費用は何倍も違う。

■ 小児救急で当直をしていると、休みなく夜が明けるまで診療を続けることになるが、これを「宿直」扱いとしている病院は多い。宿直というのは学校の先生の宿直と同じで、不測の事態のために一晩そこに泊まっている当番のことである。その時間帯ずっと仕事をしていることを想定して給料は設定されていない。
 医師の労働条件に関しては、労働基準法の中にいくつもの抜け穴が許されていることであり、全くざるのようになっている。改善なくして医療崩壊を止めることはできない。
 

以上読んできて、日本の医療行政の大きな失敗は「家庭医科」と「救急科」を育ててこなかったことに尽きるような気がしてきました。現実に困っているのはこの2点でしょう?
 イギリスも一時医療費が先進国の中で日本と同じく低い部類でしたが、両国を比較するとだいぶ内容が違うことに気づきます。イギリスは不必要な診療を排除するシステムを構築して医療費を抑制しましたが、日本は患者側の希望を優先してフリーアクセスはそのままに、単価(診療報酬)を抑えて医療費を抑制する方向、つまり薄利多売状態へ持っていったのです。その結果が現在の「医療崩壊」ですね。
 小児救急医療を救う処方箋として、まず「NHS Direct」レベルの24時間電話相談サービスを是非実現していただきたい。そこで必要と判断された患者さんのみが病院を受診するようになれば小児科医の負担は1/3に減ることでしょう。
 小児科医を増やす必要はありません。現在、大学医学部の定員を増やしていますが、労働条件を改善しなければザルに水を流すだけで何の解決にもなりません。

<余談> WHOのシンボルマークに蛇がいる理由・・・ギリシャ神話に出てくるアポロンとコロニスの子、アスクレピオスは死者でさえ蘇らせたといわれ、医学の象徴となっており、そのためアスクレピオスの持つ蛇の巻きついた杖は多くの医学校の紋章に使われているそうです(WHOも)。
 
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