佐藤雄基氏による起請文の「機能論的研究」のキーワードは「神仏への信仰心という説明を一旦留保」ですね。
佐藤雄基氏「起請文と誓約─社会史と史料論に関する覚書」(その4)
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/60b80a6df77d65b209e255c4391522f9
佐藤氏の研究に触発されて始めた私の「「有明の月」ストーリーの機能論的分析」シリーズにおいても、「神仏への信仰心という説明を一旦留保」し、仁和寺御室らしく設定されている「有明の月」の難解な宗教的言辞にいちいち感心せず、また真言密教的な儀礼の深遠そうな雰囲気に吞み込まれることもなく、「有明の月」のストーカー的行動を淡々と眺めてきました。
また、高僧が自ら責任者として催行する祈禱と並行しての連日連夜の痴態とか、亀山院による臨月の妊婦との性交渉といったエロ話にもハーハー興奮せず、ふーん、と眺めてきました。
そして、今までの観察の結果、「有明の月」ストーリーでは二条とその叔父の四条隆顕が常にセットで登場することが注目されます。
間もなく、二条は祖父・隆親から御所を出るように告げられますし、また、隆顕は巻二で父・隆親との不和という深刻な問題を抱えていることが描かれていましたが、巻三では出番はなく、二条が隆親と対面する場面で、唐突に既に死んでしまっていることが明かされます。
この二人の窮境を、白河・鳥羽院政期以来、豊かな財力を武器に朝廷内に隠然たる勢力を維持してきた四条家の当主たる隆親の側から見ると、隆顕も二条も、隆親にとっては単なる「持ち駒」であって、二条は「今参り」に、隆顕は隆良に代替可能な存在であることが窺えます。
そのあたりの分析は改めて行いますが、もう暫く、「有明の月」死去後の後日談を見て、二条・隆顕の運命の暗転を確認しておきます。
ということで、「亀山院との仲を疑われる」(21)に入ります。
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四月の中の十日ごろにや、さしたることとて召しあるも、かたがた身も憚らはしく、ものうければ、かかる病にとり込められたるよし申したる御返事に、
「面影をさのみもいかが恋ひわたる憂き世を出でし有明の月
一方ならぬ袖のいとまなさも推しはかりて、古りぬる身には」
など承るも、ただ一すぢに有明の御ことをかく思ひたるも心づきなしにや、など思ひたるほどに、さにはあらで、亀山院の御位のころ、乳母子にて侍りし者、六位に参りて、やがて御すべりに叙爵して、大夫の将監といふ者、伺候したるが道芝して、夜昼たぐひなき御心ざしにて、この御所さまのことはかけ離れ行くべきあらましなり、と申さるることともありけり。いかでか知らん。
心地もひまあれば、いとど憚りなきほどにと思ひ立ちて、五月の初めつ方参りたれば、何とやらん、仰せらるることもなく、またさして例に変りたることはなけれども、心のうちばかりは、ものうきやうにて明け暮るるも、あぢきなけれども、六月のころまで候ひしほどに、ゆかりある人の隠れにし憚りにことよせて、まかり出でぬ。
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「乳母子にて侍りし者、六位に参りて、やがて御すべりに叙爵して、大夫の将監といふ者」は久我家、というか正確には中院雅忠家の家司である藤原仲綱の子の仲頼のことです。
仲頼は亀山院に仕えており、その手引きで二条が亀山院と頻繁に会っていて、後深草院とは離れつつある、との噂が流れていたらしいが、そんなことを自分が「いかでか知らん」とありますが、ここは単純に自分の記憶をたどっているのではなく、読者に丁寧な背景説明をしている場面ですね。
ついで「男子を生む、子への愛情、身辺寂寥」(22)に入ると、
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このたびの有様は殊に忍びたきままに、東山の辺に、ゆかりある人のもとに籠りゐたれども、とりわきとめ来る人もなく、身をかへたる心地せしほどに、八月二十日のころ、そのけしきありしかども、前のたびまでは忍ぶとすれどもこととふ人もありしに、峰の鹿の音を友として明かし暮らすばかりにてあれども、ことなく男にてあるを見るにも、いかでかあはれならざらむ。
鴛鴦〔おし〕といふ鳥になると見つると聞きし夢のままなるも、げにいいかなることにかと悲しく、わが身こそ、二つにて母に別れ、面影をだにも知らぬことを悲しむに、これはまた、父に腹の中にて先立てぬるこそ、いかばかりか思はん、など思ひ続けて、傍らさらず置きたるに、折ふし、乳〔ち〕など持ちたる人だになしとて、尋ねかねつつ、わが側に臥せたるさへあはれなるに、この寝たる下のいたう濡れにければ、いたはしく、急ぎ抱きのけて、わが寝たる方に臥せしにこそ、げに深かりける心ざしもはじめて初めて思ひ知れしか。
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ということで、男児が生まれたことが語られます。
「鴛鴦といふ鳥になると見つると聞きし夢」は前年十一月十三日、「有明の月」が最後に来訪した時に語った夢のことですね。
「有明の最後の訪問、鴛鴦の夢」
http://web.archive.org/web/20110129153443/http://www015.upp.so-net.ne.jp/gofukakusa/genbun-towa3-17-oshinoyume.htm
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