そんな浦辺が、また話題を変えて榊に言った。
「ところで榊警部、昨日はどんな夢を見ました?」
「藪から棒になんだい?」
「いやあ、警部の口があんまり堅いから、一つ搦め手から攻めてみようかって思ったんですがね。で、どうです?」
「覚えてないな。見たかどうかも忘れた」
素っ気なく榊が答えると、浦辺は落胆するでもなく話を継いだ。
「そうでしょうね。普通、特に意識でもしてない限り、夢を覚えている人はそうはいません。でも平安時代には夢が今よりもずっと大事で、日々の生活に影響を及ぼしてたんですよ。夢を解釈する専門の陰陽師もいましたし、中には忙しい貴族に替わって夢見を代行する役目の者までいたんです」
「夢を代わりに? そんな事をして何か意味があるのかね」
「ほら、他人の夢を買って出世する、なんて言う昔話があるでしょう? あれを実地でやってたんですよ。当時の貴族階級は、夢見役が見た吉夢を買い取ってたんです」
「でも吉夢ならいいが、見たのが悪夢だったらどうするんだ? 逆に自分達へ災いが降りかかるかもしれんじゃないか」
「それも、専門家がいたようですよ。夢守と言うそうなんですけどね、悪夢を浄化したり、逆に吉夢に変えたりなんて言う事をしてたらしいです」
「夢守・・・」
確かあの鬼童という男もそんな事を言っていたな。
榊は夢隠村での鬼童と円光の会話を思い出した。あの時はそれほど気にもとめなかったが、鬼童は確かに、綾小路麗夢、あの不思議な力でドリームハンターなどと言う危険極まりない仕事をしている愛くるしい少女が、夢守の民という一族の末裔だと言ったのだ。榊がそんな事を考えていると、浦辺がのぞき込むようにして榊に笑いかけた。
「さては榊さん、何かご存じですね、これに関わり合いのある事」
「え? い、いやなんでもない」
榊があわてて見え見えのごまかしをしたその時だった。突然低いくぐもった音が鳴り、同時に歩くのがためらわれるほどに、地面が揺れた。
「また地震だ」
榊の一言に、浦辺もそうですねと同意した。
「このところやたら多いですね。 京都がこんなに地震が多いとは知らなかったなあ」
浦辺はうまく話をはぐらかされてしまった事を内心残念に思ったが、そんなことはおくびにも出さず、四条烏丸と表示された交差点の信号で、また話題を変えた。
「でもこの辺も変わりましたね。前はもっとこう京都らしさって言うか、何かあるな、って感じがあったんですけどね」
浦辺は、すぐ側の地下鉄の入り口を見ながら榊に言った。
「君は、京都には詳しいのかね」
ほっとして榊はその話題に付き合った。自分だけならともかく、麗夢の事を知れば直ちに東京まで舞い戻って、取材攻勢をかけかねない。ここはなんとしても自分でくい止めておかないと、と榊は思った。そんな榊の思いを知ってか知らずか、浦辺は思いつくままに語りだした。
「ええ、京都といえば歴史の宝庫。色んな不思議な話が一杯詰まった町ですからね。例えば、京都で祭られていると言えばなんと言っても怨霊ですよ。怨霊を祭ってある神社が実に25社もあるんです。一番有名なのはここから北西にある、菅原道真公の北野天満宮ですが、他にも八所怨霊といって、菅原道真級の大怨霊が八柱もましますんです。また、もう少し手前には我々にとって一番大事な安倍晴明を祭る晴明神社があります」
さすがに千年の都と言う訳か、と榊は妙に感心した。
「この道は、さしづめ、平安時代の大通りの一つだったんだろうか」
確かにここ烏丸通りは榊がそう思うのも無理はない広さを持つ道路だった。なかなかどうして、人口100万の地方都市には立派すぎるオフィス街だな、などと、京都人が聞いたら袋叩きにされかねない感想を抱きながら榊は歩きいてきたのである。それに今、目の前に現れた四条通りという大きな道は、デパートなどを挟んでずらりと商店が立ち並んでいる。平安時代の都大路というのもこんなものだったのだろうか、と想像しながら言った榊だったが、浦辺はあっさりとそれを否定した。
「いやあ、こんなもんじゃないですよ。平安京の中央通りと言えば朱雀大路ですが、これは何と、幅70メートルはあったといいます。逆にこの烏丸通りは、当時は烏丸小路と言って、幅7、8メートルくらいしかなかったらしいです」
「そうなのか?」
「まあ、平安時代の通りをこの現代に求めたって、ほとんど得られませんよ。例えば五条通りってありますでしょ? あの、弁慶と義経が出会った五条橋のある通りですよ。あれなんか、豊臣秀吉が当時の道から南に300メートルもずらして付け替えたんですよ。そんな風に時の権力者による都市再開発や、戦争、天災なんかで京都の町はいじり回されてきたんです。まあ当時とそう変わらないところを走っていると言ったら、この四条通とほら、あそこの綾小路通りくらいだと思いますね」
説明しながら、すっかり車も絶えた交差点を渡って行く事約100メートル、二人の行く手に、また小さな交差点が姿を現した。
「ところで榊警部、昨日はどんな夢を見ました?」
「藪から棒になんだい?」
「いやあ、警部の口があんまり堅いから、一つ搦め手から攻めてみようかって思ったんですがね。で、どうです?」
「覚えてないな。見たかどうかも忘れた」
素っ気なく榊が答えると、浦辺は落胆するでもなく話を継いだ。
「そうでしょうね。普通、特に意識でもしてない限り、夢を覚えている人はそうはいません。でも平安時代には夢が今よりもずっと大事で、日々の生活に影響を及ぼしてたんですよ。夢を解釈する専門の陰陽師もいましたし、中には忙しい貴族に替わって夢見を代行する役目の者までいたんです」
「夢を代わりに? そんな事をして何か意味があるのかね」
「ほら、他人の夢を買って出世する、なんて言う昔話があるでしょう? あれを実地でやってたんですよ。当時の貴族階級は、夢見役が見た吉夢を買い取ってたんです」
「でも吉夢ならいいが、見たのが悪夢だったらどうするんだ? 逆に自分達へ災いが降りかかるかもしれんじゃないか」
「それも、専門家がいたようですよ。夢守と言うそうなんですけどね、悪夢を浄化したり、逆に吉夢に変えたりなんて言う事をしてたらしいです」
「夢守・・・」
確かあの鬼童という男もそんな事を言っていたな。
榊は夢隠村での鬼童と円光の会話を思い出した。あの時はそれほど気にもとめなかったが、鬼童は確かに、綾小路麗夢、あの不思議な力でドリームハンターなどと言う危険極まりない仕事をしている愛くるしい少女が、夢守の民という一族の末裔だと言ったのだ。榊がそんな事を考えていると、浦辺がのぞき込むようにして榊に笑いかけた。
「さては榊さん、何かご存じですね、これに関わり合いのある事」
「え? い、いやなんでもない」
榊があわてて見え見えのごまかしをしたその時だった。突然低いくぐもった音が鳴り、同時に歩くのがためらわれるほどに、地面が揺れた。
「また地震だ」
榊の一言に、浦辺もそうですねと同意した。
「このところやたら多いですね。 京都がこんなに地震が多いとは知らなかったなあ」
浦辺はうまく話をはぐらかされてしまった事を内心残念に思ったが、そんなことはおくびにも出さず、四条烏丸と表示された交差点の信号で、また話題を変えた。
「でもこの辺も変わりましたね。前はもっとこう京都らしさって言うか、何かあるな、って感じがあったんですけどね」
浦辺は、すぐ側の地下鉄の入り口を見ながら榊に言った。
「君は、京都には詳しいのかね」
ほっとして榊はその話題に付き合った。自分だけならともかく、麗夢の事を知れば直ちに東京まで舞い戻って、取材攻勢をかけかねない。ここはなんとしても自分でくい止めておかないと、と榊は思った。そんな榊の思いを知ってか知らずか、浦辺は思いつくままに語りだした。
「ええ、京都といえば歴史の宝庫。色んな不思議な話が一杯詰まった町ですからね。例えば、京都で祭られていると言えばなんと言っても怨霊ですよ。怨霊を祭ってある神社が実に25社もあるんです。一番有名なのはここから北西にある、菅原道真公の北野天満宮ですが、他にも八所怨霊といって、菅原道真級の大怨霊が八柱もましますんです。また、もう少し手前には我々にとって一番大事な安倍晴明を祭る晴明神社があります」
さすがに千年の都と言う訳か、と榊は妙に感心した。
「この道は、さしづめ、平安時代の大通りの一つだったんだろうか」
確かにここ烏丸通りは榊がそう思うのも無理はない広さを持つ道路だった。なかなかどうして、人口100万の地方都市には立派すぎるオフィス街だな、などと、京都人が聞いたら袋叩きにされかねない感想を抱きながら榊は歩きいてきたのである。それに今、目の前に現れた四条通りという大きな道は、デパートなどを挟んでずらりと商店が立ち並んでいる。平安時代の都大路というのもこんなものだったのだろうか、と想像しながら言った榊だったが、浦辺はあっさりとそれを否定した。
「いやあ、こんなもんじゃないですよ。平安京の中央通りと言えば朱雀大路ですが、これは何と、幅70メートルはあったといいます。逆にこの烏丸通りは、当時は烏丸小路と言って、幅7、8メートルくらいしかなかったらしいです」
「そうなのか?」
「まあ、平安時代の通りをこの現代に求めたって、ほとんど得られませんよ。例えば五条通りってありますでしょ? あの、弁慶と義経が出会った五条橋のある通りですよ。あれなんか、豊臣秀吉が当時の道から南に300メートルもずらして付け替えたんですよ。そんな風に時の権力者による都市再開発や、戦争、天災なんかで京都の町はいじり回されてきたんです。まあ当時とそう変わらないところを走っていると言ったら、この四条通とほら、あそこの綾小路通りくらいだと思いますね」
説明しながら、すっかり車も絶えた交差点を渡って行く事約100メートル、二人の行く手に、また小さな交差点が姿を現した。
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