「有明の月」ストーリーに戻って、「男子を生む、子への愛情、身辺寂寥」(22)の続きです。
「有明の月」が死去した翌年の八月二十日、東山で「有明の月」の第二子を出産した二条は、乳母もつけずに暫くその子を手許で育てますが、十月の初めくらいからまた御所に出仕することになったのだそうです。(次田香澄『とはずがたり(下)全訳注』、p134以下)
-------
しばしも手をはなたんことは名残惜しくて、四十日あまりにや、自らもてあつかひ侍りしに、山崎といふところより、さりぬべき人を語らひ寄せてのちも、ただゆかを並べて臥せ侍りしかば、いとど御所さまのまじろひもものうき心地して、冬にもなりぬるを、さのみもいかにと召しあれば、十月の初めつ方よりまたさし出でつつ、年もかへりぬ。
今年は元三に候ふにつけても、あはれなることのみ数知らず、何ごとを悪しとも承ることはなけれども、何とやらん御心の隔てある心地すれば、世の中もいとどものうく心細きに、今は昔ともいひぬべき人のみぞ、「恨みは末も」とて、絶えず言問ふ人にてはありける。
------
御所に出仕はしてみたものの、年が明けても明るい気分にはなれず、後深草院との間も隔てが出来てしまったような感じだが、「今は昔ともいひぬべき人」、「雪の曙」だけは「恨みは末も」などと言いつつも絶えず訪ねてきてくれた、とのことですが、「恨みは末も」は『千載集』恋四の俊恵の歌、「思ひかねなほ恋路にぞかへりぬる恨みは末もとおほらざりけり」から採っています。
次田氏の訳によれば、「恨み合って別れたはずだったが、忘れかねてまた元にもどってしまう。愛情とは筋の通らないものだ」という意味で、この場面にぴったりの歌ですね。
俊恵(水垣久氏「やまとうた」より)
https://www.asahi-net.or.jp/~sg2h-ymst/yamatouta/sennin/syune.html
陰気な場面は更に続きます。(p135)
-------
二月のころは、彼岸の御説法、両院嵯峨殿の御所にてあるにも、去年〔こぞ〕の御面影身をはなれず、あぢきなきままには、生身二伝の釈迦と申せば、「唯我一人の誓ひあやまたず、迷ひ給ふらん道のしるべし給へ」とのみぞ思ひつづけ侍りし。
恋ひしのぶ袖の涙や大井川あふせありせば身をや捨てまし
とにかくに思ふもあぢきなく、世のみ恨めしければ、底の水屑〔みくづ〕となりやしなましと思ひつつ、何となき古反故などとりしたたむるほどに、さても二葉なるみどり児の行く末を、われさへ捨てなば誰かはあはれをも掛けんと思ふにぞ、道のほだしはこれにやと思ひつづけられて、面影もいつしか恋ひしく侍りし。
たづぬべき人もなぎさに生ひそめし松はいかなる契りなるらん
還御ののちあからさまに出でてみ侍れば、殊のほかに大人びれて、物語りゑみ笑ひなどするをみるにも、あはれなることのみ多ければ、なかなかなる心地して、参り侍りつつ秋の初めになるに、
-------
ということで、「去年の御面影」は「有明の月」のことですね。
ただし、「有明の月」は二年前の十一月に死去しているので、「去年の御面影」はちょうど一年前の二月十五日、東山の法華講讃の際に登場した「有明の月」の亡霊のことです。
「有明の月」ストーリーの機能論的分析(その10)
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/4942b4bc0e50da080eca4eaaf07c3cac
そして、ここから巻三のクライマックス、「御所を追放される、祖父隆親と対面」(23)の場面となります。(p139以下)
-------
四条兵部卿のもとより、「局〔つぼね〕など、あからさまならずしたためて出でよ。夜さり迎へにやるべし」といふ文あり。心得ず覚えて、御所へ持ちて参りて、「かく申して候。何ごとぞ」と申せば、ともかくも御返事なし。何とあることとも覚えで、玄輝門院、三位殿と申す御ころのことにや、
「何とあることどもの候やらん。かく候ふを、御所にて案内し候へども、御返事候はぬ」
と申せば、「われも知らず」とてあり。
さればとて、出でじといふべきにあらねば、出でなんとするしたためをするに、四つといひける九月のころより参り初めて、ときどきの里居のほどだにこころもとなく覚えつる御所のうち、今日や限りと思へば、よろづの草木も目とどまらぬもなく、涙にくれて侍るに、折ふし恨みの人参る音して、「下のほどか」といはるるも、あはれに悲しければ、ちとさし出でたるに、泣き濡らしたる袖の色もよそにしるかりけるにや、「いかなることぞ」など尋ねらるるも、問ふにつらさとかや覚えて、物も言はれねば、今朝の文とり出でて、「これが心細くて」とばかりにて、こなたへ入れて泣きゐたるに、「されば何としたることぞ」と誰も心得ず。
-------
途中ですが、いったんここで切ります。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます