盆の上には、実に豊富な野菜が盛りつけられており、その飾り切りされた様々な細工は、食べるのがもったいないくらい見事なものだった。また、添えられた漬け物もこれまた多彩で、数種類の彩り鮮やかなものが別の皿に盛り付けられていた。この様に見た目はふるやかに装っているのだが、箸を付けた途端、麗夢はたちまちその薄味に閉口した。これで味が付いているのか、と疑わしくなる淡泊さだ。おまけに、蛋白質は干物の魚と豆腐ぐらいで、脂肪となるとほとんど見当りそうにない。この精進料理を思わせる内容に、太る心配だけはない、と慰めては見たものの、あまりの味気なさには正直気が滅入った。生クリームたっぷりのケーキ、香辛料とケチャップ味で固めたホットドックやハンバーガー、その他日頃何気なく口にしていた食べ物達が無性に恋しかった。そんな気分で箸を付けるのだから、食が進まないのは当然である。
「いつまでここに閉じこめておく気な訳?」
わずかに付けた箸を置いて、麗夢は座敷牢の前でただじっと自分が食べ終えるのを待っていた高雅に問いかけた。高雅は、その強烈な意志の力を込めた視線にたじろいだ。元々女性と、それも極めつけの美少女と話をするなど、高雅の心臓にはあきらかに過剰負担なのである。
「東夷の気に汚れ、垢じみてしまった心身をきれいにするまで、とお婆ちゃんが言ってた」
「だからそれはいつまでなの?」
「それは、知らない。近い内だ、とお婆ちゃんが言ってたけど・・・」
「だったら、そのお婆さんに会わせてちょうだい」
「それはできない。れいむさんの気が・・・」
「だから私はれいむじゃなくて、れむなんだって」
「ああ、でもお婆ちゃんがいうものだから・・・」
二言目には、「お婆ちゃん」だ。
自分でも二重人格だと言っていたが、あの大胆不敵、傲岸不遜な平安貴族と、地味なセーターを着て引っ込み思案の現代人と、どちらが本当の彼なのだろうか。まじまじと見つめられて、高雅の心拍が二割方早くなった。
「し、しかし、貴女のような、その、き、きれいな方が嫁に来てくれるなんて、まるで夢のようだ」
「記憶はなくても、その事はちゃんと覚えているのね」
麗夢は立ち上がってぴしゃりと言った。膳に足が引っかかり、飛び上がった椀の味噌汁が畳にはねたが、麗夢は気にも止めなかった。
結婚。
麗夢にとってこの二文字は、漠然とした淡いあこがれ以上の何者でもない。
夢魔を相手に戦う殺伐とした日々を送りながらも、人並みに恋愛もし、楽しみや悩みを経験したい。その先に、一つのゴールとして結婚という事態があるのだろう。だが、夢魔との決着は未だ付かず、恋、と呼べるほどの関係を持った事もない。それなのに、いきなり全てを飛び越してゴールイン! だなんて、どう考えても承知できるものではなかった。それも、こんな風に強引かつ無法に拉致され、閉じこめられての強要など、許せるはずがないのである。だが、目の前の若者は、そんな麗夢の心情をほとんど理解していない様子だった。
「あ? いえ、これはお婆ちゃんがいつも800年も昔から決まっていた人がいる、って話していたから・・・」
「それよ、それ!」
麗夢は格子に掴み掛かり、ようやく核心にたどり着いたとばかりに高雅に畳みかけた。
「800年前に何があったの? 私とあなたに、一体何があったのよ!」
「それは・・・」
「それは?」
「実は僕も知らない」
ぎゃふん、と言う擬音が、本当に脳髄を直撃したような気がして、麗夢の鋭気が一瞬で萎えた。一ぺんに力が抜けてうつむいた麗夢に、申し訳なさそうに、高雅が続けた。
「詳しい事は、お婆ちゃんに聞いてみないと・・・」
「お婆ちゃんお婆ちゃんお婆ちゃんお婆ちゃんって!」
うなるように始められた麗夢のつぶやきは、たちまちその憤懣を糧にして、癇癪となって爆発した。
「貴男一体幾つなのよ! いつまでそうやってお婆ちゃんの言いなりになってるわけ? そんなので結婚なんて百年早いわ! 全く、マザコンよりもたちが悪いんだから!」
『高坊を悪く言うのは、たとえ宗家といえども許しまへんえ』
「誰!」
叫びながら、麗夢はその声が高雅の祖母である事をほぼ確信していた。やっと黒幕にあいまみえる事ができる、と麗夢の気が張りつめる。が、本人がどこにいるのか、麗夢の位置からはどうもよく分からない。声からしてかなり近くにいるはずだ。
「お婆ちゃん、ええのか、もう」
『高坊、そろそろ教えてやらんと、儀式に間に合わんのや』
一体どこに、と麗夢が見回す間に、高雅が一歩近付いた。一体何? といぶかしげに見ている麗夢の前で、高雅の口が開いた。
「いつまでここに閉じこめておく気な訳?」
わずかに付けた箸を置いて、麗夢は座敷牢の前でただじっと自分が食べ終えるのを待っていた高雅に問いかけた。高雅は、その強烈な意志の力を込めた視線にたじろいだ。元々女性と、それも極めつけの美少女と話をするなど、高雅の心臓にはあきらかに過剰負担なのである。
「東夷の気に汚れ、垢じみてしまった心身をきれいにするまで、とお婆ちゃんが言ってた」
「だからそれはいつまでなの?」
「それは、知らない。近い内だ、とお婆ちゃんが言ってたけど・・・」
「だったら、そのお婆さんに会わせてちょうだい」
「それはできない。れいむさんの気が・・・」
「だから私はれいむじゃなくて、れむなんだって」
「ああ、でもお婆ちゃんがいうものだから・・・」
二言目には、「お婆ちゃん」だ。
自分でも二重人格だと言っていたが、あの大胆不敵、傲岸不遜な平安貴族と、地味なセーターを着て引っ込み思案の現代人と、どちらが本当の彼なのだろうか。まじまじと見つめられて、高雅の心拍が二割方早くなった。
「し、しかし、貴女のような、その、き、きれいな方が嫁に来てくれるなんて、まるで夢のようだ」
「記憶はなくても、その事はちゃんと覚えているのね」
麗夢は立ち上がってぴしゃりと言った。膳に足が引っかかり、飛び上がった椀の味噌汁が畳にはねたが、麗夢は気にも止めなかった。
結婚。
麗夢にとってこの二文字は、漠然とした淡いあこがれ以上の何者でもない。
夢魔を相手に戦う殺伐とした日々を送りながらも、人並みに恋愛もし、楽しみや悩みを経験したい。その先に、一つのゴールとして結婚という事態があるのだろう。だが、夢魔との決着は未だ付かず、恋、と呼べるほどの関係を持った事もない。それなのに、いきなり全てを飛び越してゴールイン! だなんて、どう考えても承知できるものではなかった。それも、こんな風に強引かつ無法に拉致され、閉じこめられての強要など、許せるはずがないのである。だが、目の前の若者は、そんな麗夢の心情をほとんど理解していない様子だった。
「あ? いえ、これはお婆ちゃんがいつも800年も昔から決まっていた人がいる、って話していたから・・・」
「それよ、それ!」
麗夢は格子に掴み掛かり、ようやく核心にたどり着いたとばかりに高雅に畳みかけた。
「800年前に何があったの? 私とあなたに、一体何があったのよ!」
「それは・・・」
「それは?」
「実は僕も知らない」
ぎゃふん、と言う擬音が、本当に脳髄を直撃したような気がして、麗夢の鋭気が一瞬で萎えた。一ぺんに力が抜けてうつむいた麗夢に、申し訳なさそうに、高雅が続けた。
「詳しい事は、お婆ちゃんに聞いてみないと・・・」
「お婆ちゃんお婆ちゃんお婆ちゃんお婆ちゃんって!」
うなるように始められた麗夢のつぶやきは、たちまちその憤懣を糧にして、癇癪となって爆発した。
「貴男一体幾つなのよ! いつまでそうやってお婆ちゃんの言いなりになってるわけ? そんなので結婚なんて百年早いわ! 全く、マザコンよりもたちが悪いんだから!」
『高坊を悪く言うのは、たとえ宗家といえども許しまへんえ』
「誰!」
叫びながら、麗夢はその声が高雅の祖母である事をほぼ確信していた。やっと黒幕にあいまみえる事ができる、と麗夢の気が張りつめる。が、本人がどこにいるのか、麗夢の位置からはどうもよく分からない。声からしてかなり近くにいるはずだ。
「お婆ちゃん、ええのか、もう」
『高坊、そろそろ教えてやらんと、儀式に間に合わんのや』
一体どこに、と麗夢が見回す間に、高雅が一歩近付いた。一体何? といぶかしげに見ている麗夢の前で、高雅の口が開いた。
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