「やったぁ! やっと手に入ったぜ!」
P2Pデータ共有ソフトOZ、それは、高速ネットワーク回線の普及と共に爆発的な利用者増を更新し続けている、人気のソフトウェアだった。それまでにもP2Pは、色々なソフトが世界中で利用されているが、OZはこの一年余りで瞬く間に他の同系統ソフトを駆逐し、我が世の春を謳歌する一大ソフトにのし上がっていた。作者は未だに不明で、時にネット上の掲示板をにぎわすこともあったが真相は杳としてつかめない。ただ、その効率的なプログラムと高度なセキュリティレベルがたちまち反響を呼び、日本を中心に世界中へ普及し始めていた。
武雄は、早速共有ソフト0Zを終了し、落としたばかりのそのファイルを楽しもうとマウスカーソルを右上の×印に持っていった。すると、突然ファイル名の並ぶ列の一番下にまた新たな行が現れ、一つのファイルが武雄のハードディスク目がけ流れ込み始めた。
「何だこれ?」
ファイル名を見ても、自分がダウンロード予約をしたものとは思えない。武雄はしばしそのファイルの正体を探っていたが、やがて諦めて一旦共有を止めることにした。何よりも落とすことに成功したものを早く試したかったし、それを実行するには、共有ソフトと同時では、武雄のCPUでは少し荷が重かった。それに、万一今ダウンしつつあるものが実は意外に面白いものだと後で判ったとしても、その時はまたそれを検索して続きを落とせば済むことだ。武雄は今度こそ躊躇いもなくマウスカーソルを右上の×印の上に移動させ、左クリックを実行した。しかし・・・
「何だ? どうして終わらないんだ?」
武雄は、もう一度マウスの左ボタンにかかった人差し指に力を込めた。かちっと軽い機械音が耳に届く。だが、ほぼ同時に通信を切断してもよいかどうかを尋ねてくるウィンドウが開くはずなのに、今度もその期待が裏切られた。武雄は更にもう二、三度続けざまに左クリックを繰り返した。
「まさか、固まっちまったんじゃ?」
プログラムか、あるいはハードウェアの方か、何かのトラブルによりソフトがこちらの操作を受け付けなくなることはそう珍しいことではない。ダウンロードを続けている様子が変と言えば変だが、武雄は口調とは裏腹に、これは共有ソフトがフリーズしたんだと即断した。こういう時は、できることは限られてくる。武雄はキーボードに両手を移すと、三つのコンビネーションキーを同時に押した。これで異常を起こしたソフトは強制的に終了し、コントロールが武雄の方に戻ってくるはずだ。だが、武雄の期待はまたも裏切られた。強制終了もできない。
「くそっ! まさか人が留守の間に勝手に触ったんじゃないだろうな?」
つい今し方、形相凄まじく武雄に食ってかかった母親の顔を思い浮かべ、怒りが瞬間沸騰するのを自覚する。他のことで何をなじられようがそんなことは一向に構わない。だがこのパソコンにだけは触れられたくない。その事は常日頃から事あるごとに強調してあるはずなのに、ろくに操作も知らない母親があちこちいじくっておかしくしてしまったに違いない。ソフトのフリーズ同様、その原因についても即断した武雄は、もしファイルが飛んでたりしてみろ! 絶対許さないからな、と一人ごちながら、パソコンの電源スイッチに手を伸ばした。できることはこれしかない。武雄はスイッチに右手人差し指を当て、ぐいっと押し込んだまま数秒待った。これで強制的に電源が落ち、パソコンが停止する。改めて電源を入れ直せば一応無事に動くはずだが、異常終了がシステムに何か影響している可能性もあり、立ち上げるときにOSがそのチェックと修復を自動的に始めるため、やりたいことがなかなかできない。それに最悪システムがダウンしていたら、今落としたばかりのお目当て品も無事では済まないかも知れない。それ故にできればやりたくない作業なのだが、マウスはおろか、キーボードも受け付けないとあってはこの作業で運を天に任せるしかないのだった。こうして武雄は、祈る気持ちでスイッチを押し続けたのだが、驚いたことにこれにも武雄のパソコンは何の反応も示さなかった。
「おかしいな、一体どうしたんだ?」
これも何度か繰り返して、武雄は首をひねった。完全に画面が固まってうんとも寸とも言わなくなったというならまだ理解できる。だが、共有ソフトは相変わらず動き続け、ハードディスクはカリカリとアクセス音を鳴らし、ADSLモデムのLEDは激しく点滅して今も通信が繋がっていることを示している。なのに、武雄の操作だけは一切受け付けようとしない。こんなことは初めてだった。もう残された方法は、コンセントを引っこ抜き、強制的にコンピューターを止めるしかない。共有でハードディスクが全力回転している最中にそんなことをすれば、冗談抜きでハードがお陀仏になるかも知れない。せめてダウンロードだけでも終わってくれたら・・・。武雄は歯がみしながら動きっぱなしの共有ソフトを睨め付け、そうだ、ともう一つ手があったことに思い至った。
「2.東京武蔵野市 鈴木家 その3」へ続く
P2Pデータ共有ソフトOZ、それは、高速ネットワーク回線の普及と共に爆発的な利用者増を更新し続けている、人気のソフトウェアだった。それまでにもP2Pは、色々なソフトが世界中で利用されているが、OZはこの一年余りで瞬く間に他の同系統ソフトを駆逐し、我が世の春を謳歌する一大ソフトにのし上がっていた。作者は未だに不明で、時にネット上の掲示板をにぎわすこともあったが真相は杳としてつかめない。ただ、その効率的なプログラムと高度なセキュリティレベルがたちまち反響を呼び、日本を中心に世界中へ普及し始めていた。
武雄は、早速共有ソフト0Zを終了し、落としたばかりのそのファイルを楽しもうとマウスカーソルを右上の×印に持っていった。すると、突然ファイル名の並ぶ列の一番下にまた新たな行が現れ、一つのファイルが武雄のハードディスク目がけ流れ込み始めた。
「何だこれ?」
ファイル名を見ても、自分がダウンロード予約をしたものとは思えない。武雄はしばしそのファイルの正体を探っていたが、やがて諦めて一旦共有を止めることにした。何よりも落とすことに成功したものを早く試したかったし、それを実行するには、共有ソフトと同時では、武雄のCPUでは少し荷が重かった。それに、万一今ダウンしつつあるものが実は意外に面白いものだと後で判ったとしても、その時はまたそれを検索して続きを落とせば済むことだ。武雄は今度こそ躊躇いもなくマウスカーソルを右上の×印の上に移動させ、左クリックを実行した。しかし・・・
「何だ? どうして終わらないんだ?」
武雄は、もう一度マウスの左ボタンにかかった人差し指に力を込めた。かちっと軽い機械音が耳に届く。だが、ほぼ同時に通信を切断してもよいかどうかを尋ねてくるウィンドウが開くはずなのに、今度もその期待が裏切られた。武雄は更にもう二、三度続けざまに左クリックを繰り返した。
「まさか、固まっちまったんじゃ?」
プログラムか、あるいはハードウェアの方か、何かのトラブルによりソフトがこちらの操作を受け付けなくなることはそう珍しいことではない。ダウンロードを続けている様子が変と言えば変だが、武雄は口調とは裏腹に、これは共有ソフトがフリーズしたんだと即断した。こういう時は、できることは限られてくる。武雄はキーボードに両手を移すと、三つのコンビネーションキーを同時に押した。これで異常を起こしたソフトは強制的に終了し、コントロールが武雄の方に戻ってくるはずだ。だが、武雄の期待はまたも裏切られた。強制終了もできない。
「くそっ! まさか人が留守の間に勝手に触ったんじゃないだろうな?」
つい今し方、形相凄まじく武雄に食ってかかった母親の顔を思い浮かべ、怒りが瞬間沸騰するのを自覚する。他のことで何をなじられようがそんなことは一向に構わない。だがこのパソコンにだけは触れられたくない。その事は常日頃から事あるごとに強調してあるはずなのに、ろくに操作も知らない母親があちこちいじくっておかしくしてしまったに違いない。ソフトのフリーズ同様、その原因についても即断した武雄は、もしファイルが飛んでたりしてみろ! 絶対許さないからな、と一人ごちながら、パソコンの電源スイッチに手を伸ばした。できることはこれしかない。武雄はスイッチに右手人差し指を当て、ぐいっと押し込んだまま数秒待った。これで強制的に電源が落ち、パソコンが停止する。改めて電源を入れ直せば一応無事に動くはずだが、異常終了がシステムに何か影響している可能性もあり、立ち上げるときにOSがそのチェックと修復を自動的に始めるため、やりたいことがなかなかできない。それに最悪システムがダウンしていたら、今落としたばかりのお目当て品も無事では済まないかも知れない。それ故にできればやりたくない作業なのだが、マウスはおろか、キーボードも受け付けないとあってはこの作業で運を天に任せるしかないのだった。こうして武雄は、祈る気持ちでスイッチを押し続けたのだが、驚いたことにこれにも武雄のパソコンは何の反応も示さなかった。
「おかしいな、一体どうしたんだ?」
これも何度か繰り返して、武雄は首をひねった。完全に画面が固まってうんとも寸とも言わなくなったというならまだ理解できる。だが、共有ソフトは相変わらず動き続け、ハードディスクはカリカリとアクセス音を鳴らし、ADSLモデムのLEDは激しく点滅して今も通信が繋がっていることを示している。なのに、武雄の操作だけは一切受け付けようとしない。こんなことは初めてだった。もう残された方法は、コンセントを引っこ抜き、強制的にコンピューターを止めるしかない。共有でハードディスクが全力回転している最中にそんなことをすれば、冗談抜きでハードがお陀仏になるかも知れない。せめてダウンロードだけでも終わってくれたら・・・。武雄は歯がみしながら動きっぱなしの共有ソフトを睨め付け、そうだ、ともう一つ手があったことに思い至った。
「2.東京武蔵野市 鈴木家 その3」へ続く
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