かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

2.東京武蔵野市  鈴木家 その4

2008-04-20 23:03:18 | 麗夢小説『有翼獣は電脳空域に夢まどろむ』
「タケちゃんは高校生でしょ? あたしは中学生なのよ。そのあたしが知ってるのに、どーして年上のあなたが知らないわけ?」
 美形の少女に一方的にまくし立てられ、武雄はむっとなって言い返す。
「わ、悪かったな、とにかく俺はそんなことは知らないし、迷惑なんだよ! とっとと出ていかないならコンセント引っこ抜くぞ!」
「あー待って待ってったら! もう、せっかちなんだから! 分散コンピューティングって言うのはね、ネットワークを介して沢山のコンピューターが少しずつ力を出し合って大きなスーパーコンピューター並の計算力を発揮するためのシステムの事よ。聞いたことくらいあるでしょ? 宇宙人を捜すためのプロジェクトとか」
 そう言われれば、OZを特集していたパソコン雑誌でそんな記事を読んだことがあったのを武雄は思いだした。まじめに宇宙人探しをするなんて、と笑った記憶があるが、自分には関係ないことだ、と読み流していた分だ。
「あれと同じなの。だから、あなたがパソコン使っているときはなるべく邪魔しないようにしてるし、学校に行ってるときとか使ってないときはもう少し余分にパワーを貸して欲しいの。ね? お願い。いいでしょ・」
 少女は武雄の目を改めてじっと見つめてきた。ただでさえ女の子に見つめられると言うのには慣れていない武雄は、それだけで頭がぼっとしてくる感じがして頬を赤らめた。何といっても目の前の少女は、まるでテレビ電話で会話しているかのようにリアルで本物の人間ぽい。けしてゲームのプログラムされた登場人物ではない。自然に自分と会話を成立させ、的はずれな返事を返すことがない。でも、言っていることは結構無茶苦茶だ。大体OZはこちらが利用したいから使っているのであって、人に利用されるために使っているのではない。幾らソフトの作者だからといって、そんな勝手なことが許される訳がなかろう。そこまで考えて武雄ははたと気が付いた。これっていわゆるスパイウェアって奴じゃないのか?こっちが安心して気を許したら、俺の個人情報、例えばOZを使って何を交換していたのか、とかをどこか知らない奴に送りつけたりするんじゃないだろうか?もしそれが万一警察だったら……。インターネットの掲示板で、まことしやかに近々警察によるP2Pに対する一斉取り締まりが始まる、などと言う噂が流れていたのを読んだばかりだった。もちろんこれまでも大方は「ネタ」だったし、今回もどうせ大したことはあるまい、と高をくくっていたのだが、こんな異常な体験をしてしまうと、妙に不安が募ってきてしまう。
「やっぱり駄目だ! 信用できないなそんな話。もう切るから出てってくれ!」
「お願いよ! もう少しだけ話を聞いて!」
「うるさい! もう話は終わりだ!」
 武雄は急に立ち上がると、PC本体の裏面に手を伸ばし、しっかり刺さったAC電源のコンセントを掴んだ。
「お願い! もぅこれ以上何も言わないから、一瞬だけこっち向いて!」
 必死に哀願する少女の声に、武雄は本当に一瞬だけ目をそちらに向けた。その瞬間である。武雄の目が画面に縛り付けられたようにぴたりと止まった。そのまま時間だけが数秒間動いた。そして武雄は、今にも抜き取ろうとしたコンセントから手を離し、どさり、とイスの上に腰を落とした。
「いーぃ、私の言うことを聞くのよ。コンピューターの電源は切らないの。判った?」
「判った。コンピューターは点けっぱなしにする」
「いい子ね、タケちゃん・」
……
 はっと武雄は意識を取り戻した。いつの間にか、キーボードを枕に眠り込んでしまっていたのだ。一体何をしていたんだっけ? 何か重い感じがする頭で武雄は考えた。確かOZでお目当てのお宝を手に入れて、それを楽しもうとしていたんだっけ……。一夜漬けの試験勉強の疲れが、今になって出てきたのかも知れない、と武雄は軽く頭を振りながら、OZのウィンドウを最小化してタスクバーに放り込み、落としたお宝を楽しむために、デスクトップに配置した、ダウンロードフォルダのショートカットをクリックした。
 その少しぼんやりした頭には、ついさっきまで話をしていた美少女の姿は残っていない。ただ頭の片隅に、コンピューターの電源を切ろうとする度にその行動を記憶から消してしまう、無意識下の言葉が一言、残っているばかりだった。そして武雄と廊下一つ隔てた向かいの部屋でも、同じ言葉に呪縛された二つ違いの兄の惚けたような目が、PCの画面を見つめていた。


「3.鬼童超心理物理学研究所 その1」
へ続く

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