まず、先頭に並ぶアルファ、ベータが、そのクリクリと良く動く大きな目から突然部屋を白く染め上げるほどの閃光を放った。それは、この世の者ならぬ邪悪な存在を打ちのめす生命エネルギーの固まりであり、弱い魔物なら一瞬で消し飛ばすほどの力がある。「客」はなんとか堪え忍んだが、わずかに人間らしさを留めていた皮膚が焼けただれ、その圧力に行き脚を止められた。
その焦げ臭が届くよりも早く、麗夢の左脇から飛び出した拳銃が轟音を発した。イタリアの闇の名工、ジェッベットが、麗夢専用に改造した「大砲」である。
部屋中を震わせて超音速で疾駆した銀の弾丸は、次の瞬間、見事「客」の頭を粉微塵に吹き飛ばした。と同時に、肉体の方も突風に遭遇した落葉のように、入り口のドアまで突き飛ばされた。そこへ円光が一足飛びに駆け込み、止めの一撃を放った。
「怨敵退散!」
錫杖の先一点に法力を集中させた円光は、その全てを相手の体に叩きつける。たちまち「客」は爆発的に分解した。「客」がわずかな塵になってしまったのを見届けると、円光まだ拳銃を構えたままの麗夢に振り返り、険しく緊張した表情を和らげた。
「さすが円光さんね。一発で消し飛んじゃった」
「なんの、アルファやベータ、それに麗夢殿の拳銃も中々のもの」
「今の、何だったのかしら?」
「ええ。何やら、夢の姫、だか何だが言っておりましたが・・・」
だが、円光はすぐに言葉を飲み込んで、再びドアの方に振り返った。
「ほう、中々勘が鋭いの、坊主」
「貴様! 何者だ!」
叫びながら円光は、内心驚愕を覚えずにはいられなかった。戦闘直後の一瞬の隙を突かれたとはいえ、余りにもあっさりと背後を取られてしまったのだ。その戦慄にも似た驚きが、円光の額に脂汗となってにじみ出る。虚を突かれたのは麗夢やアルファ、ベータも同じであった。そして、やはりその異常な姿に驚きの息を飲んだ。突然現われたその男は、開け放たれたドアからおよそ5メートルばかり離れて不敵な冷笑を浮かべていた。ドアの外の廊下の幅はぼろアパートにふさわしく、ほんの1メートル弱しかない。その先は、ほとんど日が差さず、常に冷たく湿った関東ローム層の露出する地面が、3メートルほどの空気の層を挟んでいるばかりだ。そう。男は明らかに宙に浮いていたのである。
「下郎に名乗る名はない。坊主、引っ込んでおれ」
正式には、狩衣と呼ばれる古風な和服を身にまとい、頭には、時代劇でさえ滅多に見ない烏帽子を高々と乗せて男は言った。肌の白さがまるで漆喰の壁のように見えるのは、白粉を全面に塗りたくっているからだろう。その姿は、まさについさっき話題にしていた京都の時代祭を練り歩く、平安貴族の格好そのものであった。
平安貴族は、姿そのままの高飛車な態度で円光を一喝すると、その後で目を丸くしている麗夢に視線を向けた。
「さて、夢の姫殿。今日東国まで下って参ったのは、姫を都までお連れ申すためじゃ。不粋な真似をいたしたが平に許されよ」
「貴方・・・、誰?」
「みどもか? ふふふ、まだ思い出せぬ様じゃな、れいむ殿」
「れいむ殿って?」
麗夢は、相手が自分の事を夢御前と間違えているのか、と考えた。確かにその格好から言っても、相手には自分より夢御前のほうが似付かわしい。
「ちょっと待って! 私は夢御前じゃないわ。綾小路麗夢、れいむじゃなくてれむなんだから!」
だが、男は麗夢の抗議をあっさりと聞き流した。
「ほっほっほ、いずれ思い出されるよ。さあ、参ろうぞ、れいむ殿」
男は右手をずいと麗夢の方に突き出した。麗夢は、気圧されるように二歩後ろに引き下がる。その麗夢をかばうように、無視された形の円光が割って入った。
「麗夢殿に、無礼は許さん!」
リン、と錫杖の輪管が打ち合って、円光の不退転の決意を告げた。男はいったん出した手を引いて、円光を睨み付けた。
「下郎、無礼なるぞ。大体、その方れいむ殿の何じゃ?」
思いもかけぬ質問に、円光は戸惑った。
「せ、拙僧は、麗夢殿の、その、なんだ・・・」
想い人だ! とすっきり言えば楽なのだが、麗夢を前にしてそこまで言い切ってしまう自信が円光にはない。そう言うには、二人の間の赤い糸が、あまりにかすかにしか見えなかった。円光はそれを少しでも寄り合わせ、太く、確実なものにしたいと思うのだが、麗夢の態度は一向に友人の線を逸脱しない。そんな不安をずばり突かれた円光は、たちまち顔を真っ赤に染めて怒鳴りつけた。
「ええいそんな事はどうでもいい! 怪我をせぬ内にとっとと出ていくがいい!」
円光の怒りは、不動明王の炎の如く大抵の魔物や人間を縮みあがらせる事ができる。だが、この平安貴族には、そよ風が吹き寄せたほどの影響も与える事ができなかった。
「無益な邪魔だてよの。みどもは前世から定められたれいむ殿の許婚じゃ。すなわち、れいむ殿とは、はるけきいにしえより結ばれる事が決まった仲。何人といえどもそれを割く事は叶わぬ」
いいなづけだぁ? と驚きの余り絶句した円光を放置して、男は再び麗夢に言った。
「時が近い。夢守の約定の事も早く思い出していただかぬとな」
「夢守? 貴方、夢守の民と関係があるの?」
「みどもは、夢守一族の王にして全世界の支配者でもある」
「い、一体どういう事?」
「それも前世の記憶を思い起せばお分りになろう」
麗夢には何が何やらさっぱり分からない。だが、どうやら一つだけ言えそうな事は、800年前の呪縛が、まだ自分の周辺に絡み付いたままになっているらしいという事だった。
そんな麗夢の困惑ぶりを楽しむかのように、男は微笑んで麗夢に言った。
「ささ、参られよ、夢姫殿」
その焦げ臭が届くよりも早く、麗夢の左脇から飛び出した拳銃が轟音を発した。イタリアの闇の名工、ジェッベットが、麗夢専用に改造した「大砲」である。
部屋中を震わせて超音速で疾駆した銀の弾丸は、次の瞬間、見事「客」の頭を粉微塵に吹き飛ばした。と同時に、肉体の方も突風に遭遇した落葉のように、入り口のドアまで突き飛ばされた。そこへ円光が一足飛びに駆け込み、止めの一撃を放った。
「怨敵退散!」
錫杖の先一点に法力を集中させた円光は、その全てを相手の体に叩きつける。たちまち「客」は爆発的に分解した。「客」がわずかな塵になってしまったのを見届けると、円光まだ拳銃を構えたままの麗夢に振り返り、険しく緊張した表情を和らげた。
「さすが円光さんね。一発で消し飛んじゃった」
「なんの、アルファやベータ、それに麗夢殿の拳銃も中々のもの」
「今の、何だったのかしら?」
「ええ。何やら、夢の姫、だか何だが言っておりましたが・・・」
だが、円光はすぐに言葉を飲み込んで、再びドアの方に振り返った。
「ほう、中々勘が鋭いの、坊主」
「貴様! 何者だ!」
叫びながら円光は、内心驚愕を覚えずにはいられなかった。戦闘直後の一瞬の隙を突かれたとはいえ、余りにもあっさりと背後を取られてしまったのだ。その戦慄にも似た驚きが、円光の額に脂汗となってにじみ出る。虚を突かれたのは麗夢やアルファ、ベータも同じであった。そして、やはりその異常な姿に驚きの息を飲んだ。突然現われたその男は、開け放たれたドアからおよそ5メートルばかり離れて不敵な冷笑を浮かべていた。ドアの外の廊下の幅はぼろアパートにふさわしく、ほんの1メートル弱しかない。その先は、ほとんど日が差さず、常に冷たく湿った関東ローム層の露出する地面が、3メートルほどの空気の層を挟んでいるばかりだ。そう。男は明らかに宙に浮いていたのである。
「下郎に名乗る名はない。坊主、引っ込んでおれ」
正式には、狩衣と呼ばれる古風な和服を身にまとい、頭には、時代劇でさえ滅多に見ない烏帽子を高々と乗せて男は言った。肌の白さがまるで漆喰の壁のように見えるのは、白粉を全面に塗りたくっているからだろう。その姿は、まさについさっき話題にしていた京都の時代祭を練り歩く、平安貴族の格好そのものであった。
平安貴族は、姿そのままの高飛車な態度で円光を一喝すると、その後で目を丸くしている麗夢に視線を向けた。
「さて、夢の姫殿。今日東国まで下って参ったのは、姫を都までお連れ申すためじゃ。不粋な真似をいたしたが平に許されよ」
「貴方・・・、誰?」
「みどもか? ふふふ、まだ思い出せぬ様じゃな、れいむ殿」
「れいむ殿って?」
麗夢は、相手が自分の事を夢御前と間違えているのか、と考えた。確かにその格好から言っても、相手には自分より夢御前のほうが似付かわしい。
「ちょっと待って! 私は夢御前じゃないわ。綾小路麗夢、れいむじゃなくてれむなんだから!」
だが、男は麗夢の抗議をあっさりと聞き流した。
「ほっほっほ、いずれ思い出されるよ。さあ、参ろうぞ、れいむ殿」
男は右手をずいと麗夢の方に突き出した。麗夢は、気圧されるように二歩後ろに引き下がる。その麗夢をかばうように、無視された形の円光が割って入った。
「麗夢殿に、無礼は許さん!」
リン、と錫杖の輪管が打ち合って、円光の不退転の決意を告げた。男はいったん出した手を引いて、円光を睨み付けた。
「下郎、無礼なるぞ。大体、その方れいむ殿の何じゃ?」
思いもかけぬ質問に、円光は戸惑った。
「せ、拙僧は、麗夢殿の、その、なんだ・・・」
想い人だ! とすっきり言えば楽なのだが、麗夢を前にしてそこまで言い切ってしまう自信が円光にはない。そう言うには、二人の間の赤い糸が、あまりにかすかにしか見えなかった。円光はそれを少しでも寄り合わせ、太く、確実なものにしたいと思うのだが、麗夢の態度は一向に友人の線を逸脱しない。そんな不安をずばり突かれた円光は、たちまち顔を真っ赤に染めて怒鳴りつけた。
「ええいそんな事はどうでもいい! 怪我をせぬ内にとっとと出ていくがいい!」
円光の怒りは、不動明王の炎の如く大抵の魔物や人間を縮みあがらせる事ができる。だが、この平安貴族には、そよ風が吹き寄せたほどの影響も与える事ができなかった。
「無益な邪魔だてよの。みどもは前世から定められたれいむ殿の許婚じゃ。すなわち、れいむ殿とは、はるけきいにしえより結ばれる事が決まった仲。何人といえどもそれを割く事は叶わぬ」
いいなづけだぁ? と驚きの余り絶句した円光を放置して、男は再び麗夢に言った。
「時が近い。夢守の約定の事も早く思い出していただかぬとな」
「夢守? 貴方、夢守の民と関係があるの?」
「みどもは、夢守一族の王にして全世界の支配者でもある」
「い、一体どういう事?」
「それも前世の記憶を思い起せばお分りになろう」
麗夢には何が何やらさっぱり分からない。だが、どうやら一つだけ言えそうな事は、800年前の呪縛が、まだ自分の周辺に絡み付いたままになっているらしいという事だった。
そんな麗夢の困惑ぶりを楽しむかのように、男は微笑んで麗夢に言った。
「ささ、参られよ、夢姫殿」
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