かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

18. 旧暦2月14日 夜明け その1

2008-03-20 08:40:28 | 麗夢小説『悪夢の純情』
一方研究室では、まず円光が信じられないくらいにまで高まった麗夢の気に驚き、直後にそれを関知できないまでに呑み込んだ途方もない気の奔流に、驚倒せんばかりの衝撃を受けた。考えたくもない麗夢の断末魔が脳裏をよぎり、円光の身体は、本人の意志を離れて自然にバリケードに使う鋼鉄のパイプを放り出していた。
「待つんだ円光さん!」
 常にも増した瞬発力でサイクロトロンに飛び込もうとした円光を、榊はがっしと抱きとどめた。
「離して下さい、神殿!」
 円光は無理にも榊を振りほどこうともがいたが、榊は怒鳴りつけるようにして円光を押し止めた。
「麗夢さんを、それにアルファ、ベータを信じるんだ! 君にはしなければならん事があるはずだぞ!」
「しかし、しかし・・・」
 円光はなおも抵抗しようとしたが、目の端に動じようとしない鬼童の姿を捉えた途端、がっくりとうなだれるようにして榊に身体を預けた。
「・・・取り乱して申し訳ない。もう大丈夫です」
「いや、心配なのは円光さんだけじゃない。だが、ここは全員がベストを尽くさないと絶対にしのげない」
 榊に論された円光は、気を取り直して改めて鉄パイプを拾い上げた。榊も円光を止めるために放り出したセメントの固まりを、もう一度抱えて鬼童の前にごとりと置いた。更に円光と榊は瓦礫の中から手頃な材料を拾い集め、鬼童は入念に調整した角度にあわせて、出来上がりつつあったバリケードの先端に、挟み込むようにしてルミノタイトを取り付けていた。全ての準備が後数秒で片づくはずだった。しかし、事態の急変は、そんな希望をたちまちに消し去った。突然、三人の視界が、真っ黒に閉ざされた。サイクロトロンの出口から吹き出た暗黒の気が、一瞬にして研究室に充満したのである。
「しまった! まだ早い!」
 鬼童の焦りの色も濃い悲鳴に、円光は瞬時に反応した。鬼童をかばうようにバリケードとサイクロトロンの間に立った円光は、一瞬の躊躇もなく懐に手をつっこむと、一枚の布を引き出して身体の前に打ち広げた。
「秘法! 夢曼陀羅!」
 円光が叫ぶと同時に、宙に停止した布が金色の光を爆発させた。中央に慈悲あふれる大日如来、周囲に智恵と力の象徴、観音、明王が並び廻る巨大な曼陀羅が布に浮かび上がり、円光の気を受けて金色の破邪の光を放ったのである。そして円光を中心に暗黒の気が押し戻され、榊、鬼童を光の結界に救い出した。
「い、急いてくれ、鬼童殿! 拙僧の術も、わずかの間しか支えられないぞ!」
 円光は必死に念を凝らしながら、曼陀羅を透かし、既に麗夢を恐怖のどん底に叩き込んだそのものと対峙した。それは、円光の額に全力を振り絞る大粒のあぶら汗を生み出す一方で、その背中を凍りつかせんばかりに大量の冷や汗で洗ったのである。
(これが、平将門か!)
 暗黒から生み出されたような巨大なしゃれこうべは、虚ろな眼孔に純粋な破壊だけを輝かせて円光をにらみつけた。が、円光にはそれをにらみ返すだけの余力がなかった。円光の気を数倍にも高める夢曼陀羅の秘法でさえ、将門の圧倒的な眼力の前に今にも消し飛んでしまいそうなのである。
「まだか鬼童!」
 遂に呼び捨てにした円光の後ろで、漸く鬼童はルミノタイトの固定に成功した。
「いいぞ円光さん、榊警部! 早くバリケードの後ろへ」
 下がって! と鬼童が呼びかけようとした矢先、遂に円光の結界が限界を超えた。暗黒の気が無数の矢となって夢曼陀羅の布を突き破り、念を凝らす円光を突き飛ばしたのである。そして、曼陀羅が微塵にすりつぶされるのを待ちかねたかのように、平将門は三人の精神を押しつぶさぬばかりに突進を再開した。
「円光さん!」
 鬼童は、一瞬にして円光がしゃれこうべに呑み込まれたかのように錯覚して、絶望の悲鳴を上げた。が、その安否を確かめる間もなく、将門との最後の決戦が火蓋を切った。将門がバリケードを今まさに蹴散らさんと迫った時、バリケードの先端が、視神経を灼き切らんばかりに光を放った。将門の精神エネルギーに反応したルミノタイトが、突進する将門に等しい力で将門を押し返したのである。その光に照らされて、鬼童は榊の体が円光を覆い隠すように倒れ込んでいるのを見た。榊が咄嵯の判断で円光をかばい、刹那の瞬間、将門から円光を救ったのだ。鬼童は二人の無事を確かめると、急激に減速しながらも未だ進撃を止めない将門をにらみつけた。
(さあ来い! 今度はこの鬼童海丸が、貴様を虚空にはじき返してやる!)
 その鬼童の意気に感じたかのように、将門が近づくほどにルミノタイトの結界も力を増していく。だが、ようやく将門がその歩みを止めようかと言うとき、鬼童の耳に、その緊張をふつりと切る音が鋭く鳴った。
 ぴしっ!
「そ、そんな! ルミノタイトが保たない!」
 鬼童の叫びは、辛うじて支えられてきた全員の希望を打ち砕いた。
「鬼童君!」
「鬼童殿!」
 しかし、次の瞬間停止した将門が再び動きだした方向は、絶望した榊達の予測を完全に裏切った。大きく口を開けたしゃれこうべは、鬼童の計算した方角、すなわち天井めがけて急激に向きを変えたのである。研究室の天井は一瞬で粉々に砕け散り、轟音と激震に耐え続けたビルは、遂に最期の時を迎えて跡形もなく吹き飛んだ。
「どうなった?」
 頭髪と髭を真っ白に染めて、榊は濃霧のような埃を透いて空を見た。円光も降りかかった瓦礫を落とし、遠く上空に目を細めた。その視線の先で、ビルの形に四角く切り取られた空を、一個の巨大なしゃれこうべが疾駆している。それは見る見るうちに高く、小さくなって、数秒とたたぬ内に肉眼で捉えるのが困難になった。と、突然、空全体を閃光が真白く塗りつぶし、数秒遅れて、大地を揺るがす爆発音が、残光を背景にとどろいた。

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