小児アレルギー科医の視線

医療・医学関連本の感想やネット情報を書き留めました(本棚2)。

「ウイルス感染から身を守る方法」(中原英臣著)

2014年02月24日 20時58分26秒 | 予防接種
河出書房新社、2013年発行

同じ著者の「ウイルス進化論」を読んで衝撃を受けたのはもう10年以上前。
今回も手頃な啓蒙書ですが、何かヒントになることはないかな、と言う気持ちで手に取りました。

まあ、通り一遍のウイルスに関する記述と彼独自のウイルス進化論の解説で特に目新しいものはありませんでした。
啓蒙書としては十分なのでしょうが、もうちょっと突っ込んだ内容を期待したのに・・・私の読後感は「期待外れ」。

特に予防接種/ワクチンに関しては、医療者というより一般市民の視線にとどまり、その医学的意義や根本的問題に言及されておらず不満が残りました。
影響力の大きな人なので、もう少し勉強してから書いていただきたい。

一方で、ウイルスの生態・性質を他のものに例えるのが上手いと思いました。
ウイルスの感染対象が限定されることをUSBメモリに例えたり、最後の章で日本の歴史をウイルス進化論的に俯瞰している下りは興味深く読ませていただきました。

 日本の歴史をみても、新しい外からの情報が入ってきたことで大きく変わってきた。弥生時代に中国や朝鮮から持ち込まれた文化もそうだろう。7世紀になると、遣隋使や遣唐使によって社会が大きく変わった。
 なかでも、仏教の導入は、その後の日本人の生き方や考え方に多大な影響を与えた。さらに、種子島に漂着したポルトガル船がもたらした火縄銃は、応仁の乱からの約100年も続いた戦国時代に終止符を打つことになった。
 極めつきは、幕末のペリー来航である。「太平のねむりをさます上喜撰、たった四杯で夜も眠れず」という有名な狂歌にあるとおり、わずか4隻の軍艦が250年近くも続いた徳川幕府を打ち壊し、歴史を明治維新へと大きく動かした。
 第二次世界大戦後は、アメリカ文化という”ウイルス”が一挙に侵入し、農地制や家長制など日本に根強く残っていた封建的なものを根こそぎ消滅させ、民主主義を初めとするアメリカ文化が日本中に広まった。
 共産主義ウイルスは、旧ソ連や東欧、中国などで流行したが、自由や民主主義といった抗体の力によって旧ソ連や東欧では消滅してしまった。
 このような歴史の変遷と同じように、人類も、そしてその他の生物たちも、ウイルスのもたらした情報によって進化してきたのである。
 

うん、こういう視点もあるのだなあと感心しきり。座布団2枚!

<メモ>
 自分自身のための備忘録。

感染症対策として「街が隔離」された例
◇ 1976年と1995年にザイールでEbola出血熱患者が発生した際、軍隊が出動して患者が街から逃げ出さないよう封鎖した。
◇ 1916年、ポリオを封じ込めるためにニューヨークが隔離された。今から100年ほど前、アメリカでポリオの大流行が起きた。死亡者は6000人を越え、ニューヨークでは2000人が死亡した。ニューヨークから市外へ逃げようとする市民で大混乱した。郊外へ通じるハイウェイでは、脱出しようとする市民が警備員によってニューヨークへ追い返された。つまりニューヨークが隔離されたのである。

ワクチンに関する「?」な記述
・季節性インフルエンザのワクチンの有効率は30~50%。これではワクチンを接種しなくてもいいと思った方が賢い。
・新しい日本脳炎ワクチンを接種した子どもが2人死亡している。専門家委員会がワクチンの安全性を確認するまでは、子どもへの日本脳炎ワクチンの接種は控えた方がいいのかもしれない。

SARSより怖い致死率60%のMERSウイルス
・新型肺炎”SARS”は2002年に発生し世界的に流行した。原因は「変異コロナウイルス」。
・2012年にサウジアラビアで男性が肺炎で死亡し、その原因がSARSとは異なる新型コロナウイルスであることが判明した。2013年に病原体名を「Middle East respiratory Syndrome coronavirus」と命名され、厚労省は「MERSコロナウイルス」と呼ぶこととし、病名を「中東呼吸器症候群(MERS)」とした。2013年5月時点で中東~ヨーロッパに流行が拡大し、患者50人中30人が死亡している(死亡率60%)。MERSウイルスはSARSウイルスと同じコロナウイルスの仲間なので、この2つのウイルスに感染すると発熱、咳、息切れなどの呼吸器症状が現れ、最悪の場合呼吸困難で死亡するところは非常によく似ている。MERSコロナウイルスはコウモリが起源とされているが、現在のところ中間宿主や感染経路などはわかっていない。が、ヒトからヒトへの空気感染はなく、濃厚な接触によって感染するとされている。
(発生が確認されている国)サウジアラビア(39人)、カタール、UAE、イギリス、ドイツ、フランス、ヨルダン、チュニジア、イタリアなど

ウイルスと細菌はどう違うか?
 感染症の原因となる病原体は、細菌、ウイルスの他にリケッチア(例:発疹チフス)、カビ(例:水虫)、クラミジア(例:オウム病)、スピロヘータ(例:梅毒)、アメーバ(例:赤痢)等が存在する。これらの病原体とウイルスが決定的に違うところは、細菌は他の生物の助けを借りなくても、適当な栄養分と温度などの条件さえ整えば自分自身でどんどん増殖できるが、ウイルスは自分では増殖することはできないという点である。
 ウイルスは生きた細胞の中でなければ増殖できない。そのため、ウイルスは宿主の細胞を利用して増殖している。しかも、ウイルスの種類によって増殖できる宿主の細胞が決まっているので、人工的に増やすことも細菌のように簡単ではない。
(例)天然痘ウイルス・・・ヒトだけ
   日本脳炎ウイルス・・・ヒト、ブタ、その他の動物にも感染する
 ウイルスは生物かそれとも無生物か、という議論がある。2013年の麻布中学の入試に「ドラえもんが生物でないことを説明せよ」という問題が出されて話題になったが、正解は「ドラえもんは自分自身で増殖することはできない」だった。
 ウイルスはふつうの光学顕微鏡では見ることができない。電子顕微鏡が発明されるまで、人類はその姿を見ることができなかった。生物の細胞の大きさは20-30マイクロメートル(μm)、単細胞の微生物である細菌は1-5マイクロメートル(μm)、それに対してウイルスの大きさは20-450ナノメートル(nm)である。ウイルスは人間の1000万分の一くらいの大きさ。人間の身長を1.7mとすると、その1000万倍の長さは1700万メートル(17000km)、地球の直径は12000kmだから、ウイルスを人間の大きさに例えると、人間は地球よりも大きくなってしまう。

遺伝子DNAとRNA
 ウイルスは遺伝子であるDNAとそれを保護するタンパク質の外殻からできている。二重らせん構造のDNAを引き伸ばすと1.8mの長さになる。糖とリン酸でできているそのテープの上に「アデニン」「チミン」「グアニン」「シトシン」という4つの塩基が規則正しく配列されている。そして、アデニンはチミン、グアニンはシトシンというように、お互いに結合する相手の塩基が決まっている。
 遺伝情報は、この塩基の並び方によって決められており、4つの塩基はすべての生物やウイルスに共通している。人間のDNAには塩基が30億もある。その人間が、わずか9000個の塩基しか持っていないHIVに負けてしまう。
 HIVの遺伝子はDNAではなくRNAであり、これもDNAと同じように4つの塩基で構成されているが、チミンがウラシルに入れ替わっている。ウラシルと結びつくのはDNAと同じくアデニンである。テープの素材も糖とリン酸だが、RNAには糖が一つ余計についているので、RNAのテープは破れやすい。遺伝情報を長く安定的に伝えるにはRNAでは都合が悪いので、ウイルスを除く全ての生物の遺伝子はDNAになったものと思われる。
 RNAは逆転写酵素の助けを借りてRNAをDNAの形に変えてから、宿主のDNAに組み込まれる。

ウイルスの細胞-細胞感染形式は3種類
□ タイプ:感染した細胞の中で増殖したウイルスが放出されて、近く/遠くの細胞に感染するルート(遊離したウイルスによる感染)
(例)ポリオ、コクサッキーウイルス等
□ タイプ:細胞内で増えたウイルスが細胞の外に放出されないで、直接隣の細胞に伝播されるルート(細胞間の直接伝播)
(例)単純ヘルペス、麻疹ウイルス
□ タイプ:細胞内に侵入したウイルスの遺伝子が宿主細胞の遺伝子に組み込まれ、感染した細胞が分裂するときに、宿主細胞の遺伝子と一緒に伝播されていくルート(宿主細胞の分裂に伴う伝播)
(例)HIV、ATLウイルス

ウイルスをUSBメモリに例えると・・・
 ウイルスは生物の細胞の中に入らなければ、何の機能も持っていないただの物質と同じである。しかしひとたび細胞の中に入り込むと、そこで様々な機能を発揮しはじめる。
 このようなウイルスの性質はUSBメモリに例えることが可能である。USBメモリを机の上に置いてみたところで何も見えないし、何も聞こえない。ところが一旦パソコンなどに装着すれば、様々な映像や情報が表示される。
 ウイルスのもう一つの特性も浮かび上がる。USBメモリは、パソコンのUSBポートに差し込まなければ使用できない。他のポートでは代用不能である。このUSBメモリと専用USBポートとの関係は、原理的にはウイルスにそのまま当てはめることができる。ウイルスも感染する相手をえり好みしている。ウイルスが感染する相手のことを宿主というが、ウイルスはきわめて宿主特異性が強い。
(例)天然痘ウイルスやHIVはヒトにしか感染しないし、B型肝炎ウイルスが感染するのはヒトとチンパンジーだけである。
 地球上には数え切れないほど存在している植物性ウイルスは、ヒトには絶対に感染しない。私たちが安心して野菜や果物を生で食べることができるのは、ウイルスのえり好みのおかげなのである。
 ただし、ウイルスはウイルスに感染することはできない。
 ごく微小なウイルスが、自分より遙かに大きな生物に病気を発症させたり、時として死に至らしめることは驚くべき事である。

レトロウイルスとは
 ウイルスには遺伝子を運ぶ能力がある。細菌の中にはジフテリア菌やボツリヌス菌のように毒素を産生するものが存在するが、不思議なことに毒素を作る遺伝子は菌そのものではなく、ジフテリア菌やボツリヌス菌に感染したウイルスが持っているのである。
 ヒトに感染するウイルスにも、遺伝子を運ぶという機能が認められる。その代表がATLウイルスやHIVといった「レトロウイルス」と呼ばれるものである。レトロウイルスの特徴は、自分の遺伝子が持っている遺伝情報をマザーテープにして、感染した細胞にそのコピーを作らせることである。そしてコピーされた遺伝子が宿主の遺伝子の中に潜り込み、宿主細胞にウイルスを構成するタンパク質とRNAを作らせる。
 遺伝子を運ぶ能力を利用したのがバイオテクノロジー分野における遺伝子組み換えである。遺伝子の運び屋としてウイルスを「ベクター」と呼んでいる。ウイルスはヒトに害を及ぼすだけではなく、大いに役にも立っているのである。

「免疫」とは?
 同じ感染症に二度かからないという現象を「疫病から免れる」という意味で「免疫」と呼んだ。
 免疫システムの主役が白血球である。白血球の中で、外界から侵入してくる微生物を異物であると認識した上で、その微生物に対する抗体を作るのがリンパ球の仲間である。
 リンパ球の仲間の中で、最初に異物を非自己と認識して抗体を作るように命令を出すリンパ球は「ヘルパーT細胞」と呼ばれる。そして、ヘルパーT細胞の指令に基づいて実際に抗体を作るのが「B細胞」である。
 さらに抗体を作っているB細胞に対して、抗体の産生をストップさせる命令を出すのが「サプレッサーT細胞」と呼ばれるリンパ球である。
 わかりやすく言うと、ヘルパーT細胞は抗体を作るための司令塔であり、B細胞は抗体を製造する工場で、サプレッサーT細胞は抗体という製品の生産管理をしていることになる。

ガンを引き起こすウイルス5つ
・B型肝炎ウイルス(HBV) → 肝臓がん
・C型肝炎ウイルス(HCV) → 肝臓がん
・EBウイルス(EBV) → Burkittリンパ腫
・ヒトパピローマウイルス(HPV) → 子宮頸がん
・ATLウイルス(ATLV) → 成人T細胞白血病
・・・人間のガンの原因となるウイルスは、いずれも人間の遺伝子の中に潜り込むことによってガンを引き起こす。ATLウイルスは白血球の一種であるT細胞の遺伝子に潜り込むし、B型肝炎ウイルスは肝細胞の遺伝子に組み込まれている。

酒豪「若山牧水」が肝硬変で亡くなった原因はアルコールではない。
 これまでの医学の常識は「牧水がお酒の飲み過ぎによるアルコール性肝炎になっていたことは間違いない。アルコール性肝炎を放置しておくと、いつかは肝硬変や肝臓がんになって死亡する」というものであった。
 しかし現在、この考え方は医学的に否定されている。肝硬変と肝臓がんになった患者の95%が「HBV」と「HCV」というウイルスのキャリアであることが判明している。つまり、肝硬変と肝臓がんはお酒の飲み過ぎではなく、HBVとHCVという「がんウイルス」が感染することによって起こる病気であるというのが、今の医学の常識となっている。
 肝臓がんと肝硬変は感染症なのである。
 ちなみに、ウイルスによって起こる肝臓がんの85%はHCV、残りの15%がHBVが原因と言われている。

B型肝炎の自然歴
 HBVに感染すると、10%は急性肝炎を発病し、残りの90%は自覚症状もなく自然に治ってしまう。
 急性肝炎になると、100人に2人が劇症肝炎になる。劇症肝炎になると、70%は死亡する。
 HBVの場合、肝硬変や肝臓がんになる頻度が高いのは母子感染によるキャリアで、セックスや輸血などによるキャリアの肝臓がんになる頻度はそれほど高くない。
 インターフェロンが使われていた時代には、キャリアの30%しかウイルスを除去できなかったが、今では新しい抗ウイルス剤が開発されたことで、キャリアの80%がウイルスを除去できるようになった。

C型肝炎の自然歴
 HCVに感染すると、10-20%が急性肝炎となるが、発病した40%は完全に治る。発病しないケースを「無症候性キャリア」と呼ぶ。
 急性肝炎が治らなかった60%は慢性肝炎になり、10年-40年という長い時間をかけて肝硬変に進み、最悪の場合肝硬変から肝臓がんになる。
 C型肝炎ウイルスに対する治療は「ペグインターフェロン」と「リバビリン」に「テラプレビル」を組み合わせた3剤併用療法である。この治療法だと患者の70%が体内からウイルスを除去できる。さらに「テラプレビル」の代わりに「シメプレビル」という新しい抗ウイルス剤を使った3剤併用療法を行うと、C型肝炎ウイルスの消失率が80%ともっと高くなることがわかっている。
 注射薬の「ペグインターフェロン」を使った治療は週に一回通院しなくてはならないので、患者にとって大きな負担となっている。ところが最近、「ペグインターフェロン」を使わないで、「アスナプレビル」と「ダクラタスビル」を組み合わせた2剤併用療法が開発された。
 それでもウイルスが除去できないときは、PETなどの検査で定期的にフォローしてさえいれば、1cm以下の小さながんを発見できるから、ラジオ波を使った治療を行って治すことができる。

子宮頸がんはHPVウイルス感染が原因の感染症である。
 HPVはセックスにより感染する。医学的には性交渉を持ったことのある女性のほぼ100%が一度はHPVに感染する。HPVに感染した女性の90%は体内からウイルスが消失するので、HPVに感染した女性が全て子宮頸がんになるというわけではない。
 HPVに感染した女性の10人に1人はHPVが体内に残り、医学的にいうと「持続感染」という状態になる。その持続感染が長期化すると、子宮頚部にある細胞に「異形性」という変化を起こす。この「異形性」はがんの前段階であってがんになったわけではない。さらに異形性ができても多くの場合ウイルスは自然に除去される。
 ところが一部のケースでは、細胞の異形性が軽度→ 中度→ 高度の異形性へと進行する。
 この高度の異形性は治療すれば簡単に治るが、そのまま10年以上も放置しておくと、最悪の場合子宮頸がんになる可能性がある。

 子宮頸がんの発病は近年若年化してきて社会問題化している。女性がセックスを体験する年齢が低下しているためと考えられている。
 厚労省は2004年から子宮頸がん検診の開始年齢を20歳に下げた。
 HPVの持続感染が起きても子宮頸がんになるまで10年以上かかる。定期的なHPV検査さえ受けていれば、子宮頸がんになる前に発見して治療することができる。
 ところが、欧米では80%を超える女性が子宮頸がん検診を受けているというのに日本女性は22%しか子宮癌検診を受けていない。

多様な病態を引き起こすEBウイルス
 EBウイルスは世界で最初に発見された「がんウイルス」である。アフリカには古くから5-10歳くらいの子どもが発病する悪性リンパ腫が知られており、発見者の名前を取ってバーキット・リンパ腫と呼ばれている。また、中国人の客家人もは上咽頭がんを引き起こす、
 世界中のほとんどのヒトが、一生に一度は必ずEBVに感染する。ところがアフリカの子どもを除く世界中のヒトはバーキット・リンパ腫にならない。この理由は未だに解明されていない。
 近年、日本の若者の間で伝染性単核球症が流行しているが、これもEBVが原因である。唾液を介してヒトからヒトへ感染するため「キス病」とも呼ばれている。症状は高熱と喉の痛みで、頚部リンパ節が腫れることもある。ひどくなると肝臓が腫れることがある。
 つい最近まで、日本にも「キス病」はほとんどなかった。その理由として、日本人の食生活が注目された。日本人は昔から魚を食べてきた。魚には骨があるから、日本の母親は幼児に魚を食べさせるときには必ず自分の口の中に魚を含んで骨がないことを確かめてから子どもに与えていた。そのため、日本人のほとんどが幼児期に母親が口に含んだ魚を介してEBVに感染していたのである。幼児はEBVに感染してもほとんど症状がないか軽いカゼ症状ですんでしまう。ところが最近の母親達は市販のベビーフードを幼児に食べさせるようになり、昔のような習慣はなくなった。
 最近、日本の若者の間でキス病が増えているのは、小さい頃に母親が口に含んだ魚を食べなくなったせいだったのである。
 昔の習慣を復活させるべきである。
 ここでEBVに感染させるのはいいが、虫歯菌を子どもに移してしまうのではないか、という心配する超えもある。子どもの永久歯が生えてこないうちにEBVに感染させてあげればいい。どんなに気をつけても子どもの口の中に虫歯菌を侵入させないですむ方法があるとは思えないというのであれば、フッ素の入った歯磨き粉を使った上で、食事が終わったら30分くらいキシリトールの入ったガムを噛むといった生活習慣を子どもに身につけさせればいい。

小児に成人用の解熱剤を飲ませてはいけない。
 インフルエンザ脳症は、ある日突然子どもが発病し、数時間で死んでしまう、あるいは重い後遺症が残る病気である。
 子どもが夜中に熱を出すと、病院へ行く前に、まずは大人の解熱剤やかぜ薬を半分にしたり、1/4に割って飲ませるという家庭が少なからず存在する。これがインフルエンザ脳症の原因になり得るので絶対しないで欲しい。大人が飲む薬の「量」が問題なのではなくて「質」が問題になる。
 インフルエンザ脳症が薬剤の副作用によって起こることは、1998年当時の厚労省が「インフルエンザ脳症の重症化に影響している可能性がある」という理由で、サリチル酸系の製剤の使用上の注意を改訂するという緊急安全性情報を出していることからも明らかである。
 サリチル酸系の製剤というのは「アスピリン」「アスピリン・アスコルビン酸」「アスピリン・ダイアルミネート」「サリチル酸ナトリウム」「サザピリン」「サリチルアミド」「エテンザミド」といった薬剤のことである。
 こうしたサリチル酸系の製剤の副作用によって子どものインフルエンザ脳症が起こることは、アメリカでは1970年代の後半に明らかになった。アメリカ政府は1982年にインフルエンザの子どもにはアスピリンの使用を控えるようにと勧告し、製薬会社も「小児用バファリン」をはじめとする小児用の解熱剤を開発した。その結果、アメリカではインフルエンザ脳症は急速に減少した。
 サリチル酸系の製剤だけではない。厚労省は2000年に「ジクロフェナクナトリウム(商品名:ボルタレン®他)」を含んだ製剤に関する緊急安全性情報を出し、2001年には「メフェナムサン製剤(商品名:ポンタール®他)」の使用上の注意の改訂といった情報を提供している。

ノロウイルスは「食中毒」だけでなく、ヒト-ヒト間で感染する「感染症」と捉える必要がある
 ノロウイルスは1968年にアメリカのノーウォークという街の小学校で集団食中毒が発生したときに発見されたウイルスであり、当時は「ノーウォークウイルス」と呼ばれていた。その後、ウイルスの形が球形だったことから「Small Round-Structured Virus(SRSV)」と命名された。日本では「小型球形ウイルス」と呼ばれている。2002年にパリで開催された国際ウイルス学会で、正式に「ノロウイルス」と命名された。
 ノロウイルスの特徴は、ふつうの食中毒と違ってヒトからヒトに感染することである(腸管出血性大腸菌O-157/O-111もヒト-ヒトへの二次感染が起こる)。感染したヒトの糞便や吐瀉物、あるいはそれらが乾燥したものから出る塵埃を介して経口的に感染する。
 毎年冬になるとノロウイルスによる食中毒が流行するが、2012年から2013年にかけての流行はいつもと様子が違い、12月ころから全国的に大流行した。その理由は、これまでのノロウイルスとは違う「変異株」が出現したからである。

海外旅行で気をつけるべきA型肝炎
 A型肝炎ウイルスは食べ物や飲料水から経口的に感染する。
 A型肝炎ウイルスに感染すると、15-50日くらいの潜伏期間を経て、倦怠感、黄疸、発熱、食欲不振、腹痛、下痢といった症状が現れる。重症になると1-2ヶ月の入院が必要になることもある。幼児は感染しても70%以上が無症状で終わる。一般的に死亡率は1%、50歳以上の死亡率は2%と高くなる。
 日本人がA型肝炎ウイルスに感染する機会は国内ではほとんどなく、海外旅行に行った先での食事が危ない。アフリカ、インド、中国、東南アジア、中東アジア、中南米といった国へ行くときは食事に気をつけて欲しい。こうした国では生ガキはもちろんのことだが、生水だけは絶対に飲まないようにして欲しい。も生水で作っていることが多いので、レストランやバーで氷の入った飲料水やアルコールは飲まない方がいい。野菜や果物も生水で洗ってあることが多いから、サラダなどは食べない方がいいだろう。

HIVの病態と治療薬の開発の今
 HIVは感染したヒトの免疫システムを破壊するウイルスである。エイズはHIVに感染することで起こる感染症であるが、最後に命を奪うのはカリニ肺炎やカポジ肉腫などの日和見感染症である。
 HIVは「ヘルパーT細胞」という免疫システムをコントロールする免疫細胞に感染する。ヘルパーT細胞は侵入したウイルスやバクテリアなどを外敵と識別して、B細胞にその侵入者をやっつける特別な抗体を作るように指令する働きがある。ところが、HIVに感染したヘルパーT細胞は、本来ならB細胞にHIVを攻撃する抗体を作る命令を出すべきなのに、HIVの製造工場になってしまう。ヘルパーT細胞の数が正常の1/5以下になると急速に免疫機能が低下する。
 エイズの初期症状はHIVに感染してから1-2週間後に現れる。風邪に罹ったときのような発熱や喉の痛み、体のだるさや疲労感、寝汗をかいたりリンパ節が腫れたりする。こうした症状は3週間くらいで消え、症状らしいものは何もない。それから4-5年くらい経って、エイズを発病すると全身のリンパ節が腫れたり、発熱、下痢、倦怠感、体重減少などの症状が現れる。病気が進行するとカリニ肺炎やカポジ肉腫といった日和見感染を発症し、さらに悪性リンパ腫や皮膚がんなどの悪性腫瘍に罹る。
 HIVの感染力は弱いため、握手やキスなどでは感染しない。ウイルスを多量に含む血液や体液などが直接体内に入ったときに感染する。インフルエンザウイルスがくしゃみや咳などで感染するのと比べれば、おとなしいウイルスといっていい。
 HIVに対する有効なワクチンはない。HIVは簡単に変化するので、ワクチンで免疫システムにHIVを記憶させても、実際に感染するHIVには効果がない。極端なことをいうと、HIVは無数の変異種があるので、ワクチンも無数に必要なことになる。
 当初不治の病と恐れられていたエイズは、その後の医学の急速な進歩により抗ウイルス剤が開発され、HIVに対する治療が可能になった。HIVの抗ウイルス剤は「核酸系逆転写酵素阻害剤」「非核酸系逆転写酵素阻害剤」「プロテアーゼ阻害剤」という3タイプに分けられる;
核酸系逆転写酵素阻害剤:アジドチミジン、ジダノシン、ザルシタビン、サニルブジン、ラミブジン、アバカビル、テノホビル、エムトリシタビン
非逆転写酵素阻害剤:ネビラピン、エファビレンツ、デラビルジン、エトラビリン
プロテアーゼ阻害剤:インジナビル、サキナビル、リトナビル、ネルフィナビル、アンプレナビル、ロピナビル/リトナビル、アタザナビル、ホスアンプレナビル、ダルナビル
 多くの場合、医学的に「HAART療法」と呼ばれる多剤併用療法が行われる。完治することは困難なため、治療は一生継続する必要があるが、HIV感染と診断されても適切な治療を受ければ、寿命を全うすることが十分に可能となった。

忘れてならない狂犬病
 狂犬病は、人間が発症すると死亡率が100%という恐ろしい病気である。
 日本では1950年に全ての飼い犬に予防接種を義務づける「狂犬病予防法」が制定された。その結果、1950年には47人の狂犬病患者が発生していたが、1956年の1人を最後に、国内のイヌに咬まれて狂犬病に罹る患者が完全にいなくなった。
 日本国内ではすでに撲滅されたようなものの、世界ではいまだに流行している。WHOの推計によると、2004年には55000人が狂犬病で命を失っている。
 日本にはイヌ以外に狂犬病ウイルスを持っている野生動物がいないが、外国ではイヌ以外でも狂犬病ウイルスをもつ野生動物がいるので対応が異なる。アメリカにはリス、キツネ、コウモリ、アライグマなど多くの野生動物が狂犬病ウイルスを持っている。そのため、いくらイヌにワクチンを打ってイヌの狂犬病をなくしても、狂犬病をなくすことができない。ヨーロッパではイギリスを除く多くの国でいまだに狂犬病患者が発生している。フランスでは多くのキツネが狂犬病ウイルスを持っていて、っくどの1/3が感染地区に指定されている。中国。インド、トルコ、韓国などのアジア諸国、南米諸国、アフリカ諸国では、いまだに狂犬病の流行が見られる。大陸にある国では、いくらイヌにワクチンをしても、狂犬病をなくすことはできない。狂犬病がない地域は、イギリス、オーストラリア、ニュージーランド、台湾くらいで、それ以外の地域では野犬はもちろんのこと、どんなにかわいくても野生動物には触れないようにした方がよい。もし噛まれた場合はワクチンを接種すれば発病を抑えられる。
 狂犬病は、狂犬病ウイルスを持つ動物に噛まれることで感染する。噛まれるだけでなく傷口や目など粘膜を舐められたときにも感染する可能性がある。潜伏期は噛まれた部分によって大きく異なる。噛まれて傷口から侵入したウイルスは神経を介して脳に到達して発病するため、脳に近いキズほど潜伏期間は短く、足先などは潜伏期が数ヶ月以上となる。
 初期症状は、風邪に似た症状と噛まれた部分のかゆみや熱感などで、急性期になると不安感、興奮性、麻痺、精神錯乱などの神経症状が現れる。とくに有名なのが恐水症状である。水などの液体を飲み込むときに嚥下金がけいれんし、強い痛みを感じるため、水を恐れるようになる。そのため、昔から狂犬病は「恐水病」と呼ばれていた。風の動きに過敏に反応したり、日光に過敏に反応するために光を避けるようになる。こうした急性期症状が出てから2-7日後に、全身の筋肉が麻痺し、呼吸障害によって死亡する。

人間のDNAの34%がウイルスのかけら
 2000年にヒトゲノムが解読されたことによって、生物の進化について驚くべきことが明らかになった。それは、私たち人間のDNAの34%が、ウイルスのかけらだったという事実である。
 ヒトのDNAには何の機能も持っていない「ジャンク」と呼ばれる部分が非常に多いことはわかっていた。最近のゲノムはほとんど全てが何らかの機能を持っているが、ヒトのDNAの97%は「ジャンク」と呼ばれる部分である。
 その97%を締めているジャンクの1/3ほどがウイルスのかけらだったのである。このことは、ヒトゲノムの1/3が、かつてヒトに感染して遺伝子の中に組み込まれたウイルスがたくさんいたことを意味する。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 夜尿症の講演会を聞いてきま... | トップ | 「おかあさんと一緒になおす... »

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

予防接種」カテゴリの最新記事