土佐を平定するため、一領具足の頭領たちを一網打尽にする作戦を立てる六平太(香川照之)。
相撲の大試合、そこで……。
容認する一豊(上川隆也)、千代(仲間由紀恵)には内緒で。
家康の圧力が高まる中、どうしても土佐を平定しなければならない。
できなければ責任を問われ土佐の国ばかりでなく、山内家、一豊までもが失われてしまうかもしれない。政治の非情。
六平太はすべてを打開するために一切を引き受けた。
悪役となり泥を被った。
それが千代の幸せに通じると思ったから。
昔の約束を全うする。
しかし、それは同時に千代を失うことでもあった。
自分の行為を決して千代は許さないことを六平太は知っている。
それでもやらざるを得ない六平太。
最期に六平太が毒を飲んで死んだのはどんな想いがあってのことだろう。
・死んで千代に詫びたかった。
無惨に殺されていった者たちに詫びたかった。
・自分のしたことで千代が失われた今、生きている意味はない。
・千代の腕の中で死にたかった。
腕の中で死ぬことで自分の人生を意味づけたい。
拒絶されたまま、どこかで死んでいくのはつらすぎる。
これらすべてがその理由であろう。
脚本家の大石静さんは、ひとりの人間が死を選ぶのは、こんなに様々な想いが絡み合った複雑なことだと述べている。
そして一豊と千代。
千代は功名のために無惨なことを容認した一豊を許せない。
暇がほしいと言う。
人生の最終局面で、自分たちが目指してきた「功名」の意味がついに問われる。
自分たちが生涯を賭けて得たものが、今回の事件でガラガラと崩れ去る。
自分たちが目指してきたものは、こんなに悲惨なことだったのか?
一豊にとっては一国一城を得ても千代が失われれば、その人生に意味がない。
一豊が望んだのは一国一城を得て、千代や家臣たちと共に笑い合うことだ。
それは千代も同じだったが、悲惨なことをしてしまった夫を許せない。
夫に悲惨なことをさせてしまった「功名」が許せない。
こんなことなら、貧乏でも一豊と笑い合える生活の方がマシだった。
最後の最後に問われる一豊と千代の人生の意味。
そして功名の意味。
作者はどう結論づけるのだろう?
★追記
作者は死にはいろいろあるということも描いた。
一領具足たちの死。
新一郎(浜田学)の死。
それは六平太のそれとは違うあっけない、あまりにも不条理な死。
この辺、大石さんの目は冷徹だ。
新一郎の死はその父・新右衛門(前田吟)によって「よくやった。これでお前もひとかどの武士になった」と誉められたが。
泣きながらこのせりふを言う新右衛門が見ていてつらかった。
「あの世で母上と待っておれ、わしもすぐ行くから」というせりふも。
★追記(12/4)
功名の意味ということでは、第48回「功名の果て」で結局千代が受け入れるということで決着した。
功名とは何だったのだろうと疑問を投げかけることで終わった。
河知山城(高知城)の天守閣に千代と一豊が立つという絵になった。
千代の論理を貫徹するとすれば、一豊が城を捨て千代の庵に行かなくてはならないが、それでは史実ではない。
歴史ドラマの難しいところだ。
相撲の大試合、そこで……。
容認する一豊(上川隆也)、千代(仲間由紀恵)には内緒で。
家康の圧力が高まる中、どうしても土佐を平定しなければならない。
できなければ責任を問われ土佐の国ばかりでなく、山内家、一豊までもが失われてしまうかもしれない。政治の非情。
六平太はすべてを打開するために一切を引き受けた。
悪役となり泥を被った。
それが千代の幸せに通じると思ったから。
昔の約束を全うする。
しかし、それは同時に千代を失うことでもあった。
自分の行為を決して千代は許さないことを六平太は知っている。
それでもやらざるを得ない六平太。
最期に六平太が毒を飲んで死んだのはどんな想いがあってのことだろう。
・死んで千代に詫びたかった。
無惨に殺されていった者たちに詫びたかった。
・自分のしたことで千代が失われた今、生きている意味はない。
・千代の腕の中で死にたかった。
腕の中で死ぬことで自分の人生を意味づけたい。
拒絶されたまま、どこかで死んでいくのはつらすぎる。
これらすべてがその理由であろう。
脚本家の大石静さんは、ひとりの人間が死を選ぶのは、こんなに様々な想いが絡み合った複雑なことだと述べている。
そして一豊と千代。
千代は功名のために無惨なことを容認した一豊を許せない。
暇がほしいと言う。
人生の最終局面で、自分たちが目指してきた「功名」の意味がついに問われる。
自分たちが生涯を賭けて得たものが、今回の事件でガラガラと崩れ去る。
自分たちが目指してきたものは、こんなに悲惨なことだったのか?
一豊にとっては一国一城を得ても千代が失われれば、その人生に意味がない。
一豊が望んだのは一国一城を得て、千代や家臣たちと共に笑い合うことだ。
それは千代も同じだったが、悲惨なことをしてしまった夫を許せない。
夫に悲惨なことをさせてしまった「功名」が許せない。
こんなことなら、貧乏でも一豊と笑い合える生活の方がマシだった。
最後の最後に問われる一豊と千代の人生の意味。
そして功名の意味。
作者はどう結論づけるのだろう?
★追記
作者は死にはいろいろあるということも描いた。
一領具足たちの死。
新一郎(浜田学)の死。
それは六平太のそれとは違うあっけない、あまりにも不条理な死。
この辺、大石さんの目は冷徹だ。
新一郎の死はその父・新右衛門(前田吟)によって「よくやった。これでお前もひとかどの武士になった」と誉められたが。
泣きながらこのせりふを言う新右衛門が見ていてつらかった。
「あの世で母上と待っておれ、わしもすぐ行くから」というせりふも。
★追記(12/4)
功名の意味ということでは、第48回「功名の果て」で結局千代が受け入れるということで決着した。
功名とは何だったのだろうと疑問を投げかけることで終わった。
河知山城(高知城)の天守閣に千代と一豊が立つという絵になった。
千代の論理を貫徹するとすれば、一豊が城を捨て千代の庵に行かなくてはならないが、それでは史実ではない。
歴史ドラマの難しいところだ。