かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

3.鬼童超心理物理学研究所 その1

2008-04-20 23:02:51 | 麗夢小説『有翼獣は電脳空域に夢まどろむ』
 都心から少し離れたその古い洋館は、ついこの間から「超心理物理学研究所」なる真新しい看板が掲げられ、新たな産声を上げたところだった。実験中の事故で城西大助教授の職を棒に振った鬼童海丸だったが、長身端麗なその姿に、憂いの色は一刷毛もない。むしろ、これで二四時間、自分の使える全ての時間をただ研究にのみ注ぎ続けることができる様になったことが、うれしくてたまらないようだ。「科学」の魔力に取り憑かれた研究至上主義を信奉するものにとって、鬼童の境遇はまさに垂涎の的に違いない。大学、公的研究機関、企業研究機関、日本に数多ある科学者達の城も、その規模や形式の違いこそあれ、それが組織である以上、ただ自分の研究ばかりに打ち込んでいられない事情がある。特に大学は教育や学校運営と言った雑務が多くあり、事務系の補佐をしてくれる要員も不足がちとあって、鬼童のような優秀な若者は、上の者から馬車馬のようにこき使われるのだ。独立開業する、と言うことは、そんな雑務からすっぱり開放されることを意味する。もっとも、研究費、生活費と言った経済的諸問題と社会的信用と言う点では著しく不利になるが、鬼童には亡き両親が残してくれた膨大な遺産と研究を支持してくれるスポンサーがいる。信用については、超心理学会員として精力的に論文を発表し続け、内外から高い評価を得ている。何も知らない素人には胡散臭く見えるだろうが、その筋においては、鬼童は最先端を走る若きホープの一人として注目を集めているのである。
 そんなこれから始まるめくるめくバラ色の研究生活を言祝ぐために、ようやく梱包を解かれたばかりの実験器具が所狭しと積み上げられた実験室の一角で、ささやかなティーパーティーが開かれようとしていた。鬼童らしく初日からいきなり実験をスタートさせたが、それが一段落したところで、広いだけが取り柄の来客用テーブルに、お招きに参上した大事な友人達が並んでいた。
「今日はおかげさまでいいデータが取れましたよ、麗夢さん」
 白衣姿のまま朗らかに白い歯を見せて振り向いた姿が、甘さと凛々しさを巧妙に配して、意中の女性に無意識のモーションをかける。麗夢は、そんな大抵の女性なら思わずぽっと頬を染めるような姿に、にっこり笑顔でお返しを送った。
「それは良かったわ、鬼童さん」
 途端に鬼童の心臓は二割方心拍を増した。本当に、いつも新鮮な驚きを覚えさせてくれる。鬼童にとって女性とは研究仲間か実験材料以外の何者でもなかったが、この娘だけはただの実験材料では留まりそうにない。軽くウェーブのかかった豊かな碧の黒髪や、大きな生きた宝玉を思わせる美しい瞳に、自分の心がからめ取られていることを鬼童は実感する。恋心……鬼童にとって最も感心の遠かった世界の単語が、今の鬼童には研究と競り合うほどにその心を捉えている。甘美な狂おしさは、新しい発見をものにしたときの喜びに匹敵する興奮をもたらしてくれる。鬼童はそんな幸せをかみしめつつ、傍らのライバルにも声をかけた。
「円光さんもごくろうさん」
 表面上は満面の笑みで、自分と同等のマスクを誇る精悍な剃髪の前に、こちらは緑茶を差し出す。
「忝ない、鬼童殿」
 律儀に礼をして湯呑みを手にした円光は、この麗夢をめぐって鬼童と火花を散らしている僧侶である。もっとも当の麗夢自身がどちらにも言質を与えず等距離を保っているので、二人は努めて公正かつ紳士的に、覇を競い合っているのである。
 これに対して、半ば呆れながらも興味津々の視線を送るのが、榊真一郎である。こちらも警視庁では「怪奇事件」専門というような胡散臭いレッテルを一部で貼られているが、その鼻から顎にかけて髭に覆われた顔は、全国の警察官で知らぬ者とてない敏腕警部の顔そのものだった。年を感じさせないがっしりした肉体がくたびれたコートをまとって事件現場に現れるや、たちまちその場の雰囲気が事件解決への期待へ塗り変わる位に、上下からの信頼が厚い。その榊も一礼を返してティーカップを受け取った所で、鬼童は別に暖めた牛乳を薄い皿に移してテーブルに置いた。それまでちょこん、と麗夢の傍らに座って待っていた二匹が、うれしそうにその皿に飛びつく。麗夢の相棒、子猫のアルファと子犬のベータである。仲良く尻尾を振って皿に顔を突っ込んでいる姿こそ微笑ましいが、常在戦場の主人と共に、最前線で獅子奮迅の働きをする力を、その小さな身体に秘めている。
 この三人と二匹こそ、鬼童海丸が唯一無二と信頼する友人達なのである。もちろんその核になるのは、座席に着いた鬼童の前で、ウェッジウッドのなめらかな肌に可憐な唇を触れさせている一人の美少女であることは言うまでもない。その美少女ー綾小路麗夢が、一口飲んだ紅茶をソーサーに戻し、おもむろに右手の榊へ問いかけた。
「それで榊警部、屋代邸の捜査はどうなったんですか?」
 すると、それまで穏やかにティータイムをくつろいでいた初老の髭がわずかに震え、軽い憂いと困惑がその顔に影を生んだ。

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