かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

3.鬼童超心理物理学研究所 その3

2008-04-20 23:02:41 | 麗夢小説『有翼獣は電脳空域に夢まどろむ』
「それに屋代修一には研究費を横領していた、と言う疑惑があった。あの放火も、その関係者が証拠隠滅にやったのかも知れない」
 それは、警視庁でも榊があずかり知らぬ所で進められていた捜査の一つであった。もっとも、榊は殺人などの重大犯罪を追いかける第一課に所属しているから、経済犯罪担当の第二課の動きまでは基本的に知らなくて当然である。屋代邸が全焼したときも、一番に現場へ急行したのは、麗夢から連絡を受けた榊だったが、その後の捜査は遅れてやって来た第二課に引き継がれ、表だって榊はその件にタッチすることができないのだ。榊の意見も、第二課所属の友人から、非公式に漏れ聞かされたことをここで繰り返しているに過ぎない。
「それならグリフィン・プロジェクトの連中はどうなんです? 警部」
 しばしの沈黙の後、鬼童はグリフィンに関わるもう一つの要素について口に出した。グリフィン・プロジェクトとは、東京都工業技術センター、国立東都大学、そして半導体から原子炉まで広範なシステム開発を得意とする大企業、武蔵野電気を核として、世界標準を凌駕するスーパーコンピューターを生み出そうという、野心的な取り組みに付けられた愛称だった。流行りの産官学一体の研究開発事業で、その音頭取りをしたのが、グリフィンの心臓部、通称グリフィンチップを開発した、東都大情報科学研究室教授、桂士朗博士だった。屋代修一は桂士朗の愛弟子と言われ、屋代の博士論文は、桂の指導の元、グリフィン・プロジェクトを通じて完成された。つまり桂は、このグリフィン暴走によって優秀な頭脳を持つ後継者と、自分の半生を費やした研究成果の両方を一度に失ったと言える。
「ああ、そちらも順次調べに入っている。まだアリバイ確認と聞き込み程度だがね。ただ、屋代修一がROMに殺された、と言う麗夢さんの話を元にすると、どうも判らないことが多すぎる。一体放火した奴は何のために火を付けたんだろう? 殺人犯が証拠隠滅のためにというなら話は分かるんだが……」
「じゃあやっぱり麗夢さんがROMを倒した後、眠っていたサブシステムが動き出してガソリンを……」
「あたしは自殺なんてしないわっ!」
 鬼童の話を遮って、音に色が付けられるなら恐らくそれはレモン色だろうと言う甲高い声が部屋中に鳴り渡った。点になった一二個の目が、一斉に向かいの二二インチ液晶ディスプレーに吸い付けられる。それは、鬼童が大枚はたいて導入した、自慢のワークステーションだった。今、そのシステム上では、夢の研究をさらに進めるために鬼童が開発中の、擬似的に夢をシュミレーションするプログラムが動いているはずだった。もっとも、普段は3DCGで表現した精巧な人間の脳モデルのスクリーンセーバー画面になっている。麗夢達が訪れたときも、そこに映っていたのはくるくる回る脳みそだけだったのだ。ところが今、一二の視線が集中したそのディスプレーの画面一杯に、脳組織の替わりに一人の少女が映し出されていたのである。
「ヤッピー! 麗夢ちゃんひっさしぶりー(はぁと)」
「あ、あなた……ROM?」
 え、これが? と驚く榊と鬼童。円光は傍らの錫杖に手を伸ばし、険しい視線を射込みながらがたりとイスを引いて立ち上がった。アルファ、ベータも一時の驚愕から醒めて、麗夢の前で足を思わず踏ん張った。
「あなた、生きていたのね?」
 それは、聞きようによっては相当おかしな質問だったかも知れない。相手はコンピューター上に組み上げられたプログラムなのだ。少なくとも、生き物が持つ生命とか、魂とか言うようなものとは、確実に無縁の存在なのである。だが、その姿を目にした人間の感覚は、溢れかえるような生命力の輝きをモニター画面から覚えたことだろう。それはまさに生きているとしか言えない圧倒的な存在感を持って、麗夢達の前に姿を現したのである。
「きゃはは、あたしがあれくらいで消える訳無いでしょ?」
 そう言えばROMは、「命」というものを理解しなかった。痺れる頭で辛うじてその事を思い出した麗夢は、画面の中でにこにこ顔のあどけない金髪娘に言った。
「でもどうやって? グリフィンは確かに止まっていたわ……」
 するとROMは、その青い大きな瞳をくりくりっと輝かし、影のない無邪気な笑顔で言った。
「知りたい知りたい知りたい?」
 明らかに言いたくてうずうずしているようだ、と榊は見て取った。だが、どうも何か勘が狂う。こんな見かけの女の子が、昼間人口二〇〇〇万人を超す東京都民のほぼ全員の夢に侵入し、その中身を食い荒らした恐ろしい「ドリームハッカー」だとは、想像がなかなか結びつかない。

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